秦州雜詩二十首 其一 杜甫 第1部 <254> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1211 杜甫詩 700- 368

(1)
 華州から秦州へ旅をしたのは、杜甫より十歳下の三十八歳妻楊氏、長女は十三歳、長子宗文は十歳、次子宗武は七歳、次女は五歳であった。ほかに異母弟の杜占が加わって、家族七人、従僕二人以上、総勢十人をこえる大移動であった。杜甫は馬で、幼子以外は徒歩で、食料、寝具、家財を載せた車に小さな子供を乗せた旅である。華州から秦州に掛けては隴山を越えるのが最大の難関であり、ここだけで7日もかかった。困難の旅であったものの七月中に秦州に到着した。五言律詩の連作「秦州雑詩二十首」は秦州作の有名な作品である。遣興と同様この「秦州雑詩」二十首シリーズも、四首ずつの五部構成になっているので、それに合わせ掲載する。

秦州雜詩二十首 第一部(其の一から其四)
秦州の概要について述べる。

其一(秦州来るまでの様子。)
其一
満目悲生事、因人作遠遊。
この人生、振り返ってみると、目にふれるもの何もかも、生きてゆく諸事が悲しいことはかりだ。だから、このたび人をたよって遠い旅をしてきたのである。
遅廻度隴怯、浩蕩及関愁。
隴山を越えてゆくのに、谷は深く、濁流の音は凄まじく、坂ははってのぼるのであるから、幼子含め10人以上の旅は、心おびえて道もはかどらず、関所に来かかって、困難が増してきて、心の愁えがはてしもなく広がってくる。
水落魚龍夜、山空鳥鼠秋。
水かさの減った魚竜川の横を通っていく、夜は川の音をきくのである、人かげもない鳥鼠山に秋の気配はさびしくもの侘しいものである。
西征問烽火、心折此淹留。
西に向かって旅をしていると、行く手に烽火のあがるいくさがあるのかどうかを質問したら、どうも戦があるようで、ここだと戰はないものと思ってきた心も折れたまま、この秦州に逗留することになった。

満目 生事を悲しむ、人に因【よ】りて遠遊を作(な)す。
遅廻【ちかい】隴【ろう】を度【わた】りて怯【きょう】に、浩蕩【こうとう】関【かん】に及んで愁う。
水は落つ 魚龍の夜、山は空し 鳥鼠【ちょうそ】の秋。
西征【せいせい】して烽火【ほうか】を問い、心【こころ】折【くだ】けて此【ここ】に淹留【えんりゅう】す。


秦州雜詩二十首 其二
(随嵩の故跡をみたことと兼ねて懐郷の情をのべる。)
其二
秦州城北寺、勝跡隗囂宮。
苔蘚山門古、丹青野殿空。
月明垂葉露、雲逐渡渓風。
清渭無情極、愁時独向東。


秦州雜詩二十首 其三
(降虜と漢民と姓処のさまを写)
其三
州図領同谷、駅道出流沙。
降虜兼千張、居人有万家。
馬驕朱汗落、胡舞白題斜。
年少臨洮子、西来亦自誇。


秦州雜詩二十首 其四 
(鼓角の声を写し、自己の寄る辺なきを述べる。)
其四
鼓角縁辺郡、川原欲夜時。
秋聴殷地発、風散入雲悲。
抱葉寒蝉静、帰山独鳥遅。
万方声一慨、吾道竟何之。


現代語訳と訳註
(本文)
其一(満目悲生事)
満目悲生事、因人作遠遊。
遅廻度隴怯、浩蕩及関愁。
水落魚龍夜、山空鳥鼠秋。
西征問烽火、心折此淹留。


(下し文)
満目 生事を悲しむ、人に因【よ】りて遠遊を作(な)す。
遅廻【ちかい】隴【ろう】を度【わた】りて怯【きょう】に、浩蕩【こうとう】関【かん】に及んで愁う。
水は落つ 魚龍の夜、山は空し 鳥鼠【ちょうそ】の秋。
西征【せいせい】して烽火【ほうか】を問い、心【こころ】折【くだ】けて此【ここ】に淹留【えんりゅう】す。


(現代語訳)
この人生、振り返ってみると、目にふれるもの何もかも、生きてゆく諸事が悲しいことはかりだ。だから、このたび人をたよって遠い旅をしてきたのである。
隴山を越えてゆくのに、谷は深く、濁流の音は凄まじく、坂ははってのぼるのであるから、幼子含め10人以上の旅は、心おびえて道もはかどらず、関所に来かかって、困難が増してきて、心の愁えがはてしもなく広がってくる。
水かさの減った魚竜川の横を通っていく、夜は川の音をきくのである、人かげもない鳥鼠山に秋の気配はさびしくもの侘しいものである。
西に向かって旅をしていると、行く手に烽火のあがるいくさがあるのかどうかを質問したら、どうも戦があるようで、ここだと戰はないものと思ってきた心も折れたまま、この秦州に逗留することになった。


(訳注)
秦州雜詩二十首 其一

秦州 陝西省鞏昌府秦州。杜甫寓居の地。○雜詩 ある期間、テーマを決めないで思いを述べることである。ここでは寓居中の種種のことについて述べたのであるが、それをひとまとめにして雑詩というのである。しかし、詩の方向性により、1部―5部としてとらえていくと一つのものがたりとなる。これは、屈原、陶淵明、謝靈運、など多くの詩人を杜甫はさらに進めたのだ。その後の韓愈、李商隠も踏襲している。


満目悲生事、因人作遠遊。
この人生、振り返ってみると、目にふれるもの何もかも、生きてゆく諸事が悲しいことはかりだ。だから、このたび人をたよって遠い旅をしてきたのである。
生事 生活上の事、この句は生活の意の如くならぬことをさしていう。○因人 他人のカによる。こ湖で秦州へ来ることになった原因を文献により考察し、羅列すると次のとおりである。①洛陽は叛乱軍により、郊外まで戦の危険があり、それより以東は都から離れすぎているので、隠遁するとはいえ、詩人としては選定出来ない。②長安、およびその近郊は飢饉による物価高で世情不安、③黄河流域で鳳翔から東は隠棲場所が難しく、世情が平穏なのは隴山を越えた西の領域しかなかった。④房琯に親しいものとして追放された僧の賛公がいるということ。⑤従姪の杜佐が住んでいるのである。以上が秦州をその隠棲の地として選んだ理由であるが、「因人」といっていることから、僧の賛公が杜甫に先んじて秦州に寓したことに加え、従姪の杜佐が住んでいることが大きいことであったと言えよう。○遠遊 華州の方より秦州まではみちがとおい。


遅廻度隴怯、浩蕩及関愁。
隴山を越えてゆくのに、谷は深く、濁流の音は凄まじく、坂ははってのぼるのであるから、幼子含め10人以上の旅は、心おびえて道もはかどらず、関所に来かかって、困難が増してきて、心の愁えがはてしもなく広がってくる。
遅廻 みちの進みがはかどらぬさま。〇度隴怯 度は経過すること、隴は隴坻【ろうち】・隴坂【ろうはん】のこと、陝西省鳳翔府隴州の西北六十里にある大きな坂地である。杜甫前出塞九首 其一~九 杜甫』『後出塞五首 其一 にここを超える様子が描かれている。○浩蕩 大きなさま、心の散漫なさまをいうのであろう。○及関 関は一般に辺地の関をさすとし、特に隴山の下の関をさす。

遅廻 : 浩蕩  : 隴怯 : 関愁

*同じ品詞を同じ位置に配置する修辞により、一層の強調がなされる。


水落魚龍夜、山空鳥鼠秋。
水かさの減った魚竜川の横を通っていく、夜は川の音をきくのである、人かげもない鳥鼠山に秋の気配はさびしくもの侘しいものである。
水落 落は水量が減じて低落すること。○魚竜 川の名、折水のこと、隣州の南にあり、東南流して洞水に入る、これは自己のすでに経過した地についていう。○山空 空とは人の居らぬことをいう。○鳥鼠 山の名、鳥鼠同穴山ともいう、甘粛省蘭州渭源県の西にある、これは未踏の地を想像してのべたもの。魚竜の旬は度隴の句を承け、鳥鼠の句は及関の句を承けるとみるべきである。

水落 : 山空  : 龍夜 : 鼠秋
*同じ品詞を同じ位置に配置する修辞により、一層の強調がなされる。


西征問烽火、心折此淹留。
西に向かって旅をしていると、行く手に烽火のあがるいくさがあるのかどうかを質問したら、どうも戦があるようで、ここだと戰はないものと思ってきた心も折れたまま、この秦州に逗留することになった。
西征 征はゆくこと、大勢でゆくことで、征伐の意ではない。○問烽火 烽火は兵乱の急を告げるもの、問とはその有無を問うこと、当時隴西に吐蕃の乱があった。○心折 心がくじけおれること。○ 秦州をさす。○掩留 ひさしくとどまる。