秦州雜詩二十首 其二 杜甫 第1部 <255> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1214 杜甫詩 700- 369


秦州雜詩二十首 第一部(其の一から其四)
秦州の概要について述べる。

其一(秦州来るまでの様子。)
其一
満目悲生事、因人作遠遊。
この人生、振り返ってみると、目にふれるもの何もかも、生きてゆく諸事が悲しいことはかりだ。だから、このたび人をたよって遠い旅をしてきたのである。
遅廻度隴怯、浩蕩及関愁。
隴山を越えてゆくのに、谷は深く、濁流の音は凄まじく、坂ははってのぼるのであるから、幼子含め10人以上の旅は、心おびえて道もはかどらず、関所に来かかって、困難が増してきて、心の愁えがはてしもなく広がってくる。
水落魚龍夜、山空鳥鼠秋。
水かさの減った魚竜川の横を通っていく、夜は川の音をきくのである、人かげもない鳥鼠山に秋の気配はさびしくもの侘しいものである。
西征問烽火、心折此淹留。

西に向かって旅をしていると、行く手に烽火のあがるいくさがあるのかどうかを質問したら、どうも戦があるようで、ここだと戰はないものと思ってきた心も折れたまま、この秦州に逗留することになった。
(其の一)
満目 生事を悲しむ、人に因【よ】りて遠遊を作(な)す。
遅廻【ちかい】隴【ろう】を度【わた】りて怯【きょう】に、浩蕩【こうとう】関【かん】に及んで愁う。
水は落つ 魚龍の夜、山は空し 鳥鼠【ちょうそ】の秋。
西征【せいせい】して烽火【ほうか】を問い、心【こころ】折【くだ】けて此【ここ】に淹留【えんりゅう】す。

秦州雜詩二十首 其二
(隗囂の故跡をみたことと兼ねて自己の境遇と心情をのべる。)
其二
秦州城北寺、勝跡隗囂宮。
秦州の城郭の北に崇寧寺があるが、これは風景すぐれた名勝古跡で、もとはこの地の梟雄といわれ人士の信望を集めていた隗囂の宮殿だったところである。
苔蘚山門古、丹青野殿空。
見ればこけの青緑が鮮やかな寺の古びた大門があり、彩色の朱色と青色が周りの景色に同化した御殿があるがさっぱり人影がなくむなしい遺跡になっている。
月明垂葉露、雲逐渡渓風。
宵が迫り下垂した葉においた露が葉先からしずくとして落ちる際、月の明かりを受けて珠ときらめく、雲が逐いつ逐われつしている、渓谷をわたる風は隗囂の無念の魂が風をうみ、風が雲に育って吹き渡っている。
清渭無情極、愁時独向東。
渭水のすんだ流れをみるとそれは情知らずの極みであり、わたしがこれほどまでに愁えているのをも知らない素振りで渭水の水は当たり前のように東の方に向かってながれゆくのである。
(其の二)
秦州城北の寺、勝跡【しょうせき】 隗囂【かいごう】の宮。
苔蘚 山門古【ふ】り、丹青【たんせい】野殿【やでん】空し。
月は葉に垂【た】るる露に明らかに、雲は渓【たに】を渡る風を逐【お】う。
清らなる渭 無情の極みにして、愁時【しゅうじ】独り東に向かう。

秦州雜詩二十首 其三
(降虜と漢民と姓処のさまを写)
其三
州図領同谷、駅道出流沙。
降虜兼千張、居人有万家。
馬驕朱汗落、胡舞白題斜。
年少臨洮子、西来亦自誇。

秦州雜詩二十首 其四 
(鼓角の声を写し、自己の寄る辺なきを述べる。)
其四
鼓角縁辺郡、川原欲夜時。
秋聴殷地発、風散入雲悲。
抱葉寒蝉静、帰山独鳥遅。
万方声一慨、吾道竟何之。

秦州同谷成都紀行地図

現代語訳と訳註
(本文)
其二 
秦州城北寺、勝跡隗囂宮。
苔蘚山門古、丹青野殿空。
月明垂葉露、雲逐渡渓風。
清渭無情極、愁時独向東。


(下し文)(其の二)
秦州城北の寺、勝跡【しょうせき】 隗囂【かいごう】の宮。
苔蘚 山門古【ふ】り、丹青【たんせい】野殿【やでん】空し。
月は葉に垂【た】るる露に明らかに、雲は渓【たに】を渡る風を逐【お】う。
清らなる渭 無情の極みにして、愁時【しゅうじ】独り東に向かう。


(現代語訳)
秦州の城郭の北に崇寧寺があるが、これは風景すぐれた名勝古跡で、もとはこの地の梟雄といわれ人士の信望を集めていた隗囂の宮殿だったところである。
見ればこけの青緑が鮮やかな寺の古びた大門があり、彩色の朱色と青色が周りの景色に同化した御殿があるがさっぱり人影がなくむなしい遺跡になっている。
宵が迫り下垂した葉においた露が葉先からしずくとして落ちる際、月の明かりを受けて珠ときらめく、雲が逐いつ逐われつしている、渓谷をわたる風は隗囂の無念の魂が風をうみ、風が雲に育って吹き渡っている。
渭水のすんだ流れをみるとそれは情知らずの極みであり、わたしがこれほどまでに愁えているのをも知らない素振りで渭水の水は当たり前のように東の方に向かってながれゆくのである。


(訳注)
其二
(隗囂の故跡をみたことと兼ねて自己の境遇と心情をのべる。) 
秦州城北寺、勝跡隗囂宮。
秦州の城郭の北に崇寧寺があるが、これは風景すぐれた名勝古跡で、もとはこの地の梟雄といわれ人士の信望を集めていた隗囂の宮殿だったところである。
城北 北は東北をいったもの。○寺 旧注に崇寧寺とされている。○勝跡 名勝古跡。景色のよい古跡。○隗囂宮 隗囂は人名、秦州は漢代の天水郡とされたところで前漢の末、王葬の時、隗囂はこの地の梟雄といわれ人士の信望を集めていた。秦州の東百里に麦積山があり、山の北を雕窼谷といい、上に隗囂の避暑宮があり、風景は甚だ佳であるというものである。しかし西端の地であることから隗囂の末路は悲惨だったという。したがって今は寺になっているということ。


苔蘚山門古、丹青野殿空。
見ればこけの青緑が鮮やかな寺の古びた大門があり、彩色の朱色と青色が周りの景色に同化した御殿があるがさっぱり人影がなくむなしい遺跡になっている。
苔蘚 あおごけ、ぜにごけ。○山門 寺門であるが大きな門をいう。○丹青 宮殿の彩色で朱色と青色。○野殿 山野に溶け込んだ御殿。○ 人のいないこと。

苔蘚 : 丹青  : 門古 : 殿空

*同じ品詞を同じ位置に配置する修辞により、一層の強調がなされる。


月明垂葉露、雲逐渡渓風。
宵が迫り下垂した葉においた露が葉先からしずくとして落ちる際、月の明かりを受けて珠ときらめく、雲が逐いつ逐われつしている、渓谷をわたる風は隗囂の無念の魂が風をうみ、風が雲に育って吹き渡っている。
○垂葉露 下垂した葉においた露。葉先からしずくとして落ちる際に月の明かりを受けてきらめくさまをいう。大きな景色の中の一点集中。今はいないこの地の梟雄を連想させる。○雲逐 逐とはおわれるのみではなく、追いつ追われつするさまをいう。それは上の句の露=梟雄、追いつ追われつする隗囂の無念の魂が風によってうまれてきたというもの。雲は岩場の風から生じるものを逆転した表現をしている。この頸聯はそれぞれの句中で広い視野から一点へと強調しており、その上対句としても鋭いものとなっている。

月明 : 雲逐  : 葉露 : 渓風

*同じ品詞を同じ位置に配置する修辞により、一層の強調がなされる。


清渭無情極、愁時独向東。
渭水のすんだ流れをみるとそれは情知らずの極みであり、わたしがこれほどまでに愁えているのをも知らない素振りで渭水の水は当たり前のように東の方に向かってながれゆくのである。
清渭 すんだ渭水、これは秦州の北を流れて東南流する。中國の川の中で最も澄んだ流れとされるものでその清廉さは無色、空しさ、無情ということをあらわす。又、澄んだ水は、五行思想で、無色・玄・黒・冬⇒辛さ、艱難辛苦をあらわすものである。○無情極 おもいやりの無いことのきわみ、水を罵っていう。○愁時 作者の心のうれうるときに。○ 自分ばかり、水につけていう。○向東 東は長安、作者の故郷とする地であるが、当たり前のこととして流れて行く。
この地の梟雄といわれ人士の信望を集めていた隗囂の宮殿がむなしく寺に変わり、自分は官を辞してこうした西の果てに来ていて、天他の安寧を願い、今の世を愁いている。しかし、渭水の水は愁いも辛苦も知らぬ顔をして無情に東流して行く。


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