秦州雜詩二十首 其三 杜甫 第1部 <256> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1217 杜甫詩 700- 370


759年秋 陝西省鞏昌府秦州。
(2)
杜甫の左拾遺、政治生活は、初っ端の757年6月房琯擁護をしたことにより、朝廷内において地位としては確保されたものの、完全に疎外されたものであった。したがって、その誠実な努力、大きな理想とは全くかみ合わず、結局は何ら結果を残すことはなかったのである。それは左遷先の華州司公参軍という立場でも疎外感は同様であった。社会の矛盾と、自己の無力に、絶望を感ぜずにはいられなかったものとして「三吏三別」し、ほかにあらわされている。それで、行き着くとこるは、「官を辞して」世を捨て隠棲することしかなくなったということなのである。
・757 46歳 春、長安の就中にあり。「春望」。4月、金光門より逃れ出て、鳳翔の行在所に奔る。5月、左拾遺を授けらる。まもなく、房琯の罪を弁護して、粛宗の怒りに触る。8月、詔により?州の家族のもとに帰省を命ぜらる。家に帰りて病臥すること数日、「北征」を作る。11月、長安に帰る。


秦州雜詩二十首 第一部(其の一から其四)
秦州の概要について述べる。

其一(秦州来るまでの様子。)
其一
満目悲生事、因人作遠遊。
この人生、振り返ってみると、目にふれるもの何もかも、生きてゆく諸事が悲しいことはかりだ。だから、このたび人をたよって遠い旅をしてきたのである。
遅廻度隴怯、浩蕩及関愁。
隴山を越えてゆくのに、谷は深く、濁流の音は凄まじく、坂ははってのぼるのであるから、幼子含め10人以上の旅は、心おびえて道もはかどらず、関所に来かかって、困難が増してきて、心の愁えがはてしもなく広がってくる。
水落魚龍夜、山空鳥鼠秋。
水かさの減った魚竜川の横を通っていく、夜は川の音をきくのである、人かげもない鳥鼠山に秋の気配はさびしくもの侘しいものである。
西征問烽火、心折此淹留。

西に向かって旅をしていると、行く手に烽火のあがるいくさがあるのかどうかを質問したら、どうも戦があるようで、ここだと戰はないものと思ってきた心も折れたまま、この秦州に逗留することになった。
(其の一)
満目 生事を悲しむ、人に因【よ】りて遠遊を作(な)す。
遅廻【ちかい】隴【ろう】を度【わた】りて怯【きょう】に、浩蕩【こうとう】関【かん】に及んで愁う。
水は落つ 魚龍の夜、山は空し 鳥鼠【ちょうそ】の秋。
西征【せいせい】して烽火【ほうか】を問い、心【こころ】折【くだ】けて此【ここ】に淹留【えんりゅう】す。

秦州雜詩二十首 其二
(隗囂の故跡をみたことと兼ねて自己の境遇と心情をのべる。)
其二
秦州城北寺、勝跡隗囂宮。
秦州の城郭の北に崇寧寺があるが、これは風景すぐれた名勝古跡で、もとはこの地の梟雄といわれ人士の信望を集めていた隗囂の宮殿だったところである。
苔蘚山門古、丹青野殿空。
見ればこけの青緑が鮮やかな寺の古びた大門があり、彩色の朱色と青色が周りの景色に同化した御殿があるがさっぱり人影がなくむなしい遺跡になっている。
月明垂葉露、雲逐渡渓風。
宵が迫り下垂した葉においた露が葉先からしずくとして落ちる際、月の明かりを受けて珠ときらめく、雲が逐いつ逐われつしている、渓谷をわたる風は隗囂の無念の魂が風をうみ、風が雲に育って吹き渡っている。
清渭無情極、愁時独向東。
渭水のすんだ流れをみるとそれは情知らずの極みであり、わたしがこれほどまでに愁えているのをも知らない素振りで渭水の水は当たり前のように東の方に向かってながれゆくのである。
(其の二)
秦州城北の寺、勝跡【しょうせき】 隗囂【かいごう】の宮。
苔蘚 山門古【ふ】り、丹青【たんせい】野殿【やでん】空し。
月は葉に垂【た】るる露に明らかに、雲は渓【たに】を渡る風を逐【お】う。
清らなる渭 無情の極みにして、愁時【しゅうじ】独り東に向かう。

秦州雜詩二十首 其三
(秦州の軍事的特徴を述べ、捕虜になった異民族のようすをのべる。)

其三其の三
州図領同谷、駅道出流沙。
この秦州の地図では都督府を置き、天水(秦州)、隴西、南の同谷の三郡を領し管轄となっており、西北の方に向かっては駅路(うまやじ)が続き、流抄の方へ出られるようになっている。
降虜兼千張、居人有万家。
ここでは投降した異民族の兵士が千ばかりもある天幕にたくさん収容されて居り、この地の土着人に属する住民は一万戸といわれている。
馬驕朱汗落、胡舞白題斜。
そこの駿馬を走らせるものの馬は大宛国の馬だからあかい汗をおとす、また異民族の舞いを見ると、白亜土を塗った額、や白の帽子で体を斜めに調子を取り舞っている。
年少臨洮子、西来亦自誇。
西域の臨挑から来たわかい男子がいるが、彼らもやはり、古代大宛国の騎馬民族としての矜持をもっている。
(其の三)
州図【しゅうと】同谷を領【りょう】す、駅道【えきどう】  流沙【りゅうさ】に出(い)ず。
降虜【こうりょ】千張【せんちょう】を兼ね、居人【きょじん】 万家(ばんか)有り。
馬 驕【おご】りて朱汗【しゅかん】落ち、胡【こ】舞いて白題【はくだい】斜なり。
年少【ねんしょう】の臨洮子【りんとうし】、西より来たりて亦【また】自ら誇る。


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 現代語訳と訳註
(本文)
其三
州図領同谷、駅道出流沙。
降虜兼千張、居人有万家。
馬驕朱汗落、胡舞白題斜。
年少臨洮子、西来亦自誇。

(下し文) (其の三)
州図【しゅうと】同谷を領【りょう】す、駅道【えきどう】  流沙【りゅうさ】に出(い)ず。
降虜【こうりょ】千張【せんちょう】を兼ね、居人【きょじん】 万家(ばんか)有り。
馬 驕【おご】りて朱汗【しゅかん】落ち、胡【こ】舞いて白題【はくだい】斜なり。
年少【ねんしょう】の臨洮子【りんとうし】、西より来たりて亦【また】自ら誇る。


(現代語訳) 其の三
(秦州の軍事的特徴を述べ、捕虜になった異民族のようすをのべる。)

この秦州の地図では都督府を置き、天水(秦州)、隴西、南の同谷の三郡を領し管轄となっており、西北の方に向かっては駅路(うまやじ)が続き、流抄の方へ出られるようになっている。
ここでは投降した異民族の兵士が千ばかりもある天幕にたくさん収容されて居り、この地の土着人に属する住民は一万戸といわれている。
そこの駿馬を走らせるものの馬は大宛国の馬だからあかい汗をおとす、また異民族の舞いを見ると、白亜土を塗った額、や白の帽子で体を斜めに調子を取り舞っている。
西域の臨挑から来たわかい男子がいるが、彼らもやはり、古代大宛国の騎馬民族としての矜持をもっている。


(訳注)其三
(秦州の軍事的特徴を述べ、捕虜になった異民族のようすをのべる。)
州図領同谷、駅道出流沙。
この秦州の地図では都督府を置き、天水(秦州)、隴西、南の同谷の三郡を領し管轄となっており、西北の方に向かっては駅路(うまやじ)が続き、流抄の方へ出られるようになっている。
州図 秦州の地図。○領同谷 領とは管領、支配すること、秦州は唐の時、都督府を置き天水(秦州)、隴西、同谷の三郡を領した。同谷は秦州の南、階州成県に属する地。○駅道 駅路(うまやじ)。宿場街道。唐の駅制の起源は漢代にさかのぼる。30里ごとに駅が設けられ、駅馬が置かれて、通行証を交付された地方官吏などの通行に利用された。○出流沙 出はそちらへ進出することができることをいう、流沙は唐の沙州で、今の甘粛省安西州焼塩県以北の地方、新彊省に通ずる道路をさす。


降虜兼千張、居人有万家。
ここでは投降した異民族の兵士が千ばかりもある天幕にたくさん収容されて居り、この地の土着人に属する住民は一万戸といわれている。
降虜 唐に降ったえびす、吐事。○兼千帳 兼とはそのすべてがということ、千帳とは多くの天幕をいう、虜は天幕の内に生活する。○居人 住居する本土民、土着の人。捕虜以外に棲んでいる人。

: 居人  、 兼 : 張 、有千 : 万家

*同じ品詞を同じ位置に配置する修辞により、一層の強調がなされる。


馬驕朱汗落、胡舞白題斜。
そこの駿馬を走らせるものの馬は大宛国の馬だからあかい汗をおとす、また異民族の舞いを見ると、白亜土を塗った額、や白の帽子で体を斜めに調子を取り舞っている。
朱汗 あかい汗、駿馬は血のあせを流すという。。○汗血 汗血の馬をいう。「漢書」西域伝に大宛国に善馬多くその馬は血を汗にするという。ここは大宛の天馬の如き名馬をさす。房兵曹胡馬詩』 杜甫


房兵曹胡馬詩
胡馬大宛名、鋒稜痩骨成。
竹批双耳峻、風入四蹄軽。
所向無空闊、真堪託死生。
驍騰有如此、万里可横行。
杜甫『沙苑行』
君不見左輔白沙如白水,繚以周牆百餘裡。
龍媒昔是渥洼生,汗血今稱獻於此。
苑中騋牝三千匹,豐草青青寒不死。
食之豪健西域無,每歲攻駒冠邊鄙。』

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杜甫『洗兵行(洗兵馬)』
中興諸將收山東,捷書夜報清晝同。
河廣傳聞一葦過,胡危命在破竹中。
秖殘鄴城不日得,獨任朔方無限功。
京師皆騎汗血馬,回紇喂肉蒲萄宮。
已喜皇威清海岱,常思仙仗過崆峒。
三年笛裡關山月,萬國兵前草木風。』

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胡舞 えびすの舞。えびすには北方のウイグル系、蒙古系、鮮卑系、そして西方のウイグル系を称しているが両ウイグル系異民族をいうが、牧畜を生業とし、騎馬民族をいう。○白題斜 題はひたい、えびすの習俗はひたいに白亜土を塗るという、直立した姿勢がなくほとんど斜になりバランスを取って踊る。白題はイスラム系の帽子とも考えられる、或は毛おりものをかぶせた笠帽子のことともいう。

馬驕 : 胡舞 , : , 汗落 、題斜

*同じ品詞を同じ位置に配置する修辞により、一層の強調がなされる。


年少臨洮子、西来亦自誇。
西域の臨挑から来たわかい男子がいるが、彼らもやはり、古代大宛国の騎馬民族としての矜持をもっている。
年少 としわか。○臨洮子 臨桃は葦昌府眠州の地、秦州の西にあたる、子とは男子をいう。○亦自誇 古代大宛国の騎馬民族としての矜持をいう。千騎で十万の兵に相当したということから戦に掛ける。誇り高い民族であった。生活様式が漢民族とまったく違っている。

 この捕虜たちは、やがて唐王朝軍に組み込まれる者たちである。