秦州雜詩二十首 其四 杜甫 第1部 <257> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1220 杜甫詩 700- 371




秦州雜詩二十首 第一部(其の一から其四)
秦州雜詩二十首 第一部(其の一から其四)
秦州の概要について述べる。

其一(秦州来るまでの様子。)
其一
満目悲生事、因人作遠遊。
この人生、振り返ってみると、目にふれるもの何もかも、生きてゆく諸事が悲しいことはかりだ。だから、このたび人をたよって遠い旅をしてきたのである。
遅廻度隴怯、浩蕩及関愁。
隴山を越えてゆくのに、谷は深く、濁流の音は凄まじく、坂ははってのぼるのであるから、幼子含め10人以上の旅は、心おびえて道もはかどらず、関所に来かかって、困難が増してきて、心の愁えがはてしもなく広がってくる。
水落魚龍夜、山空鳥鼠秋。
水かさの減った魚竜川の横を通っていく、夜は川の音をきくのである、人かげもない鳥鼠山に秋の気配はさびしくもの侘しいものである。
西征問烽火、心折此淹留。

西に向かって旅をしていると、行く手に烽火のあがるいくさがあるのかどうかを質問したら、どうも戦があるようで、ここだと戰はないものと思ってきた心も折れたまま、この秦州に逗留することになった。
(其の一)
満目 生事を悲しむ、人に因【よ】りて遠遊を作(な)す。
遅廻【ちかい】隴【ろう】を度【わた】りて怯【きょう】に、浩蕩【こうとう】関【かん】に及んで愁う。
水は落つ 魚龍の夜、山は空し 鳥鼠【ちょうそ】の秋。
西征【せいせい】して烽火【ほうか】を問い、心【こころ】折【くだ】けて此【ここ】に淹留【えんりゅう】す。

秦州雜詩二十首 其二
(隗囂の故跡をみたことと兼ねて自己の境遇と心情をのべる。)
其二
秦州城北寺、勝跡隗囂宮。
秦州の城郭の北に崇寧寺があるが、これは風景すぐれた名勝古跡で、もとはこの地の梟雄といわれ人士の信望を集めていた隗囂の宮殿だったところである。
苔蘚山門古、丹青野殿空。
見ればこけの青緑が鮮やかな寺の古びた大門があり、彩色の朱色と青色が周りの景色に同化した御殿があるがさっぱり人影がなくむなしい遺跡になっている。
月明垂葉露、雲逐渡渓風。
宵が迫り下垂した葉においた露が葉先からしずくとして落ちる際、月の明かりを受けて珠ときらめく、雲が逐いつ逐われつしている、渓谷をわたる風は隗囂の無念の魂が風をうみ、風が雲に育って吹き渡っている。
清渭無情極、愁時独向東。
渭水のすんだ流れをみるとそれは情知らずの極みであり、わたしがこれほどまでに愁えているのをも知らない素振りで渭水の水は当たり前のように東の方に向かってながれゆくのである。
(其の二)
秦州城北の寺、勝跡【しょうせき】 隗囂【かいごう】の宮。
苔蘚 山門古【ふ】り、丹青【たんせい】野殿【やでん】空し。
月は葉に垂【た】るる露に明らかに、雲は渓【たに】を渡る風を逐【お】う。
清らなる渭 無情の極みにして、愁時【しゅうじ】独り東に向かう。

秦州雜詩二十首 其三
(秦州の軍事的特徴を述べ、捕虜になった異民族のようすをのべる。)

其三其の三
州図領同谷、駅道出流沙。
この秦州の地図では都督府を置き、天水(秦州)、隴西、南の同谷の三郡を領し管轄となっており、西北の方に向かっては駅路(うまやじ)が続き、流抄の方へ出られるようになっている。
降虜兼千張、居人有万家。
ここでは投降した異民族の兵士が千ばかりもある天幕にたくさん収容されて居り、この地の土着人に属する住民は一万戸といわれている。
馬驕朱汗落、胡舞白題斜。
そこの駿馬を走らせるものの馬は大宛国の馬だからあかい汗をおとす、また異民族の舞いを見ると、白亜土を塗った額、や白の帽子で体を斜めに調子を取り舞っている。
年少臨洮子、西来亦自誇。
西域の臨挑から来たわかい男子がいるが、彼らもやはり、古代大宛国の騎馬民族としての矜持をもっている。
(其の三)
州図【しゅうと】同谷を領【りょう】す、駅道【えきどう】  流沙【りゅうさ】に出(い)ず。
降虜【こうりょ】千張【せんちょう】を兼ね、居人【きょじん】 万家(ばんか)有り。
馬 驕【おご】りて朱汗【しゅかん】落ち、胡【こ】舞いて白題【はくだい】斜なり。
年少【ねんしょう】の臨洮子【りんとうし】、西より来たりて亦【また】自ら誇る。


toubanrimap044其四
鼓角縁辺郡、川原欲夜時。
ここは古代より異民族と対峙してきた国境の郡の広い平原に夜のとばりが垂れかかろうとするまさにその時、守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺に響き渡る。
秋聴殷地発、風散入雲悲。
秋になって雷の音のように鼓角が地に響き渡ってくるのであり、またそれは風により散逸していくことは雲に入って哀しみとして生まれてくる音として聞いているのだ。
抱葉寒蝉静、帰山独鳥遅。
寒さの中人の目の及ばぬところにひそむ、徴かな、陰的な、生物である蝉はただひそやかにじっとしているし、山の巣に帰るはずの一人ぼっちの鳥は、この音に恐怖を抱いて飛び立つのが遅くなっている。
万方声一慨、吾道竟何之。

ここだけではない、この兵乱の世はおさまりをしらない、今や天下のどこへ行ってもおしなべてこの鼓角の音のみである、儒者であるわたしの行くべき道は結局どこに行ってしまったのか。
(其の四)
鼓角【こかく】 縁辺【えんぺん】の郡、川原【せんげん】  夜ならんと欲する時。
秋に聴けば地に殷【どよ】もして発【おこ】り、風に散【さん】じて雲に入り 悲しむ。
葉を抱【いだ】ける寒蝉【かんせん】は静かに、山に帰る独鳥【どくちょう】は遲。
万方【ばんぽう】 声 一慨【いちがい】、吾 【わ】が道  竟【つい】に何【いず】くにか之【ゆ】かん。


吉川幸次郎は抒情詩の完成したものと絶賛している。
 「47歳の秋、後半生の漂泊のきっかけとして、甘粛省の秦州に、しばし足をとどめた時期である。今は天水県と呼ばれるこの国境の町の異様な風物は、杜甫の神経を極度に刺激して、病的にまた、尖鋭な詩を生んだ。その実鋭さは晩年の完成から見ればなお過程的なものである。しかしそれだけに、却ってわれわれに近く、ほとんどわれわれの近代に先だって、その憂鬱を先取するようにさえ、感ぜられる。」(全集12)(杜甫ノート)としている。

日中に、駿馬を走らせていた西域から来た若者が、その後異民族の踊りを見せてくれた。高原の河原沿いのこの場所に夜のとばりの垂れようとするとき、詩人の耳に響いてきたのは守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音である。


現代語訳と訳註
(本文) 其四
鼓角縁辺郡、川原欲夜時。
秋聴殷地発、風散入雲悲。
抱葉寒蝉静、帰山独鳥遅。
万方声一慨、吾道竟何之。


(下し文)
鼓角【こかく】 縁辺【えんぺん】の郡、川原【せんげん】  夜ならんと欲する時。
秋に聴けば地に殷【どよ】もして発【おこ】り、風に散【さん】じて雲に入り 悲しむ。
葉を抱【いだ】ける寒蝉【かんせん】は静かに、山に帰る独鳥【どくちょう】は遲。
万方【ばんぽう】 声 一慨【いちがい】、吾 【わ】が道  竟【つい】に何【いず】くにか之【ゆ】かん。


(現代語訳)
ここは古代より異民族と対峙してきた国境の郡の広い平原に夜のとばりが垂れかかろうとするまさにその時、守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺に響き渡る。
秋になって雷の音のように鼓角が地に響き渡ってくるのであり、またそれは風により散逸していくことは雲に入って哀しみとして生まれてくる音として聞いているのだ。
寒さの中人の目の及ばぬところにひそむ、徴かな、陰的な、生物である蝉はただひそやかにじっとしているし、山の巣に帰るはずの一人ぼっちの鳥は、この音に恐怖を抱いて飛び立つのが遅くなっている。
ここだけではない、この兵乱の世はおさまりをしらない、今や天下のどこへ行ってもおしなべてこの鼓角の音のみである、儒者であるわたしの行くべき道は結局どこに行ってしまったのか。


(訳注)其四
鼓角縁辺郡、川原欲夜時。

ここは古代より異民族と対峙してきた国境の郡の広い平原に夜のとばりが垂れかかろうとするまさにその時、守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺に響き渡る。
鼓角:〔こかく〕陣中で時を知らせるなどの合図に用いる、つづみとつのぶえ。戦鼓とラッパ。 ・縁邊:周辺。外周り。ここが国境をふちどる地帯であることを意味する。「縁」は、元来、衣服のふちどりとして縫いつけられる布衿を意味するが、そのように邊疆をふちどる地帯、それが「縁邊」である。過去の文献で、この語が最もしばしば現われるのは、史記もしくは漢書、ことにその匈奴傳である。中國古代の歴史は、それは匈奴とのたえまなき対峙の歴史であった。「縁遠」の二字は、そうした記憶を喚起させることによって、まず凄惨、悲愴な感覚を、詩の冒頭に提示するものである。・:古代の行政区劃で、国の下に置かれる区劃。更にこの下に郷、里がある。・川原:〔せんげん〕平原。広野。広々として人影のないところ。平川広野。一川。「かわら」ではない。また、川のみなもと。川源。上句の「縁邊」と母音で収まる ・欲夜時:夜が更けようとする時刻(に)。 ・:夜になる。動詞。
国境の郡の夕まぐれ、川べりの荒原にとどろく鼓角の音、という意味である。詩人は、鼓角一縁辺-郡、川原-欲夜-時と、いわば事柄を構成する頂点のみを、力強く指摘していると同時にこのことがた、状況のすべてを最後の「時」の一点に集中させ、強調する。
杜甫の作品で角笛、国境を詠ったもののうち、このブログで取り上げたものをいかに示す。
遣興 ①756年 反乱軍拘束、長安で軟禁状態であったとき
驥子好男兒,前年學語時﹕問知人客姓,誦得老夫詩。
世亂憐渠小,家貧仰母慈。鹿門攜不遂,雁足系難期。
天地軍麾滿,山河戰角悲。倘歸免相失,見日敢辭遲。

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兵車行  杜甫

常に対句について厳格な使用をするが、この詩においては、冒頭から対句を使っている。「鼓角縁遠郡、
川原欲夜時」。律詩は、【首聯】【頷聯】【頸聯】【尾聯】で構成。同じ四分割の絶句のように起承転結の一線の曲折にはならない。中の【頷聯】【頸聯】については対句が絶対条件である。しかし、この首聯においても明確な対句というだけでなく平仄においても協調に役立つ方法を取っている

鼓角 縁辺 郡 、川原 欲夜 時。
〇〇 V V 〇  V V 〇〇 V 

と、規則通りに配置されていることは、律詩当然の約束として、いう迄もないとして、この十字のなかには、類似音の繰り返しが頻繁に現れる。それによって国境という場所、悲愴感を感じさせるのである。


秋聴殷地発、風散入雲悲。
秋になって雷の音のように鼓角が地に響き渡ってくるのであり、またそれは風により散逸していくことは雲に入って哀しみとして生まれてくる音として聞いているのだ。
・秋聽 秋に聽きわけるのは「殷地発」と「風散入雲悲」を。「秋聽」を単語としてはいけない。:耳を澄まして聞き分ける。聞:聞こえてくる意味である。ここは聞こえてくるのではなく、秋になってこの音を聞き分けてみると・・・・・・だ。 ・【どよ・いん】震わす。音声の響くさま。雷の音。・発 鼓角の声がおこる。・風散:(鼓角の響きを)風が吹き散らして。 ・入雲 雲の間に入り込む。そして悲愁となる。
風は谷の岩間から生じ、雲を産むもであるが、同じ論法で、鼓笛の音は風に散り雲に入り悲愁となり、雨になり、雷(の音)を産むということである


抱葉寒蝉静、帰山独鳥遅。
寒さの中人の目の及ばぬところにひそむ、徴かな、陰的な、生物である蝉はただひそやかにじっとしているし、山の巣に帰るはずの一人ぼっちの鳥は、この音に恐怖を抱いて飛び立つのが遅くなっている。
抱葉寒蝉静 人の目の及ばぬところにひそむ、徴かな、陰的な、生物を搬出する。「葉を抱く寒蝉」、それは時間の推移に関係ないもののように、じっと葉にへばりついている。微小なもの、無智なものの、却ってもつ強さであり、あわれさであるのだ。
さわがしい鼓角の音をよそに、この静けさ、潜まり方は、一つの皮肉であろうか。
蝉は、我慢の生き物である。次の夏まで地中にじっと忍んでいるものであるが、ここでは、夏からいつの間にか晩秋になり冬になる時間的な経過をいっているし、騒がしさから、一転した静かさをいうことによる寂しさ、悲愁、悲愴感を強調するのである。・帰山独鳥遅 遅とは鳥の山の巢に帰る飛行が遅くなったのは鼓角の響きにおそれてのものである。杜甫にあてはめ、安史の乱が起こり、家族を疎開させ、自分は朝廷内での疎外感に怯えて暮らしたこと、左遷、安史の乱がなかなか平定されない「戦」への恐怖感を表現している。断えては起こり、起こっては断える鼓角の音、ことに小きざみに鳴る太鼓の音は、時間にふし目をつけて、その推移をせき立てんとする。しかし微細な動物も、鳥も、杜甫も、そうした脅迫のひびきに対してただ怯えるだけなのである。


万方声一慨、吾道竟何之。
ここだけではない、この兵乱の世はおさまりをしらない、今や天下のどこへ行ってもおしなべてこの鼓角の音のみである、儒者であるわたしの行くべき道は結局どこに行ってしまったのか。
萬方 四方の国々。諸方。各方。 ・ 音声。音。 ・一概 一様である。すべていっしょに。大体に。いっさい。すべて。・吾道 わたしの採るべき儒者の道。 ・ けっきょく。つまり。とうとう。ついに。 ・何之 どこに行くのか。いづくにかゆかん。 ・之 行く。