秦州雜詩二十首 其六 杜甫 第2部 <259> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1226 杜甫詩 700- 373

其の六((安史の乱がおさまらず、吐蕃の乱におよび秦州においてが不穏な動きを嘆き述べる。)


秦州雜詩二十首 第二部(其の五から其八)
秦州と戰について述べる。

秦州雑詩二十首 其五
(監牧使の牧場には若い名馬はみな没した、残存した老馬がまだ戦いを思っているだろうことを、暗に自己をたとえていうのであろう。)
南使宜天馬、由来万匹強。
ここ秦州には監牧使をおいて大宛国の馬を天馬にそだてるのに都合のよいところで、太宗の時代からこれまで何十万匹以上も居たのである。
浮雲連陣没、秋草徧山長。
ところがその空に浮かべる雲のように見えていた多くの馬は安史の乱以来いくさに送られてそこで幾度かの大きな戦いに続けさまに戦没してしまった、そのため今やこの秦州あたりの山いっぱいにただ秋の草が背高くのびている。
聞説真龍種、仍残老驌驦。
聞くところによると、真の駿馬はの竜種たる名馬であり、だからそれがこの場所にもう老いてしまった古代の名馬、駿馬といわれる「驌驦」が残っているのだ。
哀鳴思戦闘、迥立向蒼蒼。
その老馬は哀しそうに鳴いて、戦いをしたいとおもっているのだろう、はるかなところで立ち、あおぞらの方に向かって訴えているのである。
(其の五)
南使(なんし)は天馬に宜(よろ)し、由来(ゆらい)  万匹強(ばんひつきょう)。
浮雲(ふうん)は陣を連ねて没し、秋草(しゅうそう)は山に徧(あまね)くして長し。
聞説(きくなら)く  真の龍種(りゅうしゅ)は、仍(な)お老いたる驌驦(しゅくそう)を残(あま)し。
哀鳴(あいめい)して戦闘を思い、迥(はる)かに立ちて蒼蒼(そうそう)に向かうと。

秦州雑詩二十首 其六
其の六((安史の乱がおさまらず、吐蕃の乱におよび秦州においてが不穏な動きを嘆き述べる。)
城上胡笳奏,山邊漢節歸。
城郭に唐軍の行進にあしぶえが吹きならされ響き渡る、(まだ吐蕃の乱が収まらない)附近の山にはやっと朝廷から吐蕃へやられた使者がもどってきた。 
防河赴滄海,奉詔發金微。
使者に随行してもどってきた士卒をみるといかに辛苦をした様子で、見るからにからだもすすけてまっ黒く、それが木葉が落ちまばらな林に鳥獣さえも稀なるこの季節にもどったのである。
士苦形骸黑,林疏鳥獸稀。
吐蕃の乱が収まらないので詔を奉じて兵卒は金徴の地方から出発して、ここを通って黄河の防禦のため青海地方へ赴こうとしている。
那堪往來戍,恨解鄴城圍。

これら往来の戎卒はこの春(三月三日)官軍が負けるはずのない鄴城で大敗し囲みを解いてさえくれなかったならばと恨んでいるが、わたしはどうしてそのような話を聞くに堪えることが出来るというのか。
城上に胡茄【こか】奏せらる 山辺に漢節【かんせつ】帰る。
防河【ぼうが】として滄海【そうかい】に赴く 詔を奉じて金微【きんぴ】より発す。
士苦しみて形骸【けいがい】黒く 林 疎【そ】にして鳥獣【ちょうじゅう】稀なり。
那ぞ堪えん往来の戊の、鄴城【ぎょうじょう】の囲みを解きしことを恨むに。

秦州雑詩二十首 其七
莽莽万重山、孤城山谷間。
無風雲出塞、不夜月臨関。
属国帰何晩、楼蘭斬未還。
烟塵独長望、衰颯正摧顔。

秦州雑詩二十首 其八
聞道尋源使、従天此路廻。
牽牛去幾許、宛馬至今来。
一望幽燕隔、何時郡国開。
東征健児尽、羌笛暮吹哀。


現代語訳と訳註
(本文)

秦州雜詩二十首 其六
城上胡笳奏,山邊漢節歸。
防河赴滄海,奉詔發金微。
士苦形骸黑,林疏鳥獸稀。
那堪往來戍,恨解鄴城圍。


(下し文)
城上に胡茄【こか】奏せらる 山辺に漢節【かんせつ】帰る。
防河【ぼうが】として滄海【そうかい】に赴く 詔を奉じて金微【きんぴ】より発す。
士苦しみて形骸【けいがい】黒く 林 疎【そ】にして鳥獣【ちょうじゅう】稀なり。
那ぞ堪えん往来の戊の、鄴城【ぎょうじょう】の囲みを解きしことを恨むに。


(現代語訳)
(安史の乱がおさまらず、吐蕃の乱におよび秦州においてが不穏な動きを嘆き述べる。)
城郭に唐軍の行進にあしぶえが吹きならされ響き渡る、(まだ吐蕃の乱が収まらない)附近の山にはやっと朝廷から吐蕃へやられた使者がもどってきた。 
使者に随行してもどってきた士卒をみるといかに辛苦をした様子で、見るからにからだもすすけてまっ黒く、それが木葉が落ちまばらな林に鳥獣さえも稀なるこの季節にもどったのである。
吐蕃の乱が収まらないので詔を奉じて兵卒は金徴の地方から出発して、ここを通って黄河の防禦のため青海地方へ赴こうとしている。
これら往来の戎卒はこの春(三月三日)官軍が負けるはずのない鄴城で大敗し囲みを解いてさえくれなかったならばと恨んでいるが、わたしはどうしてそのような話を聞くに堪えることが出来るというのか。

(訳注) 秦州雜詩二十首 其六
城上胡笳奏,山邊漢節歸。
城郭に唐軍の行進にあしぶえが吹きならされ響き渡る、(まだ吐蕃の乱が収まらない)附近の山にはやっと朝廷から吐蕃へやられた使者がもどってきた。 
城上 秦州の城郭のうえに聞こえるということ。日本の城ではなく、郭にかこまれた市街地をいう。○胡笳 芦葉を巻いて吹きならすもの、これは唐兵が吹くものである。蘆の葉を巻いた笛。後には木で作る。晋以後は天予の行列にも用いた。もと胡人が吹いたので、胡笳という。李白『春夜洛城聞笛』 【胡笳】 中国古代北方民族の胡人が吹いたという、葦(あし)の葉で作った笛。琴の曲名。の調べを琴の曲としたもの。胡の国に長く捕らわれていた後漢の蔡(さいえん)の作という。○山辺 秦州のちかくの山のあたり。
『夏夜嘆』夏夜嘆
竟夕擊刁鬥,喧聲連萬方。青紫雖被體,不如早還鄉。
北城悲笳發,鸛鶴號且翔。況複煩促倦,激烈思時康。

留花門  『留花門
北門天驕子,飽肉氣勇決。高秋馬肥健,挾矢射漢月。」
自古以爲患,詩人厭薄伐。修德使其來,羈縻固不絕。
胡爲傾國至,出入暗金闕。』
中原有驅除,隱忍用此物。公主歌黄鵠,君王指白日。
連雲屯左輔,百里見積雪。長戟鳥休飛,哀笳曙幽咽。
田家最恐懼,麥倒桑枝摺。』

自京竄至鳳翔達連行在所 三首其二

自京竄至鳳翔達連行在所 三首其二
愁思胡笳夕,淒涼漢苑春。生還今日事,間道暫時人。
司隸章初睹,南陽氣已新。喜心翻倒極,鳴咽淚沾巾。
漢節 漠の使者をいう、節は棒のさきに牛尾をつけたもの、使者のしるしに持つもの、これは唐より吐蕃の方へやられた使者をいう。


防河赴滄海,奉詔發金微。
吐蕃の乱が収まらないので詔を奉じて兵卒は金徴の地方から出発して、ここを通って黄河の防禦のため青海地方へ赴こうとしている。
防河 『兵車行』「或從十五北防河,便至四十西營田。」或る者は十五歳から、北の方の黄河(上流)の防衛戦の守備に就き、そのままで、四十歳になって、西の方の屯田兵を命ぜられた。
・十五、四十 開元十五年に十五歳のものであるならば天宝九載に至っては三十八歳である、四十というのは成数を挙げたもの。○防河 河は黄河、河を防ぐとは夷狄の侵入を黄河の辺に至ってふせぐことをいう。開元十五年秋、吐蕃が害をなしたので関中の兵万人を徴して臨桃に集め、これを防がせたことがある。・営田 耕田のしごとをする、これは屯田することをいう、屯田しながら吐蕃の防備をすること。河西地方の黄河の守備をすること。○滄海 青海地方をさすのであろう。○金微 山の名にしてまた郡の名、唐には関内道に属し、また単子都護府に属する、今の内蒙古緩遠の喀爾喀地方、防河二句は胡節奏は兵隊の動きの際鳴らすのでこの聯までかかる。
この聯は倒句として読む。

防河 : 奉詔  : 滄海 : 金微

*同じ品詞を同じ位置に配置する修辞により、一層の強調がなされる。



士苦形骸黑,林疏鳥獸稀。
使者に随行してもどってきた士卒をみるといかに辛苦をした様子で、見るからにからだもすすけてまっ黒く、それが木葉が落ちまばらな林に鳥獣さえも稀なるこの季節にもどったのである。
 帰士。使者に随行した兵士がこの地まで帰ってきた。○林疎 疎は葉のまばらなことをいう。○鳥獣稀 さびしいさまをいう、士苦二句は「漢節帰」を承ける。

士苦 : 林疏  形骸 : 鳥獸 :

*同じ品詞を同じ位置に配置する修辞により、一層の強調がなされる。



那堪往來戍,恨解鄴城圍。
これら往来の戎卒はこの春(三月三日)官軍が負けるはずのない鄴城で大敗し囲みを解いてさえくれなかったならばと恨んでいるが、わたしはどうしてそのような話を聞くに堪えることが出来るというのか。
那堪 作者がたえがたいということ。○往來戍 柱の字は防河二句を承け、これから出発する士卒をいう、来の字は士苦二句を承けいま辺地より帰って来た士卒をいう、戊は番兵。○恨 往来の戊がうらむのである。○解鄴城圍 乾元二年三月の陥落寸前に追い込んでいた九節度の大敗をさす、治乱の根本にさかのぼっていっているのである。誰もが負けるはずがないと思っていた戦いに敗れたのである。(更に、九月洛陽までふたたび陥落した。この詩の段階では杜甫は知らないのだろう。)もし九節度の軍が勝ったのであるならば吐蕃の騒乱も起こってはいないということに立脚する。戎卒は吐蕃の騒乱のために往来させられる。したがって敗軍を恨むのは当然のことである、故に防河の句は青海地方吐蕃のこととして順当である。