秦州雜詩二十首 其八 杜甫 第2部 <261> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1232 杜甫詩 700- 375


秦州雜詩二十首 第二部(其の五から其八)
秦州と戰について述べる。

秦州雑詩二十首 其五
南使宜天馬、由来万匹強。
浮雲連陣没、秋草徧山長。
聞説真龍種、仍残老驌驦。
哀鳴思戦闘、迥立向蒼蒼。
(監牧使の牧場には若い名馬はみな没した、残存した老馬がまだ戦いを思っているだろうことを、暗に自己をたとえていうのであろう。)
ここ秦州には監牧使をおいて大宛国の馬を天馬にそだてるのに都合のよいところで、太宗の時代からこれまで何十万匹以上も居たのである。
ところがその空に浮かべる雲のように見えていた多くの馬は安史の乱以来いくさに送られてそこで幾度かの大きな戦いに続けさまに戦没してしまった、そのため今やこの秦州あたりの山いっぱいにただ秋の草が背高くのびている。
聞くところによると、真の駿馬はの竜種たる名馬であり、だからそれがこの場所にもう老いてしまった古代の名馬、駿馬といわれる「驌驦」が残っているのだ。
その老馬は哀しそうに鳴いて、戦いをしたいとおもっているのだろう、はるかなところで立ち、あおぞらの方に向かって訴えているのである。
(其の五)
南使【なんし】は天馬に宜【よろ】し、由来【ゆらい】  万匹強【ばんひつきょう】。
浮雲【ふうん】は陣を連ねて没し、秋草【しゅうそう】は山に徧【あまね】くして長し。
聞説【きくなら】く  真の龍種【りゅうしゅ】は、仍【な】お老いたる驌驦【しゅくそう】を残【あま】し。
哀鳴【あいめい】して戦闘を思い、迥【はる】かに立ちて蒼蒼【そうそう】に向かうと。

秦州雑詩二十首 其六
城上胡笳奏,山邊漢節歸。
防河赴滄海,奉詔發金微。
士苦形骸黑,林疏鳥獸稀。
那堪往來戍,恨解鄴城圍。
其の六((安史の乱がおさまらず、吐蕃の乱におよび秦州においてが不穏な動きを嘆き述べる。)
城郭に唐軍の行進にあしぶえが吹きならされ響き渡る、(まだ吐蕃の乱が収まらない)附近の山にはやっと朝廷から吐蕃へやられた使者がもどってきた。 
使者に随行してもどってきた士卒をみるといかに辛苦をした様子で、見るからにからだもすすけてまっ黒く、それが木葉が落ちまばらな林に鳥獣さえも稀なるこの季節にもどったのである。
吐蕃の乱が収まらないので詔を奉じて兵卒は金徴の地方から出発して、ここを通って黄河の防禦のため青海地方へ赴こうとしている。
これら往来の戎卒はこの春(三月三日)官軍が負けるはずのない鄴城で大敗し囲みを解いてさえくれなかったならばと恨んでいるが、わたしはどうしてそのような話を聞くに堪えることが出来るというのか。
城上に胡茄【こか】奏せらる 山辺に漢節【かんせつ】帰る。
防河【ぼうが】として滄海【そうかい】に赴く 詔を奉じて金微【きんぴ】より発す。
士苦しみて形骸【けいがい】黒く 林 疎【そ】にして鳥獣【ちょうじゅう】稀なり。
那ぞ堪えん往来の戊の、鄴城【ぎょうじょう】の囲みを解きしことを恨むに。

秦州雑詩二十首 其七
莽莽万重山、孤城山谷間。
無風雲出塞、不夜月臨関。
属国帰何晩、楼蘭斬未還。
烟塵独長望、衰颯正摧顔。
(詩人として生きることを決意し、隠遁の地として考えたこの秦州が、吐蕃の乱により不安定なところであることを憂えた作である。)
山々が幾重にもかさなり立って奥深く、グッと迫ってくる、山に囲まれ空が少ないすり鉢の底にある谷間に秦州の城郭がある。
すり鉢の底より、それはあたかも洞窟の奥にある塞から気が湧き出ている。風によって集められなくても空が小さいので雲におおわれる塞なのだ。だから昼間に暗く夜もこないのに、この関所では月が出るのを待っている。
本来、降伏した周辺異民族の吐蕃ごときを平定して帰るのがどうしてこんなにおそいのであろうか、反乱を起こした吐蕃の王を斬るつもりで出たのにまだかえってはこられない。
わたしはただとおく戦の煙塵をながめているだけなのである、ここで詩人として隠棲生活を送ろうと願ってきた私がいまできることは、その意気がおとろえてまさに顔にしわを寄せてしかめ面をしていることである。
莽莽【もうもう】たり万重【ばんちょう】の山、孤城  山谷【さんこく】の間。
風無くして雲は塞を出で、夜ならざるに月は関【かん】に臨む。
属国  帰ること何ぞ晩【おそ】き、楼蘭【ろうらん】  斬らんとして未だ還【かえ】らず。
烟塵【えんじん】に独り長望【ちょうぼう】し、衰颯【すいさつ】として正【まさ】に顔を摧【くだ】く。

秦州雑詩二十首 其八
(古来、交通がびらけた場所であったのに、各地でおこった叛乱、特に安・史の乱で東西の大道が分断されていることを歎いた作。)
聞道尋源使、従天此路廻。
聞くところによると漢の張騫は黄河のすなわち黄河の水源をたずね、遂に、天まで続いたところから、のようなたかいところからこの秦州の城辺の大道をとおって都にもどったというのである。
牽牛去幾許、宛馬至今来。
彼が牛ひきの男に出遭ったという天の河の畔からここがどのぐらい離れているのかわからないけれど、それ以来、西国大宛国の名馬は今日にいたるまで向こうからやってくるのである。
一望幽燕隔、何時郡国開。
ところが東方、東北の幽燕の地方を眺めれば今や全くこの地と隔絶してしまっている、いつになったら郡や国の交通がひらけ自由に往来できるのであろうか。
東征健児尽、羌笛暮吹哀。

各地での叛乱のためここの健児たちも東方征伐のためにすっかり狩出されてしまい、ここでは羌族がふきならす夕ぐれの笛の音があわれにひびいているのである。
聞道【きくなら】く 尋源【じんげん】の使い、天従【よ】りして此の路より廻【かえ】ると。
牽牛【けんぎゅう】は去ること幾許【いくばく】ぞ、宛馬【えんば】今に至るまで来たる。
一望  幽燕【ゆうえん】隔【へだ】たる、何の時にか郡国【ぐんこく】開けん。
東征【とうせい】健児【けんじ】尽【つ】く、羌笛【きょうてき】暮吹【ぼすい】哀し。



現代語訳と訳註
(本文)

秦州雑詩二十首 其八
聞道尋源使、従天此路廻。
牽牛去幾許、宛馬至今来。
一望幽燕隔、何時郡国開。
東征健児尽、羌笛暮吹哀。


(下し文)
聞道【きくなら】く 尋源【じんげん】の使い、天従【よ】りして此の路より廻【かえ】ると。
牽牛【けんぎゅう】は去ること幾許【いくばく】ぞ、宛馬【えんば】今に至るまで来たる。
一望  幽燕【ゆうえん】隔【へだ】たる、何の時にか郡国【ぐんこく】開けん。
東征【とうせい】健児【けんじ】尽【つ】く、羌笛【きょうてき】暮吹【ぼすい】哀し。


(現代語訳)
(古来、交通がびらけた場所であったのに、各地でおこった叛乱、特に安・史の乱で東西の大道が分断されていることを歎いた作。)
聞くところによると漢の張騫は黄河のすなわち黄河の水源をたずね、遂に、天まで続いたところから、のようなたかいところからこの秦州の城辺の大道をとおって都にもどったというのである。
彼が牛ひきの男に出遭ったという天の河の畔からここがどのぐらい離れているのかわからないけれど、それ以来、西国大宛国の名馬は今日にいたるまで向こうからやってくるのである。
ところが東方、東北の幽燕の地方を眺めれば今や全くこの地と隔絶してしまっている、いつになったら郡や国の交通がひらけ自由に往来できるのであろうか。
各地での叛乱のためここの健児たちも東方征伐のためにすっかり狩出されてしまい、ここでは羌族がふきならす夕ぐれの笛の音があわれにひびいているのである。


(訳注)
秦州雑詩二十首 其八

(古来、交通がびらけた場所であったのに、各地でおこった叛乱、特に安・史の乱で東西の大道が分断されていることを歎いた作。)


聞道尋源使、従天此路廻。
聞くところによると漢の張騫は黄河のすなわち黄河の水源をたずね、遂に、天まで続いたところから、のようなたかいところからこの秦州の城辺の大道をとおって都にもどったというのである。
間道 聞説に同じ、道は他人の言うこと、人のいうことをきくにの意。○尋源便 「刑楚歳時記」の後世の俗伝のもとずく。漢の張騫が武帝の使者となって黄河の水源をたずね遂に桴にのって遡り、ひと月ばかりを経て織女にであった、また一丈夫が牛を牽いて河で水をのませているのを見、ここはどこかと問うと、それは厳君平に問われよと答えたという。後で知ると、そこは天の川で牽牛と織女の二星であった。○従天此路廻 従天とは黄河の源は天竺、たかく天につづく川であり、そこをさして天という、黄河の源が天の河であり、、此の路とは秦州の城辺の大道をさす、廻とは天より地上につづくことをここへもどることをいう。


牽牛去幾許、宛馬至今来。
彼が牛ひきの男に出遭ったという天の河の畔からここがどのぐらい離れているのかわからないけれど、それ以来、西国大宛国の名馬は今日にいたるまで向こうからやってくるのである。
牽牛 上述の牛を牽く男をさす。○去幾許 去とは道程の距離についていう、時間についていうとみるのは非である。幾許、みちのりどれほど、遠いことをいう。○宛馬 大宛国の名馬。○幽燕 幽州及び燕の地、河北省北部で安禄山の根拠とした地方。


一望幽燕隔、何時郡国開。
ところが東方、東北の幽燕の地方を眺めれば今や全くこの地と隔絶してしまっている、いつになったら郡や国の交通がひらけ自由に往来できるのであろうか。
 道路の隔絶することをいう。○ 道路の塞がりがとけひらかれることをいう。


東征健児尽、羌笛暮吹哀。
各地での叛乱のためここの健児たちも東方征伐のためにすっかり狩出されてしまい、ここでは羌族がふきならす夕ぐれの笛の音があわれにひびいているのである。
東征 東は幽燕の地方をさす、征は征伐。○健児 つよいわかもの。○羌笛 発夷のふくふえ。


聞道尋源使、従天此路廻。
牽牛去幾許、宛馬至今来。
一望幽燕隔、何時郡国開。
東征健児尽、羌笛暮吹哀。

聞道【きくなら】く 尋源【じんげん】の使い、天従【よ】りして此の路より廻【かえ】ると。
牽牛【けんぎゅう】は去ること幾許【いくばく】ぞ、宛馬【えんば】今に至るまで来たる。
一望  幽燕【ゆうえん】隔【へだ】たる、何の時にか郡国【ぐんこく】開けん。
東征【とうせい】健児【けんじ】尽【つ】く、羌笛【きょうてき】暮吹【ぼすい】哀し。

聞けば張騫は  黄河の源を尋ね
この街道を通って天空から帰ってきた
牽牛星からどれほどの距離があるのか
大宛の名馬は  今もそこからやってくる
一望するが    幽州・燕州の路はふさがり
何時になったら郡国への道は開通するのか
東征の健児は出つくしてしまい
羌笛だけが  日暮れに哀しく聞こえてくる