秦州雜詩二十首 其九 杜甫 第3部 <262> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1235 杜甫詩 700- 376


秦州雜詩二十首 第一部(其の一から其四)
秦州の概要について述べる。


秦州雜詩二十首 第二部(其の五から其八)
秦州と戰について述べる。


秦州雜詩二十首 第三部(其の九から其の十二)
秦州城内のようすや住居のことを詠っている。


乾元2年 759年 48歳
 「秦州雑詩二十首」は五言律詩の二十首に亘る連作で、官を辞して、漂浪生活の最初の寓居となった場所である。家族全員で総勢十人余りの旅に出た。
 杜甫は四十数年、士官だけを念頭にし生きてきた。自分の思いと現実のはざま、杜甫は左遷されて、約一年悩み、王維、孟雲卿、崔氏、高適、別賛上人らに相談し、出した結論であった。そこに追い込んだのは粛宗皇帝の権力闘争、戦略的思考に無知、失政、偏見であることと、相次ぐ戦争と飢饉による社会的疲労、官僚でさえ食べていけないほどの困窮、貧困が背景にある。

そして杜甫は政治的なフラストレーションを詩にしたためた。、①安禄山の叛乱は予測できたこと、②それに対する策が全くとらていなかったこと、③反乱を起こさせる数々の失政があったこと、重税のこと、府兵制の崩壊、節度使に分権していったこと、④叛乱直後圧倒的な戦力を持ちながら大敗し、陥落していったこと、などなど、これらすべてこの杜甫44・45~48歳の間、秦州での詩の前後、数年の詩から読み取れる。

当時の状況から、杜甫は安史の乱直後家族を邠州羌村に疎開させ、その後蘆子関を経て、霊武の行在所の向かおうとして安氏軍に捕縛され拘禁されたとき、そしてその中から脱出したこと、その叛乱軍の恐怖体験がトラウマになっている。その「おびえ」がそののちの行動に影響しているのである。

約200首ぐらいの詩にちりばめて①~④、反乱軍に対する怯えなどを表現している。確かに一部の師団長の叛乱から10年近く唐の全土に安穏の場所はないくらい大殺戮と略奪の数々あり、詩人は生きた心地がしなかったのである。そういった社会情勢の中、杜甫が家族を守れる手段は逃避しかなかった。最前線に赴任され守る方法も生きていく力もなくした杜甫は官を辞すよりなかった。東方、北方、南方すべて戦場、叛乱軍により、大殺戮があり、西方のみが逃避可能と考えられたのである。
 こうして秦州に逃避紀行したわけであるが、ここではまだ、官に心残りがあり、詩人として生きていく決意はしているものの葛藤している様子がうかがえる。

 秦州へ向かう杜甫の一行は、妻が杜甫より十歳下の三十八歳、長女は十三歳、長子宗文は十歳、次子宗武は七歳、次女は五歳であった。ほかに異母弟の杜占が加わっている。家族は七人、ほかに従僕が二人くらいはいたので、総勢十人の大移動だ。杜甫は馬に乗り、家財を載せた車に小さな子供を同乗させた旅である。
 隴山を越える困難の旅は七月中に秦州に到着した。五言律詩の連作「秦州雑詩二十首」は秦州作の有名な作品である。

「秦州雑詩」二十首は、四首ずつの五部構成になっているので、それに合わせページを変更することとする。全体を通せば、この秦州の地が詩人として、あるいは隠棲生活者として生きられるところではなく別の場所に向かわせることになるということを秦州での思いとしてつづったものである。



秦州雑詩二十首 其九
(秦州の駅亭付近の風景と戰の前線基地であることへの思いを詠った作。)
今日明人眼,臨池好驛亭。
今日になって人としての本来の見る眼になったようだ、景色のよい駅亨のさまを向こうの池から臨んで見たのである。
叢篁低地碧,高柳半天青。
そのそばには、竹やぶが地面にひくくたれて碧に立っており、この青い空の中ほどに届くかのように高い柳が青く繁っている。
稠疊多幽事,喧呼閱使星。
一人静かによい風景に関する事柄を確認したり、認識したりしてみるとそのほかくさぐさの風景がここにはあるが、しかしそこに興ざめであるところの吐蕃へ行く和平交渉、あるいは恫喝のための使者が議論して怒鳴り合いをしている。
老夫如有此,不異在郊垌。

年老いてきた士太夫のわたしがこのような景色の中にいるということで示されるように、林外の別荘に居るように静かにながめていようとおもうのに戦に行く人たちによりそれとは違ったものになってしまう。
 
10 雲氣接昆侖,涔涔塞雨繁。羌童看渭水,使節向河源。
 煙火軍中幕,牛羊嶺上村。所居秋草靜,正閉小蓬門。
 
11 蕭蕭古塞冷,漠漠秋雲低。黃鵠翅垂雨,蒼鷹饑啄泥。
 薊門誰自北,漢將獨徵西。不意書生耳,臨衰厭鼓鼙。
 
12 山頭南郭寺,水號北流泉。老樹空庭得,清渠一邑傳。
 秋花危石底,晚景臥鐘邊。俯仰悲身世,溪風為颯然。
 

 


秦州雜詩二十首 其九 杜甫 第3部 <262> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1235 杜甫詩 700- 376

秦州雑詩二十首 其九
(秦州の駅亭付近の風景と戰の前線基地であることへの思いを詠った作。)
今日明人眼、臨池好駅亭。
叢篁低地碧、高柳半天青。
稠畳多幽事、喧呼閲使星。
老夫如有此、不異在郊坰。

駅亭の池01

現代語訳と訳註
(本文)

今日明人眼、臨池好駅亭。
叢篁低地碧、高柳半天青。
稠畳多幽事、喧呼閲使星。
老夫如有此、不異在郊坰。


(下し文)
今日【こんじつ】人眼【じんがん】明かなり、池に臨む好駅亭【こうえきてい】。
叢篁【そうこう】地に低【た】れて碧【みどり】に、高柳【こうりゅう】天に半【なかば】して青し。
稠畳【ちゅうじょう】幽事【ゆうじ】多く、喧呼【けんこ】  使星【しせい】閲【けみ】す。
老夫【ろうふ】如【も】し此れ有らば、郊坰【こうけい】に在るに異【こと】ならざらむ。


(現代語訳)
(秦州の駅亭付近の風景と戰の前線基地であることへの思いを詠った作。)
今日になって人としての本来の見る眼になったようだ、景色のよい駅亨のさまを向こうの池から臨んで見たのである。
そのそばには、竹やぶが地面にひくくたれて碧に立っており、この青い空の中ほどに届くかのように高い柳が青く繁っている。
一人静かによい風景に関する事柄を確認したり、認識したりしてみるとそのほかくさぐさの風景がここにはあるが、しかしそこに興ざめであるところの吐蕃へ行く和平交渉、あるいは恫喝のための使者が議論して怒鳴り合いをしている。
年老いてきた士太夫のわたしがこのような景色の中にいるということで示されるように、林外の別荘に居るように静かにながめていようとおもうのに戦に行く人たちによりそれとは違ったものになってしまう。


(訳注)
秦州雑詩二十首 其九

(秦州の駅亭付近の風景と戰の前線基地であることへの思いを詠った作。)


今日明人眼、臨池好駅亭。
今日になって人としての本来の見る眼になったようだ、景色のよい駅亨のさまを向こうの池から臨んで見たのである。
明人眼 作者は時時「眼明」の語を用いる、めをさまさせるはどうつくしいことをいう。○駅亭 うまつなぎのやと。


叢篁低地碧、高柳半天青。
そのそばには、竹やぶが地面にひくくたれて碧に立っており、この青い空の中ほどに届くかのように高い柳が青く繁っている。
/竹叢【たかむら】 竹が群がって生えている所。たけやぶ。 


稠畳多幽事、喧呼閲使星。
一人静かによい風景に関する事柄を確認したり、認識したりしてみるとそのほかくさぐさの風景がここにはあるが、しかしそこに興ざめであるところの吐蕃へ行く和平交渉、あるいは恫喝のための使者が議論して怒鳴り合いをしている。
稠畳 多く且つかさなる。○幽事 一人静かによい風景に関する事柄を確認したり、認識したりするさま。篁と幽は隠遁生活を示唆するものの表現の小道具の一つである。○喧呼 人がやかましく呼び合うこと。議論して怒鳴り合うこと。○閲便星 閲とは使者が幽事を数えたててみること、使星は使者、「青書」(天文志)に「流星ハ天使ナリ」とみえる。これは唐より吐蕃の方へゆく和平交渉、あるいは恫喝のための使者である。


老夫如有此、不異在郊坰。
年老いてきた士太夫のわたしがこのような景色の中にいるということで示されるように、林外の別荘に居るように静かにながめていようとおもうのに戦に行く人たちによりそれとは違ったものになってしまう。
老夫 年老いてきた士太夫、作者自ずからのこと。○此 駅亨のながめをさす。○不異 杜甫はこの景色を見て隠遁の場所になるといいと思っているが、前聯の「喧呼閲使星」のようにここ秦州が戦の前進基地で隠遁が出来かねるといっている。○郊坰 邑外、城郭の外を郊、郊外を野、野外を林、林外を坰という、郊坰は別墅、前聯「稠畳多幽事」をうけて別業、隠遁の場所という意。

駅亭の 隠遁

秦州雑詩二十首 其九
(秦州の駅亭付近の風景と戰の前線基地であることへの思いを詠った作。)
今日明人眼,臨池好驛亭。
叢篁低地碧,高柳半天青。
稠疊多幽事,喧呼閱使星。
老夫如有此,不異在郊垌。

今日【こんじつ】  人眼【じんがん】明かなり、池に臨む好駅亭【こうえきてい】。
叢篁【そうこう】  地に低【た】れて碧【みどり】に、高柳【こうりゅう】 天に半【なかば】して青し。
稠畳【ちゅうじょう】  幽事【ゆうじ】多く、喧呼【けんこ】  使星【しせい】閲【けみ】す。
老夫【ろうふ】如【も】し此れ有らば、郊坰【こうけい】に在るに異【こと】ならざらむ。