寄贊上人 杜甫 <281-#2> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1295 杜甫詩 700- 396


寄贊上人
一昨陪錫杖,卜鄰南山幽。年侵腰腳衰,未便陰崖秋。
重岡北面起,竟日陽光留。茅屋買兼土,斯焉心所求。
近聞西枝西,有穀杉漆稠。
#2
亭午頗和暖,石田又足收。當期塞雨幹,宿昔齒疾瘳。
徘徊虎穴上,面勢龍泓頭。柴荊具茶茗,逕路通林丘。
與子成二老,來往亦風流。

西枝村のさらに西にある谷間の村で、杉(コウヨウザン)や漆がよく茂っている。と言ってもこの時期、漆の鮮やかな紅葉はもうすっかり落葉しつくし、森の奥まで暖かい日射しが入り込んでいたろう。それにたとえ石混じりで収穫の少ない畑であっても、ささやかな隠遁生活を送るには十分である。そんな情景をひとたび思い浮かべると、この地の長雨が終わるのも、長患いの歯痛が治まるのも待てないほど、早く駆けつけたくなってくる。


駅亭の池01

寄贊上人
(旧知である大雲寺の僧賛公と北斜面や南の山をみてあるいたことを述べる。)
一昨陪錫杖,卜鄰南山幽。
一昨日は上人に同行していただき、南側の静かな隠遁の住居を建てられるという場所をみてきました。
年侵腰腳衰,未便陰崖秋。
いたずらに年を取ってしまい、足腰が衰えてしまったようだ、それにしても、秋も深まってきたというのに南側の斜面には未だに夏の山のようであった。
重岡北面起,竟日陽光留。
重ねて山や丘に登ってみて南の斜面を見ると、ずっと一日中太陽の光が当たっているのだ。
茅屋買兼土,斯焉心所求。
早速、かやぶきの住宅を建てたいものである。当然土地も買うのである。それほどこの南斜面は私が心から隠遁する場所としたい所なのだ。
近聞西枝西,有穀杉漆稠。
また、そのあとに聞きました西枝村の西側にある谷村の土地は、決して人界から閉ざされたような地ではなく、荘子が隠遁した場所のように杉の木に恵まれ、漆林を経営して隠遁生活の糧にすることができる所と聞いているのですが。
一昨は あなたの錫杖【しゃくじょう】に陪し、隣を卜す 南山の幽なるに。
年の侵して われは腰や脚の衰うれば、陰の崖の秋には 未だ便ならず。
重なれる岡【やま】の 北面に起これば、竟日 陽光は留まらん。
茅屋は 買うに土を兼ぬれば、斯【すなわ】ち焉【ここ】ぞ 心の求むる所なり。
近ごろ聞く 西枝の西に、谷有りて 杉と漆の稠【おお】く。

#2
亭午頗和暖,石田又足收。
そこは森の奥まで暖かい日射しが入り込んでいる。それにたとえ石混じりで収穫の少ない畑であっても、ささやかな隠遁生活を送るには十分である。
當期塞雨幹,宿昔齒疾瘳。
そんな情景をひとたび思い浮かべると、この地の長雨が終わるのも、長患いの歯痛が治まるのも待てないほど、早く駆けつけたくなってくる。
徘徊虎穴上,面勢龍泓頭。
この地に隠遁をして仙人の仲間入りをして仇池山の洞穴などを訪ね歩き、土地を耕し、水の奥底に潜む龍のように奥深い所に隠棲するのである。
柴荊具茶茗,逕路通林丘。
柴や荊の我が家には茶と茶道具をそろえるのであり、小道を整えその道を通り森に入り、丘の上に行くのである。

與子成二老,來往亦風流。
上人と私の二人はここで残された年を重ねていくのであり、互いに行き来して、又、風流な隠遁生活を楽しみながら老いていきたいものだ。
亭午は 頗る和暖にして、石田は 又た収むるに足ると。
当【まさ】に期す この塞の雨の乾き、宿昔の 歯の疾【やまい】の瘳【い】ゆるときを。
虎穴の上【ほと】りを 徘徊し、竜泓【りゅうおう】の頭【ほと】りに 面勢せん。
柴荊【さいけい】に 茶茗を具え、逕路は あなたのすまう林丘に通ず。
子【し】とわれと 二老と成り、来往すれば 亦た風流ならん。



現代語訳と訳註
(本文) #2

亭午頗和暖,石田又足收。當期塞雨幹,宿昔齒疾瘳。
徘徊虎穴上,面勢龍泓頭。柴荊具茶茗,逕路通林丘。
與子成二老,來往亦風流。


(下し文)
亭午は 頗る和暖にして、石田は 又た収むるに足ると。
当【まさ】に期す この塞の雨の乾き、宿昔の 歯の疾【やまい】の瘳【い】ゆるときを。
虎穴の上【ほと】りを 徘徊し、竜泓【りゅうおう】の頭【ほと】りに 面勢せん。
柴荊【さいけい】に 茶茗を具え、逕路は あなたのすまう林丘に通ず。
子【し】とわれと 二老と成り、来往すれば 亦た風流ならん。


(現代語訳)
そこは森の奥まで暖かい日射しが入り込んでいる。それにたとえ石混じりで収穫の少ない畑であっても、ささやかな隠遁生活を送るには十分である。
そんな情景をひとたび思い浮かべると、この地の長雨が終わるのも、長患いの歯痛が治まるのも待てないほど、早く駆けつけたくなってくる。
この地に隠遁をして仙人の仲間入りをして仇池山の洞穴などを訪ね歩き、土地を耕し、水の奥底に潜む龍のように奥深い所に隠棲するのである。

柴や荊の我が家には茶と茶道具をそろえるのであり、小道を整えその道を通り森に入り、丘の上に行くのである。
上人と私の二人はここで残された年を重ねていくのであり、互いに行き来して、又、風流な隠遁生活を楽しみながら老いていきたいものだ。


(訳注) #2
亭午頗和暖,石田又足收。
そこは森の奥まで暖かい日射しが入り込んでいる。それにたとえ石混じりで収穫の少ない畑であっても、ささやかな隠遁生活を送るには十分である。
・亭午 「亭」は至る意。日が南中すること。転じて、正午。まひる。日があるうちを亭という。・石田 石交じりの田畑。あるいは、棚田を意味する。


當期塞雨幹,宿昔齒疾瘳。
そんな情景をひとたび思い浮かべると、この地の長雨が終わるのも、長患いの歯痛が治まるのも待てないほど、早く駆けつけたくなってくる。


徘徊虎穴上,面勢龍泓頭。
この地に隠遁をして仙人の仲間入りをして仇池山の洞穴などを訪ね歩き、土地を耕し、水の奥底に潜む龍のように奥深い所に隠棲するのである。
虎穴 仇池山の洞穴は古来からある、そこははるか河南の王屋山にある小有天の洞穴とひそかに通じているという、仙人の住むところである。隠遁という生活に入り込むという意味。秦州雜詩二十首 其十四 参照龍泓 水底深い所にじっとして棲む龍。この語も隠遁を意味する。


柴荊具茶茗,逕路通林丘。
柴や荊の我が家には茶と茶道具をそろえるのであり、小道を整えその道を通り森に入り、丘の上に行くのである。
柴荊 わがや。・茶茗 中唐詩人ID-44 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶#1 kanbun-iinkai紀頌之の李商隠と中唐の漢詩ブログ251

與子成二老,來往亦風流。
上人と私の二人はここで残された年を重ねていくのであり、互いに行き来して、又、風流な隠遁生活を楽しみながら老いていきたいものだ。