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2011/7/11李商隠 1 錦瑟
2011/7/11 ~ 2012/1/11 まで毎日掲載 全約150首
2012/1/11唐宋詩 Ⅰ李商隠 187 行次西郊作一百韻  白文  現代語訳 (全文)





太平寺泉眼 杜甫
招提憑高岡,疏散連草莽。出泉枯柳根,汲引歲月古。
石間見海眼,天畔縈水府。廣深丈尺間,宴息敢輕侮。

青白二小蛇,幽姿可時睹。如絲氣或上,爛漫為雲雨。
山頭到山下,鑿井不盡土。取供十方僧,香美勝牛乳。

北風起寒文,弱藻舒翠縷。明涵客衣淨,細蕩林影趣。
何當宅下流,餘潤通藥圃。三春濕黃精,一食生毛羽。


太平寺泉眼 杜甫
招提憑高岡,疏散連草莽。
太平寺に来て高い丘に寄り添ってある修行場にひかれていった、筋に別れ散らばって草むらが連なっている。
出泉枯柳根,汲引歲月古。
こんこんとわき出る泉が枯れた柳の根っこの方にある、この泉で水をくみ上げるのは歳月も古くからされているという。
石間見海眼,天畔縈水府。
岩場の間から垣間見えるそれは「海眼」というべきものである。天海のほとりになるのか水神の住むところとして栄えている。
廣深丈尺間,宴息敢輕侮。
ひろくてふかく身の丈以上あるだろう、これだと、落ち着いて安らかになることができるだろうし、おそれながら相手を軽くみてあなどらさせてもらうこともできるだろう。
青白二小蛇,幽姿可時睹。
その泉から青と白の二匹のヘビがいるように流れ出し、奥深く身を隠した姿は時によってみることが出来る。
如絲氣或上,爛漫為雲雨。
素の奥ゆかしさは糸のようであり時にはその当たりに木としてただよい、時には空に昇っていく。そして乱れ散り雲となり、雨となるのである。
山頭到山下,鑿井不盡土。
山は山頂から下って谷の底名で岩場である。井戸を掘るにしてはことごとく土が出てこないので難しいだろう。
取供十方僧,香美勝牛乳。
だからこの泉は十方の大徳ある僧に施し供えるものであり、芳しく美しいものであり、釈迦の弟子が捜して見つけた牛乳の泉に勝るものである。

北風起寒文,弱藻舒翠縷。明涵客衣淨,細蕩林影趣。
何當宅下流,餘潤通藥圃。三春濕黃精,一食生毛羽。



現代語訳と訳註
(本文)

青白二小蛇,幽姿可時睹。
如絲氣或上,爛漫為雲雨。
山頭到山下,鑿井不盡土。
取供十方僧,香美勝牛乳。


(下し文)
青白 二つの小蛇,幽姿は時に睹す可し。
絲の如く氣し或いは上る,爛漫 為に雲雨なり。
山頭より 山下に到り、井を鑿【うが】つに 尽【ことごと】くは土ならず。
取りて 十方の僧に 供すれば、その香美なること 牛の乳に勝れり。


(現代語訳)
その泉から青と白の二匹のヘビがいるように流れ出し、奥深く身を隠した姿は時によってみることが出来る。
素の奥ゆかしさは糸のようであり時にはその当たりに木としてただよい、時には空に昇っていく。そして乱れ散り雲となり、雨となるのである。
山は山頂から下って谷の底名で岩場である。井戸を掘るにしてはことごとく土が出てこないので難しいだろう。
だからこの泉は十方の大徳ある僧に施し供えるものであり、芳しく美しいものであり、釈迦の弟子が捜して見つけた牛乳の泉に勝るものである。


(訳注)
青白二小蛇,幽姿可時睹。
その泉から青と白の二匹のヘビがいるように流れ出し、奥深く身を隠した姿は時によってみることが出来る。
・靑白 五行思想で青は春、遠くであり、白は秋ではるか先遠くのものをいう。というように反対方向に二つに分かれたものをいう。《水經注》:漢水又東合洛谷,其地有神蛇戍,左右山溪多五色蛇,性驯良不爲毒。殆即此類。【朱注】二蛇乃龙類。・幽姿 隠遁者。奥深く身を隠した姿、幽居の奥ゆかしい人柄。 謝靈運 『登池上樓』「潛虯媚幽姿,飛鴻響遠音。」 見る意。物事の結末をあらかじめ推測すること。予測。


如絲氣或上,爛漫為雲雨。
もとの奥ゆかしさは糸のようであり時にはその当たりに木としてただよい、時には空に昇っていく。そして乱れ散り雲となり、雨となるのである。
爛漫【らんまん】1 花が咲き乱れているさま。2 散る乱さま。3くずれちるさま。4みずがあふれているさま。5ぐっすりねむるさま。6光り輝くさま。7さまようさま。8明らかにあらわれるさま。9薬の名。


山頭到山下,鑿井不盡土。
山は山頂から下って谷の底名で岩場である。井戸を掘るにしてはことごとく土が出てこないので難しいだろう。


取供十方僧,香美勝牛乳。
だからこの泉は十方の大徳ある僧に施し供えるものであり、芳しく美しいものであり、釈迦の弟子が捜して見つけた牛乳の泉に勝るものである。
十方僧 十方の大徳ある僧。十方の僧たちに施し、十方の仏に帰依し奉る。『法華経』 「十方佛土中,唯有一乘法。」「如一井空,空生一井。十方虚空,亦复如是。」
牛乳 維摩経:阿难白佛言:「憶念昔時、世尊身小有疾、当用牛乳。」「乳泉,泉之白而甘者。」
 

青白 二つの小蛇,幽姿は時に睹す可し。
絲の如く氣し或いは上る,爛漫 為に雲雨なり。
山頭より 山下に到り、井を鑿【うが】つに 尽【ことごと】くは土ならず。
取りて 十方の僧に 供すれば、その香美なること 牛の乳に勝れり。