貽阮隱居 杜甫 <285-#1> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1319 杜甫詩 700- 404

     
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貽阮隱居 杜甫 <285-#1>杜甫258首目、杜甫のブログ404回目


 秦州(一時期天水郡と改名)は隴右道に属し、吐蕃国境とも近く中都督府が置かれていた。渭水(渭河)の上流に開けた高度千メートル余りの高原盆地で、西はシルクロードに通じ、東へ下ると長安に至り、南下すると成都方面に入る。古来より交通の交わる所で商業も発達し、手工芸では今日に至るまで彫漆が有名である。特に漆については、杜甫が賛上人と一緒に隠遁地を探してもらったことを述べた詩に『寄贊上人』「近聞西枝西,有穀杉漆稠。」(近ごろ聞く 西枝の西に、谷有りて杉と桼(漆)と稠(おお)く)と詠じており、漆が当地の名産であることに杜甫は気づいていたようである。
この時期、杜甫には一般的な隠遁・隠者への関心も強く、当地の隠者阮昉との交流している。杜甫はこの阮隠居の隠者としての高潔な人品に惹かれていたようだ。その人柄をたたえて『貽阮隱居』(阮隠居に貽【おく】る)という詩を作っている。



貽阮隱居
阮隠居にこの詩を贈る
陳留風俗衰,人物世不數。
戦国時代のこの地方は栄えていたけれども、今は世俗のことはおとろえてきている、昔は世に輩出した人物も数多くいたが今ではいないようだ。
塞上得阮生,迥繼先父祖。
秦州の塞に登った時阮先生とお会いできた、先生は早くから父や先祖からの家系を引き継いでおられる。
貧知靜者性,白益毛發古。
貧しきことを知るひとであり、靜者の品性をもっておられる、白髪がますます増えているが昔から白髪交じりであったそうだ。
車馬入鄰家,蓬蒿翳環堵。
車馬が通ってきて隣の家に入っていくが、先生の家のまわりは草ぼうぼうの野原のようで小さい家を見えなくしている。

清詩近道要,識子用心苦。尋我草徑微,褰裳踢寒雨。
更議居遠村,避喧甘猛虎。足明箕潁客,榮貴如糞土。

(阮隠居に貽【おく】る)
陳留 風俗衰え、人物 世に數えず。
塞上に 阮生を得て,迥繼【けいけい】するは 父祖を先んず。
貧知して 靜者の性,白益 毛發 古なり。 
車馬 鄰家に入り,蓬蒿して 翳環の堵となり。

清詩 近道の要,子を識り 心苦しむを用う。
我を 草の逕【みち】の微なるに尋ね、裳【も】を褰【かか】げて 寒雨を踏みきたる。
更に議す 遠き村に居さんことを、喧を避け 猛虎に甘んず。
明らかにするに足る 箕潁【キエイ】の客の、栄と貴とをば 糞土の如くするを。


現代語訳と訳註
(本文)
貽阮隱居
陳留風俗衰,人物世不數。塞上得阮生,迥繼先父祖。
貧知靜者性,白益毛發古。車馬入鄰家,蓬蒿翳環堵。


(下し文)
(阮隠居に貽【おく】る)
陳留 風俗衰え、人物 世に數えず。
塞上に 阮生を得て,迥繼【けいけい】するは 父祖を先んず。
貧知して 靜者の性,白益 毛發 古なり。 
車馬 鄰家に入り,蓬蒿して 翳環の堵となり。


(現代語訳)
阮隠居にこの詩を贈る
戦国時代のこの地方は栄えていたけれども、今は世俗のことはおとろえてきている、昔は世に輩出した人物も数多くいたが今ではいないようだ。
秦州の塞に登った時阮先生とお会いできた、先生は早くから父や先祖からの家系を引き継いでおられる。
貧しきことを知るひとであり、靜者の品性をもっておられる、白髪がますます増えているが昔から白髪交じりであったそうだ。
車馬が通ってきて隣の家に入っていくが、先生の家のまわりは草ぼうぼうの野原のようで小さい家を見えなくしている。


(訳注)
貽阮隱居
(阮隠居に貽【おく】る)
阮隠居にこの詩を贈る
・貽 (1) 贈る.(2) 残す貽患災いの種をまく.
この頃の詩から判断して、杜佐の住居する「東柯谷」、もしくはその付近に隠遁していた阮昉という人物であった。杜甫は高潔な人格を褒め称えている。


陳留風俗衰,人物世不數。
戦国時代のこの地方は栄えていたけれども、今は世俗のことはおとろえてきている、昔は世に輩出した人物も数多くいたが今ではいないようだ。
 陳留 - チンリュウ 現在の河南省開封市南東郊外。現在の河南省開封市南東郊外。古来より交通の要衝で、曹操旗揚げの地。
この地域は戦国時代の魏の首都・大梁(現在の開封)を中心に栄えていたが秦代には荒廃し、前漢の代に郊外の陳留に郡治が置かれた。
三国志を代表する戦いの1つである官渡の戦いは、現在の開封市の西、鄭州市中牟県官渡橋村が舞台。
隋代に大運河が建設されるまでは、北西の開封ではなくこの地が栄えた。


塞上得阮生,迥繼先父祖。
秦州の塞に登った時阮先生とお会いできた、先生は早くから父や先祖からの家系を引き継いでおられる。


貧知靜者性,白益毛發古。
貧しきことを知るひとであり、靜者の品性をもっておられる、白髪がますます増えているが昔から白髪交じりであったそうだ。


車馬入鄰家,蓬蒿翳環堵。
車馬が通ってきて隣の家に入っていくが、先生の家のまわりは草ぼうぼうの野原のようで小さい家を見えなくしている。
蓬蒿 (1)シュンギク.(2) 草ぼうぼうの野原.
・翳 1 物に遮られて、日光や風雨の当たらない所。2 物の後ろや裏など、遮られて見えない所。裏側。3 その人のいない所。目の届かない・環堵 1 家の周囲を取り巻いている垣根。2 小さな家。狭い部屋。また、貧しい家。


陳留 風俗衰え、人物 世に數えず。
塞上に 阮生を得て,迥繼【けいけい】するは 父祖を先んず。
貧知して 靜者の性,白益 毛發 古なり。 
車馬 鄰家に入り,蓬蒿して 翳環の堵となり。