秦州抒情詩(17)  夕烽 杜甫 <302> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1373 杜甫詩 700- 422 

     
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《秦州抒情詩(17)   『夕烽』 杜甫700の302首目、杜甫ブログ422回目》
759年7月に沙州で吐蕃の乱をおこし、西域の不安定が心配事であった。この詩は九月の初旬だと思えるときで膠着状態の時の様子が述べられている。


夕烽
夕烽來不近,每日報平安。
夕方の烽火が近くには問題がなく遠方からも伝えられて来て、毎日平穏無事を報じてくれる。
塞上傳光小,雲邊落點殘。
砦の上にはその蜂火が小さく光を伝え、雲のあたりには小さな一点の光となって残っている。
照秦通警急,過隴自艱難。
この烽火は関中、長安地方を照らして警急を通知するためにある、この烽火が隴西の方から火急に経過してくるときは国難の生ずるときであり、つぎつぎに東方へつたえられ警急を通知するのである。
聞道蓬萊殿,千門立馬看。

そういうことで長安の大明宮の蓬莱殿では、千の門において警備の士は馬を立ててこの秦州の烽火の様子がいかにあるのかと見守っているということである。
(夕 烽)
夕烽【ゆうほう】来たること近からず、毎日平安を報ず。
塞上【さいじょう】光を伝うること小に、雲辺【うんぺん】落点残る。
秦を照らして警急【けいきゅう】を通ず、隴を過ぐるは自ずから艱難【かんなん】。
間道【きくな】らく蓬莱殿、千門 馬を立てて看ると。

少陵台


現代語訳と訳註
(本文) 夕烽

夕烽來不近,每日報平安。
塞上傳光小,雲邊落點殘。
照秦通警急,過隴自艱難。
聞道蓬萊殿,千門立馬看。


(下し文)
(夕 烽)
夕烽【ゆうほう】来たること近からず、毎日平安を報ず。
塞上【さいじょう】光を伝うること小に、雲辺【うんぺん】落点残る。
秦を照らして警急【けいきゅう】を通ず、隴を過ぐるは自ずから艱難【かんなん】。
間道【きくな】らく蓬莱殿、千門 馬を立てて看ると。


(現代語訳)
夕方の烽火が近くには問題がなく遠方からも伝えられて来て、毎日平穏無事を報じてくれる。
砦の上にはその蜂火が小さく光を伝え、雲のあたりには小さな一点の光となって残っている。
この烽火は関中、長安地方を照らして警急を通知するためにある、この烽火が隴西の方から火急に経過してくるときは国難の生ずるときであり、つぎつぎに東方へつたえられ警急を通知するのである。
そういうことで長安の大明宮の蓬莱殿では、千の門において警備の士は馬を立ててこの秦州の烽火の様子がいかにあるのかと見守っているということである。


(訳注)
夕烽

夕がた烽火のつたわるのを見てよんだ。
759年7月に沙州で吐蕃の乱をおこし、西域の不安定が心配事であった。この詩は九月の初旬だと思えるときで膠着状態の時の様子が述べられている。


夕烽來不近,每日報平安。
夕方の烽火が近くには問題がなく遠方からも伝えられて来て、毎日平穏無事を報じてくれる。
不近 遠方よりすることをいう。○報平安 唐の鎮戊にあっては毎日初夜に一蛭の煙を放った、これを平安火といい何も起こっていないこと・無事をしらせる合図である。


塞上傳光小,雲邊落點殘。
砦の上にはその蜂火が小さく光を伝え、雲のあたりには小さな一点の光となって残っている。
○落点 点は形の小さいことをいう。


照秦通警急,過隴自艱難。
この烽火は関中、長安地方を照らして警急を通知するためにある、この烽火が隴西の方から火急に経過してくるときは国難の生ずるときであり、つぎつぎに東方へつたえられ警急を通知するのである。
照秦 秦は関中、長安地方をいぅ。○ 通報する。○警急 警戒、急迫。○過陳 蜂火が障西の地方を経過すること。○艱難 国事の艱難なことを報ずることをいう、杜詩の「艱難深情二塊ズ」羌村)、「難難長戟ヲ擦り」(潼関吏)などの艱難はみな国難をいう、以下艱難の語について参考の詩をあげる。 潼関吏  杜甫 三吏三別詩<217>#2 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1040 杜甫詩集700- 311
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聞道蓬萊殿,千門立馬看。
そういうことで長安の大明宮の蓬莱殿では、千の門において警備の士は馬を立ててこの秦州の烽火の様子がいかにあるのかと見守っているということである。
蓬莱殿 長安の殿名。

 唐朝 大明宮2000

(夕 烽)
夕烽【ゆうほう】来たること近からず、毎日平安を報ず。
塞上【さいじょう】光を伝うること小に、雲辺【うんぺん】落点残る。
秦を照らして警急【けいきゅう】を通ず、隴を過ぐるは自ずから艱難【かんなん】。
間道【きくな】らく蓬莱殿、千門 馬を立てて看ると。