秦州抒情詩(26) 所思 杜甫 <311> 漢文委員会 紀頌之の漢詩ブログ1400 杜甫詩 700- 431

     
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所思〔原注〕 得台州司戸度滑息。(台州司戸塵の消息を得たり。)
鄭老身仍竄、台州信始傳。
鄭虔先生は、その身は今なお左遷されたままであり、その台州からの便りがこのたび始めて自分のところへ伝えられてきた。
爲農山澗曲、臥病海雲邊。
それによると、先生は山間の分水嶺(峠)で農耕作をされているが、雲海のうかぶあたりに病に臥しているとのことである。
世己疎儒素、人猶乞酒錢。
世間の人々は先生のような質素でじみな行いの儒者を敬遠するものであるが、いまだに先生に酒銭をあたえてくれる人はあるのである。
徒勞望牛斗、無計屬龍泉。
わたしは、いたずらに北から南の空の牽牛星あたりをながめているばかりで、故事にある、雷煥が「龍泉」剣を地下からほりだしたように先生を救ってあげる手立てはもっていないので、なげかわしいことだとおもっている。

銀河002

現代語訳と訳註
(本文)
所思
鄭老身仍竄、台州信始傳。
爲農山澗曲、臥病海雲邊。
世己疎儒素、人猶乞酒錢。
徒勞望牛斗、無計屬龍泉。

(下し文)
思う所あり
〔原注〕(台州司戸塵の消息を得たり。)
鄭老身仍お竄ざんせらる 台州 信始めて伝う
農と為る山澗かんの曲くま 病に臥す海雲の辺
世己に儒素を疎んず 人猶お酒銭を乞う
徒に牛斗を望むに労す 竜泉を屬しょくするに計無し


(現代語訳)
鄭虔先生は、その身は今なお左遷されたままであり、その台州からの便りがこのたび始めて自分のところへ伝えられてきた。
それによると、先生は山間の分水嶺(峠)で農耕作をされているが、雲海のうかぶあたりに病に臥しているとのことである。
世間の人々は先生のような質素でじみな行いの儒者を敬遠するものであるが、いまだに先生に酒銭をあたえてくれる人はあるのである。
わたしは、いたずらに北から南の空の牽牛星あたりをながめているばかりで、故事にある、雷煥が「龍泉」剣を地下からほりだしたように先生を救ってあげる手立てはもっていないので、なげかわしいことだとおもっている。


(訳注)
所思

〔原注〕 得台州司戸度滑息。(台州司戸塵の消息を得たり。)
作者の親友鄭慶は至徳二載十二月に台州へ貶せられることになり、乾元元年に台州に至った、この詩は始めて鄭虔より台州からの手紙を得て思う所をのべた。
○台州司戸虔 757年 至徳二載十二月、巳に長安に在っての作。46歳
送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩
鄭公樗散鬢成絲,酒後常稱老畫師。
萬裡傷心嚴譴日,百年垂死中興時。
蒼惶已就長途往,邂逅無端出餞遲。
便與先生成永訣,九重泉路盡交期!
755年安禄山の軍が長安へ攻め入った時、鄭虔は叛乱軍より強制的に水部郎中の官を授けられた。757年叛乱軍から長安洛陽を奪還し、叛乱軍に結果として協力した官吏を至徳二載十二月に六等に分けてその罪をきめた。鄭虔は死刑となるはずであったのを雀円というものの救いにより貶官にされたのだ
消息 たより。

鄭老身仍竄、台州信始傳。
鄭虔先生は、その身は今なお左遷されたままであり、その台州からの便りがこのたび始めて自分のところへ伝えられてきた。
鄭老 鄭虔をさす。
 ながしものにされる。流罪。左遷。
台州 漸江省台州府、度の居処。
 たより、信書。

爲農山澗曲、臥病海雲邊。
それによると、先生は山間の分水嶺(峠)で農耕作をされているが、雲海のうかぶあたりに病に臥しているとのことである。
○この為農二句は鄭虔老の近況、信書によって知ったところ。

世己疎儒素、人猶乞酒錢。
世間の人々は先生のような質素でじみな行いの儒者を敬遠するものであるが、いまだに先生に酒銭をあたえてくれる人はあるのである。
疎儒素 疎はうとんずる、疎外、敬遠する。素は質素、じみなこと、儒素は儒者のじみな行い。
 作者が嘗て鄭虔に贈った詩に『戲簡鄭廣文虔,兼呈蘇司業源明』(戯れに鄭広文に簡す)
廣文到官舍,繫馬堂階下。
醉則騎馬歸,頗遭官長罵。
才名三十年,坐客寒無氈。
賴有蘇司業,時時乞酒錢。
「頼に蘇司業あり、時時酒銭を乞う」といっている、人は蘇源明をさす。
○乞 あたえること、俗用である、こうの意ではない。


徒勞望牛斗、無計屬龍泉
わたしは、いたずらに北から南の空の牽牛星あたりをながめているばかりで、故事にある、雷煥が「龍泉」剣を地下からほりだしたように先生を救ってあげる手立てはもっていないので、なげかわしいことだとおもっている。
徒労 杜甫がむだに骨折ることをいう。○望牛斗 牛・斗は星座の名、台州の地は牛斗の分野にあたる。「牛」:牽牛星。「斗」衡は北斗七星の第五星。『爾雅』に星紀は斗宿と牽牛星とある。・玉衡 北斗七星の第五星、斗柄に当たる。「玉衡孟冬を指す」とは斗柄の指す方位が、初冬の月に当たっているの意。・衡 「北斗七星の中央の星」玉衡星と牽牛星。
無計 手だてなし。
 析(きる)に同じ、ただしここは土壌をきりけずることで、剣を掘り取ることをいう。
竜泉 むかし欧冶子がつくった三本の鉄剣の一つの名、もと竜淵という、唐は淵の字を諱名とするため泉の字にかえた、竜泉は単に剣の代わりとして用いる。牛斗・竜泉の二句は雷煥(孔章)が牛斗を射る剣気を見て豊城の獄で剣をはほりだした故事を用いている。
蕃剣』詩
致此自僻遠,又非珠玉裝。如何有奇怪,每夜吐光芒。
虎氣必騰上,龍身寧久藏。風塵苦未息,持汝奉明王。
此を致すは僻遠【へきえん】よりす、又た珠玉【しゅぎょく】の装に非ず。
如何【いかん】ぞ奇怪【きかい】有りて、毎夜光芒【こうぼう】を吐く。
虎気【こき】必ず騰上【とうじょう】せん、竜身【りょうしん】寧ぞ久しく蔵せんや。
風塵未だ息【や】まざるに苦しむ、汝を持して明王に奉ぜん。
○奇怪 あやしいこと。○光芒 剣の切っ先からキラッとした光。芒は剣の切っ先。
○虎気 剣気をいう、「呉越春秋」に呉王闔閭が死んだ時、愛用の剣を棺に入れて葬った時、三日目に白虎がそのうえにうずくまっていたのにより、その地を虎邱というとの話。剣を愛した父・闔閭のために息子の夫差(フサ)は3000本の剣を埋めたと言われる「剣池」は、秦の始皇帝や孫権がその剣を探し求めて掘られたと伝えられている。○竜身 「予章記」に張公両竜剣 竜泉、太阿という二つの宝剣が、豫章と豐城とで出土し、晋の張華と雷煥の二人が、おのおのその一刀を待った。雷煥の子が瀬を渡ろうとした時、腰の剣が踊りだし、水に入り竜に化したという。
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所思
鄭老身仍竄、台州信始傳。
爲農山澗曲、臥病海雲邊。
世己疎儒素、人猶乞酒錢。
徒勞望牛斗、無計屬龍泉


思う所あり
〔原注〕(台州司戸塵の消息を得たり。)
鄭老身仍お竄ざんせらる 台州 信始めて伝う
農と為る山澗かんの曲くま 病に臥す海雲の辺
世己に儒素を疎んず 人猶お酒銭を乞う
徒に牛斗を望むに労す 竜泉を屬しょくするに計無し