秦州抒情詩(29) 秋日阮隠者致薤三十束 杜甫 <314> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1409 杜甫詩 700- 434

     
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《秦州抒情詩(29)『秋日阮隠者致薤三十束』 杜甫700の314首目、杜甫ブログ434回目》


秋の目に隠棲の士、阮昉という者が三十束の薤をもらい、その束が待っている友人からの書簡に見えたこと、医食同源からもラッキョウは体にいいこととして喜んだ詩である。阮坊は秦州の人である。
*〔原注〕 隠居。名昉。秦州人。 (隠居、名は昉、秦州の人)
乾元2年 759年 48歳


秋日阮隠者致薤三十束
(秋の日に隠居の士阮昉という者が三十束の薤ラッキョウをもらったことについてお礼の詩)
〔原注〕 隠居。名昉。秦州人。
隠者柴門内、畦蔬遶舎秋。
隠棲している阮昉さんは粗末な柴の入り口のうちにはいっているが、その家のまわりの畑にはの野菜が秋の色を呈している。
盈筐承露薤、不待致書求。
自分はいま取り立てで露がおちる薤を盛った籠をもらい手にささげている。これは自分が手紙を彼にやって求めたわけでなく彼自身が親切心でくれたのである。
束比青芻色、円斉玉莇頭。
「ラッキョウ」の束は、刈たての青草の色にもくらべてみて生生しいし、ラッキョウの根のまんまるさは白玉の箸の頭と同じよう、徳を積むことを示しているのである。
衰年関鬲冷、味暖併無憂。
仁徳を積むに良いものが、老衰の年にあたって関節や心臓・牌臓だの体が冷えてくるのだが、この薤があれば食いものとして味わう上もからだの保温のうえもともに心配が無くなってくる。


現代語訳と訳註
(本文)
秋日阮隠者致薤三十束
〔原注〕 隠居。名昉。秦州人。
隠者柴門内、畦蔬遶舎秋。
盈筐承露薤、不待致書求。
束比青芻色、円斉玉莇頭。
衰年関鬲冷、味暖併無憂。


(下し文)
(秋日阮隠居薤三十束を致す)
隠者  柴門【さいもん】の内、畦蔬【けいそ】 舎【しゃ】を遶【めぐ】りて秋なり。
盈筐【えいきょう】 露薤【ろかい】を承【う】く、書を致【いた】して  求むるを待【ま】たず。
束【そく】は比す  青芻【せいすう】の色、円は斉【ひと】し  玉莇【ぎょくちょ】の頭【とう】。
衰年【すいねん】 関鬲【かんかく】冷やかなり、味暖【みだん】   併【あわ】せて憂い無し。


(現代語訳)
(秋の日に隠居の士、阮昉という者が三十束の薤をもらい、その束が待っている友人からの書簡に見えたこと、医食同源からもラッキョウは体にいいこととして喜んだ詩である。)
隠棲している阮さんは粗末な柴の入り口のうちにはいっているが、その家のまわりの畑にはの野菜が秋の色を呈している。
自分はいま取り立てで露がおちる薤を盛った籠をもらい手にささげている。これは自分が手紙を彼にやって求めたわけでなく彼自身が親切心でくれたのである。
「ラッキョウ」の束は、刈たての青草の色にもくらべてみて生生しいし、ラッキョウの根のまんまるさは白玉の箸の頭と同じよう、徳を積むことを示しているのである。
仁徳を積むに良いものが、老衰の年にあたって関節や心臓・牌臓だの体が冷えてくるのだが、この薤があれば食いものとして味わう上もからだの保温のうえもともに心配が無くなってくる。


(訳注)
秋日阮隠者致薤三十束
秋の日に隠居の士、阮昉という者から三十束の薤をもらい、その束が待っている友人からの書簡に見えたこと、医食同源からもラッキョウは体にいいこととして喜んだ詩である。詩である。阮昉は秦州の人である。
隠者 隠棲の人、阮昉をさす。

〔原注〕 隠居。名昉。秦州人。

隠者柴門内、畦蔬遶舎秋。
隠棲している阮昉さんは粗末な柴の入り口のうちにはいっているが、その家のまわりの畑にはの野菜が秋の色を呈している。
畦蔬 はたけのやさい。
 阮昉の屋舎。


盈筐承露薤、不待致書求。
自分はいま取り立てで露がおちる薤を盛った籠をもらい手にささげている。これは自分が手紙を彼にやって求めたわけでなく彼自身が親切心でくれたのである。
盈筐 かごいっぱい。
ぅけてささげる。
露薤 採ってきたばかりで、切り口からつゆをおびたラッキョウ。にらとも考えられるが内容からして違う。
致書 杜甫が友人に援助を頼む書簡を送っていて、その返事というのではないという意味。。


束比青芻色、円斉玉莇頭
「ラッキョウ」の束は、刈たての青草の色にもくらべてみて生生しいし、ラッキョウの根のまんまるさは白玉の箸の頭と同じよう、徳のある音信がほしいということを示しているのである。
束此青芻色 芻ははした草、青芻は刈りたての草をいう。
円 ラッキョウの根のまるいこと。
玉莇 玉でつくったはし。これが友人からの書簡にみえるということ。この二句はラッキョウの丸さをもって、友人からの援助の書簡、ここでの生活を仁徳を積む生活というのを意識させている。この二句はつぎの詩経の詩に基づいて作られている。
『詩経 小雅 白駒』
皎皎白駒、在彼空谷。
生忽一束、其人如玉。
毋金玉爾音.而有遐心。
皎皎たる白駒、彼の空谷に在り。
生忽一束、其の人玉の如し。
爾の音を金玉にして.遐心【かしん】有ること毋【なか】れ。
・空谷 ふかいたに。おおきなたに。
・生忽 馬の食む新しく青い生ぐさ。
・一束 ひとたばね。
・其人如玉 賢人の徳は玉のようである。其人は賢人、玉は徳を積むこと。
・毋【ぶ】なかれ、禁止の辞
・音 音信。声音。
・遐心 遠ざかる心。


衰年関鬲冷、味暖併無憂。
仁徳を積むに良いものが、老衰の年にあたって関節や心臓・牌臓だの体が冷えてくるのだが、この薤があれば食いものとして味わう上もからだの保温のうえもともに心配が無くなってくる。
衰年 老衰の年。
関鬲 関は関節、鬲は膈の仮借字であろぅ、膈は胸騙、心臓と牌臓の間をいう。
味暖 あじわいとあたたかさと、ラッキョウは人の体温をます性質があるという。体が冷得るのは病気であり、ここは医食同源の内でもラッキョウは良いものとされていた。


<解説>
この時の杜甫は、知人からの援助の便りを待っていた、東柯谷、西枝村、の土地と家を買うためには応援がなくては買えなかったのである。三カ月たってもいい返事はなかったのである。ただ、詩経に見えるように仁徳のある人が贈ってくれる書簡が、ラッキョウの「玉莇」が書簡に見えて、書簡を喜ぶというイメージを持ったということではなかろうか。しかし、杜甫の友人たちは、ことごとく左遷されているが、落ち目の人たちで759年時には援助しようにもできながったのではなかろうか。結果、四五か月経過したら応援を得られたわけである。ただ、秦州ではなく、同谷を経て成都に入ってからの地の事であった。


(秋日阮隠居薤三十束を致す)
隠者  柴門【さいもん】の内、畦蔬【けいそ】 舎【しゃ】を遶【めぐ】りて秋なり。
盈筐【えいきょう】 露薤【ろかい】を承【う】く、書を致【いた】して  求むるを待【ま】たず。
束【そく】は比す  青芻【せいすう】の色、円は斉【ひと】し  玉莇【ぎょくちょ】の頭【とう】。
衰年【すいねん】 関鬲【かんかく】冷やかなり、味暖【みだん】   併【あわ】せて憂い無し。