寄岳州賈司馬六丈、巴州嚴八使君兩閣老五十韻 杜甫 <317-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1451 杜甫詩 700- 448

     
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§2 #2~#5
#2
憶昨趨行殿,殷憂捧禦筵。
おもいだすと前年(758年夏)わたしは叛乱軍の拘束から逃げ、粛宗皇帝の鳳翔の行在所に出向いて出仕し、国事についてさかんな憂いる役目でもって御筵を捧げるお傍近く仕えまつった。
討胡愁李廣,奉使待張騫。
その頃は異民族軍、叛乱軍を討伐して結果のよからぬため李広に比する哥舒翰の如き名将の大敗をうれえ、外国に対しては援兵を乞うの使命をもちゆく張騫が待たるることであった。
無複雲台仗,虛修水戰船。
儀式をおこなう際にも、とても以前のような儀仗を御殿に並べることは無く、漢の武帝がむだな舟戦の準備したものの無駄に終わって都は攻め落とされたようなものだ。
蒼茫城七十,流落劍三千。
はるかに茫漠たる地方まで味方の城は七十も安史軍にうばわれ、集められた趙の三千の剣士がちりぢりに散じた様に九節度使軍も散りじりになった。
畫角吹秦晉,旄頭俯澗瀍。」
胡笳の角笛は秦から晋の地方にまで吹きならされ、暗雲を示す旄頭星は澗瀍の水の上を俯して照らしているのである。(洛陽城は再び安史軍に陥落された。)


現代語訳と訳註
(本文)

憶昨趨行殿,殷憂捧禦筵。
討胡愁李廣,奉使待張騫。
無複雲台仗,虛修水戰船。
蒼茫城七十,流落劍三千。
畫角吹秦晉,旄頭俯澗瀍。」


(下し文)
憶う昨 行殿【こうでん】に趨し、殷憂【いんゆう】禦筵【ぎょえん】を捧げしを。
討胡【とうこ】李広【りこう】愁え、奉使【ほうし】張騫【ちょうけん】を待つ。
復た雲台【うんだい】の仗【じょう】なし 虚しく修む水戦の船。
蒼茫【そうぼう】城 七十、流落 剣 三千。
画角【がかく】秦晋【しんしん】に吹かる、旄頭【ぼうとう】澗瀍【かんてん】俯す。
小儒【しょうじゅ】董卓【とうたく】を軽んず、有識 苻堅【ふけん】を笑う。


(現代語訳)#2
おもいだすと前年(758年夏)わたしは叛乱軍の拘束から逃げ、粛宗皇帝の鳳翔の行在所に出向いて出仕し、国事についてさかんな憂いる役目でもって御筵を捧げるお傍近く仕えまつった。
その頃は異民族軍、叛乱軍を討伐して結果のよからぬため李広に比する哥舒翰の如き名将の大敗をうれえ、外国に対しては援兵を乞うの使命をもちゆく張騫が待たるることであった。
儀式をおこなう際にも、とても以前のような儀仗を御殿に並べることは無く、漢の武帝がむだな舟戦の準備したものの無駄に終わって都は攻め落とされたようなものだ。
はるかに茫漠たる地方まで味方の城は七十も安史軍にうばわれ、集められた趙の三千の剣士がちりぢりに散じた様に九節度使軍も散りじりになった。
胡笳の角笛は秦から晋の地方にまで吹きならされ、暗雲を示す旄頭星は澗瀍の水の上を俯して照らしているのである。(洛陽城は再び安史軍に陥落された。)


(訳注)
憶昨趨行殿,殷憂捧禦筵。
おもいだすと前年(758年夏)わたしは叛乱軍の拘束から逃げ、粛宗皇帝の鳳翔の行在所に出向いて出仕し、国事についてさかんな憂いる役目でもって御筵を捧げるお傍近く仕えまつった。
億咋 作者が往年のことを追憶する。
趨行殿 趨は朝廷内における歩く姿であり、すこしく歩みをはやめこまたにあるくこと、行殿は天子の御旅の御所、これは粛宗の鳳翔の行在所をさしていう。
殷憂 さかんな憂い。
捧御筵 むしろをささげるというのは拾遺の官となり御傍近くに仕えたことをいう。

 
討胡愁李廣,奉使待張騫。
その頃は異民族軍、叛乱軍を討伐して結果のよからぬため李広に比する哥舒翰の如き名将の大敗をうれえ、外国に対しては援兵を乞うの使命をもちゆく張騫が待たるることであった。
討胡愁李広 胡は安禄山の叛乱軍をさす、李広は漢の武帝の時の名将、今借りて哥舒翰にあてる、愁とは哥舒翰が安史軍に大敗したことでそういう。
奉使待張騫 張騫は漢の武帝の時に使者となって始めて西域諸国との交通を開いた人、奉使とは使命を奉ずることをいう、此の句は唐より回紇・吐蕃へ使者をやって援軍兵を求めたことをいう。


無複雲台仗,虛修水戰船。
儀式をおこなう際にも、とても以前のような儀仗を御殿に並べることは無く、漢の武帝がむだな舟戦の準備したものの無駄に終わって都は攻め落とされたようなものだ。
無復雲台仗 雲台は宮中の高い台殿をさしていう、仗は儀仗、儀式にあたってたでならぶほこはたの類、伎無しとは或はいう、行在所のことゆえ昔日の盛んな杖のないことをいうと、また重ねた意味で、玄宗の出奔したことをいう。
虚修水戦船 漢の武帝が雲南地方を伐とうとして其の地に渦池があるときいて長安に昆明地をうがって水戦を習わせた、虚修とはむだに船の用意をなしたことをいう、此の句については、長安に兵備し、安史軍の数倍の軍事を誇っていたことをいう。しながら安史軍に破られたことをいうと、


蒼茫城七十,流落劍三千。
はるかに茫漠たる地方まで味方の城は七十も安史軍にうばわれ、集められた趙の三千の剣士がちりぢりに散じた様に九節度使軍も散りじりになった。
蒼茫 茫漠としたさま、ひろく見さかいのつかぬさま。
城七十 戦国の時、燕は斉を攻めて七十余城を取った、借りて禄山が河北二十余郡を陥れたことに当てる。○流落 ちりぢりになること。
剣三千 超の文王は剣を喜び、彼のもとに集まって来た剣客は三千余人あったということが「荘子」に見える、借りて官軍の武士にあてる、或はいう、「越絶書」に見える呉王開聞の故事を用いたもので、剣三千は開聞が虎邸に葬られたときの届諸の剣三千、流落は散薄の意、三千の剣が散落するとは、長安の陵墓が発掘され土中の剣が世間に出たことをいうと。これも一説であるが杜甫の云いたかったことは、集められた九節度使が彭城を囲んだが史忠明軍により大敗し散りじりになったことをいう。


畫角吹秦晉,旄頭俯澗瀍。」
胡笳の角笛は秦から晋の地方にまで吹きならされ、暗雲を示す旄頭星は澗瀍の水の上を俯して照らしているのである。(洛陽城は再び安史軍に陥落された。)
画角  彩色したつのぶえ、官軍のふきならすもの。○秦晋 駅西省、山西省の地。
旗頭 星の名、また昂という、妖星で兵乱の象があるという。
俯澗瀍 俯とは俯して下を照らすことをいう、潤瀍は洛陽附近にあって洛水にそそぐ二つの川の名。澗水は新安県の南にある白石山より出て東南流して洛に入り、浸水は穀城県の北山より出て東して偃師県を過ぎて洛に入る。