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杜甫は秦州において、友人知人の援助を待っているが、連絡はこず、発進した連絡も届いたのかどうかも分からないのである。
この詩は、甥の杜佐(秦州東柯谷で隠棲している)と同様この地に隠棲している張彪に対して寄せたものである。     

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五韻で分割して全六回で掲載する。



寄張十二山人彪三十韻
獨臥蒿陽客,三違潁水春。
君は嵩山の陽に世人とはなれてひとり隠棲生活をしていた人であるが、郷里の穎水で、きままな春をすごさないでいるのがすでに三年になるのだ。
艱難隨老母,慘澹向時人。
それは安禄山の乱という国難の際に老いて病気がちの母のおともをして親孝行をされた、ただ、世間の人に対してはとても物悲しい思いを抱いているのだ。
謝氏尋山屐,陶公漉酒巾。
本来あなたは謝霊運が山のぼり用の足駄をつけたような人であり、陶淵明が頭にしていた濁酒をこす巾をかぶっているべき酒飲みの人なのだ。
群凶彌宇宙,此物在風塵。
逆賊である安史軍のやつらがこの天地にはびこっているので、その賢者の隠遁者も俗界の風塵のなかに陥っておられるのである。
歷下辭薑被,關西得孟鄰。

自分は済南の歴下で君とわかれたが、いま関西のはての隴西(秦州)でまた君と隣りずまいをすることができたのだ。
早通交契密,晚接道流新。靜者心多妙,先生藝絕倫﹕
草書何太古,詩興不無神。曹植休前輩,張芝更後身。
數篇吟可老,一字賣堪貧。

將恐曾防寇,深潛托所親。寧聞倚門夕,盡力潔飧晨。
疏懶為名誤,驅馳喪我真。索居尤寂寞,相遇益愁辛。
流轉依邊徼,逢迎念席珍。

時來故舊少,亂後別離頻。世祖修高廟,文公賞從臣。
商山猶入楚,渭水不離秦。存想青龍秘,騎行白鹿馴。
耕岩非穀口,結草即河濱。

肘後符應驗,囊中藥未陳。旅懷殊不愜,良覿眇無因。
自古多悲恨,浮生有屈伸。此邦今尚武,何處且依仁。
鼓角淩天籟,關山倚月輪。

官場羅鎮磧,賊火近洮岷。蕭索論兵地,蒼茫鬥將辰。
大軍多處所,餘孽尚紛綸。高興知籠鳥,斯文起獲麟。
窮秋正搖落,回首望松筠。


現代語訳と訳註
(本文)
寄張十二山人彪三十韻
獨臥蒿陽客,三違潁水春。艱難隨老母,慘澹向時人。
謝氏尋山屐,陶公漉酒巾。群凶彌宇宙,此物在風塵。
歷下辭薑被,關西得孟鄰。


(下し文)
独り臥す嵩陽【すうよう】の客、三たび違う潁水【えいすい】の春。
艱難【かんなん】老母に随い、惨澹【さんたん】時人に向こう。
謝氏【しゃし】山を尋ぬる屐【げき】、陶公【とうこう】酒を漉【ろく】する巾【きん】。
群凶【ぐんきょう】宇宙に弥【わた】る、此の物、風塵に在り。
歴下【れきか】羌被【きょうひ】を辞す、関西孟鄰を得。


(現代語訳)
君は嵩山の陽に世人とはなれてひとり隠棲生活をしていた人であるが、郷里の穎水で、きままな春をすごさないでいるのがすでに三年になるのだ。
それは安禄山の乱という国難の際に老いて病気がちの母のおともをして親孝行をされた、ただ、世間の人に対してはとても物悲しい思いを抱いているのだ。
本来あなたは謝霊運が山のぼり用の足駄をつけたような人であり、陶淵明が頭にしていた濁酒をこす巾をかぶっているべき酒飲みの人なのだ。
逆賊である安史軍のやつらがこの天地にはびこっているので、その賢者の隠遁者も俗界の風塵のなかに陥っておられるのである。
自分は済南の歴下で君とわかれたが、いま関西のはての隴西(秦州)でまた君と隣りずまいをすることができたのだ。


(訳注)
寄張十二山人彪三十韻

張十二山人彪 山人は仕えない人をいう、「唐詩紀事」によれば、張彪は穎水洛水の間(河南省萱封県地方)に生まれた隠者で、天宝の末に母を奉じて乱を避けたとある。張彪の「北遊して遠く孟雲卿に酬ゆ」詩にいう、「善道貧賎に居り、潔服塵挨を蒙る、行き行きて定心なく、壈坎帰来かたし、慈母は疾疹を憂こう、家宝は栖栖を念う。」と。また全唐詩四 卷259_20 『神仙』 張彪
神仙可學無,百歲名大約。天地何蒼茫,人間半哀樂。 浮生亮多惑,善事翻為惡。爭先等馳驅,中路苦瘦弱。 長老思養壽,後生笑寂寞。五穀非長年,四氣乃靈藥。
と。それらにより其の人となりを知ることができる。


獨臥蒿陽客,三違潁水春。
君は嵩山の陽に世人とはなれてひとり隠棲生活をしていた人であるが、郷里の穎水で、きままな春をすごさないでいるのがすでに三年になるのだ。
独臥 世人とはなれてひとり隠棲生活をして居る。○嵩陽客 彪をさす、嵩陽は崇山の南である、嵩山は河南省登封県治東北にあり、東峰を太室、西峰を少室という、相い去ること十七里、五岳の一つでその中岳である。〇三違 違はそむいて逢わないことをいう。三たびたがうのは足かけ三年を経ることをいう。○穎水春 穎水は少室山より出て東南して淮水に入る、穎水春は張彪の故郷の春をいう。


艱難隨老母,慘澹向時人。
それは安禄山の乱という国難の際に老いて病気がちの母のおともをして親孝行をされた、ただ、世間の人に対してはとても物悲しい思いを抱いているのだ。
艱難 国難、世難。安禄山の乱を示す。○老母 張彪の母。○惨澹 ものがなしいさま。〇時人 世間の人人。


謝氏尋山屐,陶公漉酒巾。
本来あなたは謝霊運が山のぼり用の足駄をつけたような人であり、陶淵明が頭にしていた濁酒をこす巾をかぶっているべき酒飲みの人なのだ。
謝氏 朱の謝霊運。○尋山履 霊運は登山を好み特別の木履を製し、上るときはその前歯を去り、下るときはその後歯を去ったという。○陶公 陶淵明。○漉酒巾 にごりさけをこす頭巾、淵明は頭巾で酒をこしまたそれを平気でかぶっていたという。賢者の隠遁者と尊敬をこめた言い方。


群凶彌宇宙,此物在風塵。
逆賊である安史軍のやつらがこの天地にはびこっているので、その賢者の隠遁者も俗界の風塵のなかに陥っておられるのである。
群凶 安禄山・史忠明ら叛乱軍の多くのわるもの。○弥宇宙 天地間いっぱいにひろがる。○此物 上句の山屐と巾とをうけた、賢者の隠遁者、張彪を意味する。○風塵 世上のちりほこり、山から俗界へでてきたことをいう。


歷下辭薑被,關西得孟鄰。
自分は済南の歴下で君とわかれたが、いま関西のはての隴西(秦州)でまた君と隣りずまいをすることができたのだ。
歴下 山東省済南府。○辞薑被 後漢の姜肱は継母に仕えて孝、兄弟四人が同一布被に寝た、被はかいまき、姜肱を張彪に此する、姜被を辞すというのは張彪にいとまをつげて別れたことをいう、杜甫が往年歴下に在って張彪を識り、そこで別れたものと思われる。○関西 潼関以西とし華州を指していうのである。「兵車行」の「且如今年冬,未休關西卒。」(且つ今年の冬の如きは,未だ関西の卒を休めず)の関西と同じでイメージとしては隴西:秦州を指すもの。○得孟隣 孟隣は孟氏のとなりをいう、孟子の母はその子を教育せんために三たび居を遷して隣りをえらんだ、彪が母を奉ずるのにより彼を孟子に此する、孟隣は彪とのとなりあいをいう、此の句は秦州においてまた彪と隣居するに至ったことをいうのであろう。


独り臥す嵩陽【すうよう】の客、三たび違う潁水【えいすい】の春。
艱難【かんなん】老母に随い、惨澹【さんたん】時人に向こう。
謝氏【しゃし】山を尋ぬる屐【げき】、陶公【とうこう】酒を漉【ろく】する巾【きん】。
群凶【ぐんきょう】宇宙に弥【わた】る、此の物、風塵に在り。
歴下【れきか】羌被【きょうひ】を辞す、関西孟鄰を得。