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兩當縣吳十侍禦江上宅 杜甫 <320-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1502 杜甫詩 700- 465

呉侍御は時に長沙にあって両当県の宅は主人が不在であった。置手紙として書かれたものと思われる。


兩當縣吳十侍禦江上宅#1
寒城朝煙淡,山谷落葉赤。陰風千裡來,吹汝江上宅。
鵾雞號枉渚,日色傍阡陌。借問持斧翁﹕幾年長沙客?
哀哀失木柼,矯矯避弓翮。亦知故鄉樂,未敢思宿昔。』
#2
昔在鳳翔都,共通金閨籍。天子猶蒙塵,東郊暗長戟。
兵家忌間諜,此輩常接跡。台中領舉劾,君必慎剖析。
不忍殺無辜,所以分白黑。上官權許與,失意見遷斥。
#3
朝廷非不知,閉口休嘆息。仲尼甘旅人,向子識損益。』
餘時忝諍臣,丹陛實咫尺。相看受狼狽,至死難塞責。
行邁心多違,出門無與適。於公負明義,惆悵頭更白。』



兩當縣吳十侍禦江上宅#1
寒城朝煙淡,山谷落葉赤。
冬空の両当県城に朝の煙がうすくひろがっている、谷間には紅葉と落葉で赤く色づいてみえる。
陰風千裡來,吹汝江上宅。
この時期になると北の千里先から冬の風が吹いて来て、あなたの嘉陵江川沿いの宅のところを吹きさらすのだ。
鵾雞號枉渚,日色傍阡陌。
おれまがった渚で鶴に似た大きい水鳥がなきさけんでいて、田園の縦横の十字路に日の光がさしこんでいる。
借問持斧翁﹕幾年長沙客?
ちょっとお尋ねしますが、「叛乱軍討伐の斧を」持っていた侍御史の方ではありませんか、あなたは長沙へ貶謫された賈誼のようにここへ流されて、もう幾年になられるのだろうか?」と。
哀哀失木柼,矯矯避弓翮。
あなたは喩えれば、まったくあわれなもので木からはなれた尾長猿のようなものであり、ひらりと弓矢を避けて高く飛びあがっている雁のようなものだ。
亦知故鄉樂,未敢思宿昔。』
或はまた、ここに居るより故郷で楽しく暮らす方がいいことは知っているのだが、あなたは帰ってこない昔のことを思おうとはしないのだ。』


現代語訳と訳註
(本文)
兩當縣吳十侍禦江上宅#1
寒城朝煙淡,山谷落葉赤。陰風千裡來,吹汝江上宅。
鵾雞號枉渚,日色傍阡陌。借問持斧翁﹕幾年長沙客?
哀哀失木柼,矯矯避弓翮。亦知故鄉樂,未敢思宿昔。』


(下し文)
(兩當縣の吳十侍御が江上の宅)
寒城朝煙淡し 山谷落葉赤し
陰風千里より来たる 吹く汝が江上の宅
騰難柾渚に号ぶ 日色肝隋に傍う
借問す持斧の翁 幾年ぞ長抄の客
表裏たり矢木の訳 矯矯たり避弓の副
亦た知る故郷の楽しきを 未だ敢て宿昔を思わず』


(現代語訳)
冬空の両当県城に朝の煙がうすくひろがっている、谷間には紅葉と落葉で赤く色づいてみえる。
この時期になると北の千里先から冬の風が吹いて来て、あなたの嘉陵江川沿いの宅のところを吹きさらすのだ。
おれまがった渚で鶴に似た大きい水鳥がなきさけんでいて、田園の縦横の十字路に日の光がさしこんでいる。
ちょっとお尋ねしますが、「叛乱軍討伐の斧を」持っていた侍御史の方ではありませんか、あなたは長沙へ貶謫された賈誼のようにここへ流されて、もう幾年になられるのだろうか?」と。
あなたは喩えれば、まったくあわれなもので木からはなれた尾長猿のようなものであり、ひらりと弓矢を避けて高く飛びあがっている雁のようなものだ。
或はまた、ここに居るより故郷で楽しく暮らす方がいいことは知っているのだが、あなたは帰ってこない昔のことを思おうとはしないのだ。』


(訳注)#1
兩當縣吳十侍禦江上宅

両当県 中國歴史地図で確認すると、唐の時山南西道漢中府鳳州に属していた。成州の東隣にあたる。今は秦州に属し、州治の東南にあたっている。
呉十侍御 侍御史呉郁のこと、何処の人であるかは明らかでない、詩によれば罪されて此の地に在った者である。房琯の関係者ということであろう。
江上宅 江は嘉陵江。呉侍御は時に長沙にあって両当県の宅は主人が不在であった。置手紙として書かれたものと思われる。
 秦州0002k51

寒城朝煙淡,山谷落葉赤。
冬空の両当県城に朝の煙がうすくひろがっている、谷間には紅葉と落葉で赤く色づいてみえる。
寒城 冬の両当県城。


陰風千裡來,吹汝江上宅。
この時期になると北の千里先から冬の風が吹いて来て、あなたの嘉陵江川沿いの宅のところを吹きさらすのだ。
陰風 冬の風。朔風。北より吹く陰気な風。○汝 呉郁。
江上宅 江は嘉陵江。


鵾雞號枉渚,日色傍阡陌。
おれまがった渚で鶴に似た大きい水鳥がなきさけんでいて、田園の縦横の十字路に日の光がさしこんでいる。
○鵾雞 鶤雞 ①大雞。②鶴に似た大きい水鳥。③鳳凰の別名。④大鳥。 樂曲名。《鵾雞曲》
○柾渚 まがっているなぎさ。○阡陌 田園の南北・東西にわたっている十字道。


借問持斧翁﹕幾年長沙客?
ちょっとお尋ねしますが、「叛乱軍討伐の斧を」持っていた侍御史の方ではありませんか、あなたは長沙へ貶謫された賈誼のようにここへ流されて、もう幾年になられるのだろうか?」と。
持斧翁 呉郁をさす、漢の武帝の末に繍衣の御史暴勝之というものが使いとなり斧を持って盗賊を逐捕した、郁は侍御史であるゆえ持斧翁という。【孟子:告子章句上八】 『原文』 孟子曰、 牛山之木嘗美矣、 以其郊於大國也、 斧斤伐之、可以爲美乎。(孟子曰く、 牛山の木は 嘗て美なり。 其の大国に 郊するを以て、 斧斤【ふきん】之を伐る、以て美と為す可けんや。)○幾年 いくとせ。
長沙客 漢の賈誼は長沙に貶謫された、今借用して呉郁をさしていう。・賈誼は漢の孝文帝劉恒(紀元前202-157年)に仕えた文人賈誼(紀元前201―169年)のこと。洛陽の人。諸吉家の説に通じ、二十歳で博士となった。一年後、太中大夫すなわち内閣建議官となり、法律の改革にのりだして寵任されたが、若輩にして高官についたことを重臣たちに嫉まれ、長沙王の傅に左遷された。のち呼び戻され、孝文帝の鬼神の事に関する質問に答え、弁説して夜にまで及び、孝文帝は坐席をのりだして聴き入ったと伝えられる。その後、孝文帝の少子である梁の懐王の傅となり、まもなく三十三歳を以て死んだ。屈原を弔う文及び鵩(みみずく)の賦が有名。賈誼が長沙にいた時、「目鳥 其の承塵に集まる」。目鳥はふくろうに似た鳥というが、詩文のなかのみにあらわれ、その家の主人の死を予兆する不吉な鳥とされる。賈誼はその出現におびえ、「鵩鳥の賦」(『文選』巻一三)を著した


哀哀失木柼,矯矯避弓翮。
あなたは喩えれば、まったくあわれなもので木からはなれた尾長猿のようなものであり、ひらりと弓矢を避けて高く飛びあがっている雁のようなものだ。
失木柼 柼は尾長くろざる、しし鼻で尾の長さが四五尺あるという、失木柼は本来離れるはずのない木からはなれた猿をいう、呉がその地位を普通ではないことで失ったことをいう。ここでは讒言によることを謂う。○矯矯 あがるさま。
避弓翮 翮は鳥のたちばね、ここは雁をいう、雁は蘆の葉を銜えて飛び、弓を避ける、此の句はかつて朝廷においていわれのない誹謗にさらされた呉の難害を避けることをたとえる。


亦知故鄉樂,未敢思宿昔。』
或はまた、ここに居るより故郷で楽しく暮らす方がいいことは知っているのだが、あなたは帰ってこない昔のことを思おうとはしないのだ。』
亦知 責められたことをいくら雁のようにかわしても辛い生活により認知させられる。
宿昔 過去の高級官僚の時をいう。