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兩當縣吳十侍禦江上宅 杜甫 <320-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1508 杜甫詩 700- 467

兩當縣吳十侍禦江上宅#1
寒城朝煙淡,山谷落葉赤。
冬空の両当県城に朝の煙がうすくひろがっている、谷間には紅葉と落葉で赤く色づいてみえる。
陰風千裡來,吹汝江上宅。
この時期になると北の千里先から冬の風が吹いて来て、あなたの嘉陵江川沿いの宅のところを吹きさらすのだ。
鵾雞號枉渚,日色傍阡陌。
おれまがった渚で鶴に似た大きい水鳥がなきさけんでいて、田園の縦横の十字路に日の光がさしこんでいる。
借問持斧翁﹕幾年長沙客?
ちょっとお尋ねしますが、「叛乱軍討伐の斧を」持っていた侍御史の方ではありませんか、あなたは長沙へ貶謫された賈誼のようにここへ流されて、もう幾年になられるのだろうか?」と。
哀哀失木柼,矯矯避弓翮。
あなたは喩えれば、まったくあわれなもので木からはなれた尾長猿のようなものであり、ひらりと弓矢を避けて高く飛びあがっている雁のようなものだ。
亦知故鄉樂,未敢思宿昔。』
或はまた、ここに居るより故郷で楽しく暮らす方がいいことは知っているのだが、あなたは帰ってこない昔のことを思おうとはしないのだ。』
#2
昔在鳳翔都,共通金閨籍。
むかし鳳翔に行在所が置かれていた時があった、共に名籍を金馬門に通じて仕官をしていた。
天子猶蒙塵,東郊暗長戟。
その頃、天子は叛乱軍のために都を逃げ出されていて、両京とその東の郊外は安史軍の長戦でおおわれ暗くなっていた。
兵家忌間諜,此輩常接跡。
兵法家は敵の間諜を忌嫌うのだが、いつもこのような奴らが常時行在所にはいっていた。
台中領舉劾,君必慎剖析。
そのときあなたは御史台で善人を挙げ悪人を弾劾するやくわりであった、十分な用心をして事件の内容を分析、微細に調べていたものだ。
不忍殺無辜,所以分白黑。
そのため或る嫌疑のあった人物があったが、無罪の人とおもわれるのでそれを殺すには忍びないで、はっきり黒白を弁別して弁護した。
上官權許與,失意見遷斥。
上司の長官はうわべではあなたの意見に賛成したが、その長官のごきげんを損ねてとうとう官位を退けて田舎へ移されることになった。

#3
朝廷非不知,閉口休嘆息。
朝廷ではその真相がわかっていないわけではなかった、あなたはそれでもだまって口を閉じたままでなげきもしなかった。
仲尼甘旅人,向子識損益。』
あたかも孔子が東西に奔走する旅人でいつづけることを甘んじてされた、後漢の向長が損益の卦を読んで富貴貧餞の道理をさとっていたとおなじような態度でいた。』
餘時忝諍臣,丹陛實咫尺。
自分はその時、左拾遺の官をかたじけなくしていたわけで、天子の丹陛の間近にお仕えしていたのである。
相看受狼狽,至死難塞責。
自分はこれから旅路にでかけるが心に思うことと違っていることが多いものである。
行邁心多違,出門無與適。
一旦、門から出れば自分の気にかなわないことおもしろくないことばかりである。
於公負明義,惆悵頭更白。』
あなたに対してはしかく明明白白の義理にさえそむいておる、これをおもえばうらめしくおもわれてたださえ白い頭が一層白うなるような気持ちがする。』


現代語訳と訳註
(本文)
#3
朝廷非不知,閉口休嘆息。仲尼甘旅人,向子識損益。』
餘時忝諍臣,丹陛實咫尺。相看受狼狽,至死難塞責。
行邁心多違,出門無與適。於公負明義,惆悵頭更白。』


(下し文)
朝廷知らざるに非ず、口を閉じて欺息するを休む。
仲尼 旅人を甘んず、向子 損益を識る。』
余 時に諍臣を忝うす、丹陛 実に咫尺。
相看て狼狽【ろうばい】を受く、死に至るも責めを塞【ふさ】ぎ難し。
行邁【こうまい】心違うこと多し、門を出づれば与に適【かな】うものなし。
公に於て明義に負【そむ】けり、惆悵【ちょうちょう】頭更に白し。』


(現代語訳)
朝廷ではその真相がわかっていないわけではなかった、あなたはそれでもだまって口を閉じたままでなげきもしなかった。
あたかも孔子が東西に奔走する旅人でいつづけることを甘んじてされた、後漢の向長が損益の卦を読んで富貴貧餞の道理をさとっていたとおなじような態度でいた。』
自分はその時、左拾遺の官をかたじけなくしていたわけで、天子の丹陛の間近にお仕えしていたのである。
自分はこれから旅路にでかけるが心に思うことと違っていることが多いものである。一旦、門から出れば自分の気にかなわないことおもしろくないことばかりである。


(訳注) #3
兩當縣吳十侍禦江上宅
両当県 中國歴史地図で確認すると、唐の時山南西道漢中府鳳州に属していた。成州の東隣にあたる。今は秦州に属し、州治の東南にあたっている。
呉十侍御 侍御史呉郁のこと、何処の人であるかは明らかでない、詩によれば罪されて此の地に在った者である。
江上宅 江は嘉陵江。呉侍御は時に長沙にあって両当県の宅は主人が不在であった。置手紙として書かれたものと思われる。


朝廷非不知,閉口休嘆息。
朝廷ではその真相がわかっていないわけではなかった、あなたはそれでもだまって口を閉じたままでなげきもしなかった。
朝廷 朝廷の大臣たち。
非不知 事情を知らぬのではなく、知ってはいるがそのままにしておいて呉を救おうとしないことをいう。
閉口 呉が無言、自己弁護もしない。
休歎息 呉が悟って歎きもせぬこと。
 

仲尼甘旅人,向子識損益。』
あたかも孔子が東西に奔走する旅人でいつづけることを甘んじてされた、後漢の向長が損益の卦を読んで富貴貧餞の道理をさとっていたとおなじような態度でいた。』
仲尼甘旅人,向子識損益 呉の悟りきったさまをたとえていう。・:孔子の字。・旅人:孔子はつねに東西に奔走して、旅人しての生活をした。・向子:後漢の向長、字は子平は「易」を読んで損・益の卦に至り唱然としで嘆じていうのに、「吾己に富の貧に如かず、貴の賤に知かざるを知る、但だ未だ死の生に何如なるやを知らざるのみ」と。・識損益 悟りきったさま。


餘時忝諍臣,丹陛實咫尺。
自分はその時、左拾遺の官をかたじけなくしていたわけで、天子の丹陛の間近にお仕えしていたのである。
 杜甫。
諍臣 天子をいさめる官、左拾遺をいう。
丹陛 あかぬりのご殿に通じる階(なかの台のきざはし)。
咫尺 八寸一尺、まじかのこと。


相看受狼狽,至死難塞責。
しかるにこのさまをみていながら君が地方へ遷話されるようなさわざを見るに至ったことは、なんとも申し訳のないことで死にいたるとも自己の責めをふさぐことはできぬのである。
相看 互いにうちみつつ。
受狼狽 狼狽はうろたえるさま、狼狽を受けるとは呉が罪されて地方へ出ねばならぬようになったことの結果を見るに至ったことをいう。
至死 いのちを失うにいたっても。


行邁心多違,出門無與適。
自分はこれから旅路にでかけるが心に思うことと違っていることが多いものである。一旦、門から出れば自分の気にかなわないことおもしろくないことばかりである。
行邁 みちをゆくこと。
心多違 違の字は違背の意である、心多違は心に背くことのみ多いことをいう。
出門 自家の門外へでること。
漢の無名氏『東門行』
出東門,不顧歸,來入門,悵欲悲。
盎中無斗儲,還視桁上無懸衣。
拔劍出門去,兒女牽衣啼。
東門行 漢の無名氏 詩<82>Ⅱ李白に影響を与えた詩512 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1353

謝靈運『順東門行』
出西門,眺雲間,揮斤扶木墜虞泉,
信道人,鑒徂川,思樂暫捨誓不旋,
順東門行 謝霊運(康楽) 詩<79>Ⅱ李白に影響を与えた詩507 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1338

無与通「無与我意適者」(適者 我意を与うる無し。)をいう、おもしろくないことばかり。


於公負明義,惆悵頭更白。』
あなたに対してはしかく明明白白の義理にさえそむいておる、これをおもえばうらめしくおもわれてたださえ白い頭が一層白うなるような気持ちがする。』
 呉をさす。
明義 顕明な義理、友人を救うべきことの当然をいう。○悔恨 うらむさま。
頭更日 本来白い頭が自責の念のため、いっそうしろくなることをいう。杜甫が白髪頭を云う場合、思いを押し殺し、あるいは、異なる考えを持ちながら筋を通して生きていく場合に使う言葉である。