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“同谷紀行(5)” 寒峽 杜甫 <324> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1538 杜甫詩 700- 477
 
詩 題:“同谷紀行(5)” 寒峽
 759年10月
掲 載; 杜甫700の324首目
杜甫ブログ;477回目
寒峡のさまと、経過の感想をのべる。

寒峽』 同谷紀行の第五首。
行邁日悄悄,山谷勢多端。
日旅行を続けてゆくと次第に心が物悲しくなってくる、それに峠に近くなってくると山や谷のありさまがますますさまざまな形になっていくのだ。
雲門轉絕岸,積阻霾天寒。
空が大きく近くなって、雲の門ともみまちがえるようであり、絶壁や巌谷の岸が移り変わってゆくし、積み重なっている険阻にくると寒空から土の雨がふってくる。
寒硤不可度,我實衣裳單。
かような寒い山間峡谷はなかなか越すことが難しいものだ、それにわたしは単衣の衣裳をきているだけなのだ。
況當仲冬交,沂沿增波瀾。
ましてのこと、十月おわり頃冬の最中のことである、谷川に沿うように行き、遡ったりすると波もよけいにおこるのである。
野人尋煙語,行子傍水餐。
野の人と煙の昇っているのをたずねて話をしたり、また我々旅の一行で川べりにならんで食事を取ったりする。
此生免荷殳,未敢辭路難。

此の世に士族として生れて武器を担って戦に出る苦しみから免れているわたしのである、それと比べれば道路の難儀ぐらいのことは何でもないことではないか。
(寒 峡)
行邁【こうまい】日に悄悄【しょうしょう】たり、山谷勢い多端【たたん】なり。
雲門【うんもん】絕岸【ぜつがん】転ず、積阻【せきそ】天寒に霾【つちふ】る。
寒硤【かんきょう】度【わた】る可からず、我 実に衣裳単なり。
況んや仲冬の交に当り、沂沿【そえん】波瀾【はらん】を増すをや。
野人煙を尋ねて語り、行子水に傍うて餐す。
此の生 殳【しゅ】を荷【に】なうことを免【まぬが】る。未だ敢て路の難きを辞せず。

杜甫 体系 地図459同谷紀行

現代語訳と訳註
(本文)
寒峽
行邁日悄悄,山谷勢多端。雲門轉絕岸,積阻霾天寒。
寒硤不可度,我實衣裳單。況當仲冬交,沂沿增波瀾。
野人尋煙語,行子傍水餐。此生免荷殳,未敢辭路難。


(下し文) (寒 峡)
行邁【こうまい】日に悄悄【しょうしょう】たり、山谷勢い多端【たたん】なり。
雲門【うんもん】絕岸【ぜつがん】転ず、積阻【せきそ】天寒に霾【つちふ】る。
寒硤【かんきょう】度【わた】る可からず、我 実に衣裳単なり。
況んや仲冬の交に当り、沂沿【そえん】波瀾【はらん】を増すをや。
野人煙を尋ねて語り、行子水に傍うて餐す。
此の生 殳【しゅ】を荷【に】なうことを免【まぬが】る。未だ敢て路の難きを辞せず。


(現代語訳) 寒峽
日旅行を続けてゆくと次第に心が物悲しくなってくる、それに峠に近くなってくると山や谷のありさまがますますさまざまな形になっていくのだ。
空が大きく近くなって、雲の門ともみまちがえるようであり、絶壁や巌谷の岸が移り変わってゆくし、積み重なっている険阻にくると寒空から土の雨がふってくる。
かような寒い山間峡谷はなかなか越すことが難しいものだ、それにわたしは単衣の衣裳をきているだけなのだ。
ましてのこと、十月おわり頃冬の最中のことである、谷川に沿うように行き、遡ったりすると波もよけいにおこるのである。
野の人と煙の昇っているのをたずねて話をしたり、また我々旅の一行で川べりにならんで食事を取ったりする。
此の世に士族として生れて武器を担って戦に出る苦しみから免れているわたしのである、それと比べれば道路の難儀ぐらいのことは何でもないことではないか。


(訳注)
寒峽

寒峡 峽の名か、単に寒天の峽をいうかは不明であるとされる。分水嶺を超える前の北斜面の峡谷を登ったのであろう。地名であってもおかしくないが、季節的な表現が多いことから寒い状況からの詩題と考える方がよかろう。


行邁日悄悄,山谷勢多端。
日日旅行を続けてゆくと次第に心が物悲しくなってくる、それに峠に近くなってくると山や谷のありさまがますますさまざまな形になっていくのだ。
行遇 ゆきゆく。
悄悄 段々心のうれえていくさま。
多端 一様でないことをいう。山の上近くになると、空の色、大きさも、山の色深さ、木々の様子、日の当たり方も、谷も・・・、川も…、氷もそれぞれ変わってきたことをいう。


雲門轉絕岸,積阻霾天寒。
空が大きく近くなって、雲の門ともみまちがえるようであり、絶壁や巌谷の岸が移り変わってゆくし、積み重なっている険阻にくると寒空から土の雨がふってくる。
雲門 雲の横たわっている門、絶岸をさしていう。
 歩につれてかわることをいう。
絶岸 きったての崖岸。
横阻 積みかさなっている険阻の地。
霾 つちの雨がふる。
天寒 さむぞら。


寒峽不可度,我實衣裳單。
かような寒い山間峡谷はなかなか越すことが難しいものだ、それにわたしは単衣の衣裳をきているだけなのだ。
寒秋 題の寒暁と同じ。
○度 こえること。
○衣裳單 単衣の着物。冬用の裏地が付けていない着物だろう。


況當仲冬交,沂沿增波瀾。
ましてのこと、十月おわり頃冬の最中のことである、谷川に沿うように行き、遡ったりすると波もよけいにおこるのである
沂沿 水をさかのぼり、或は水にそう。


野人尋煙語,行子傍水餐。
野の人と煙の昇っているのをたずねて話をしたり、また我々旅の一行で川べりにならんで食事を取ったりする。
野人附近に住む農民。○行子 旅行するもの、自己の一行をさす。


此生免荷殳,未敢辭路難。
此の世に士族として生れて武器を担って戦に出る苦しみから免れているわたしのである、それと比べれば道路の難儀ぐらいのことは何でもないことではないか。
荷殳 『詩経、伯兮』(伯也荷殳を執り、王の為めに前駆す)に「」とみえる、殳は一丈二尺のほこ、荷殳とは兵役に従事することをいう。杜甫は唐王朝の初期祖父杜審が功労があり租庸調が免除される身分であった。


秦州同谷0002k52

『寒峽』 同谷紀行の第五首。
行邁日悄悄,山谷勢多端。
雲門轉絕岸,積阻霾天寒。
寒硤不可度,我實衣裳單。
況當仲冬交,沂沿增波瀾。
野人尋煙語,行子傍水餐。
此生免荷殳,未敢辭路難。

(寒 峡)
行邁【こうまい】日に悄悄【しょうしょう】たり、山谷勢い多端【たたん】なり。
雲門【うんもん】絕岸【ぜつがん】転ず、積阻【せきそ】天寒に霾【つちふ】る。
寒硤【かんきょう】度【わた】る可からず、我 実に衣裳単なり。
況んや仲冬の交に当り、沂沿【そえん】波瀾【はらん】を増すをや。
野人煙を尋ねて語り、行子水に傍うて餐す。
此の生 殳【しゅ】を荷【に】なうことを免【まぬが】る。未だ敢て路の難きを辞せず。


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