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 唐五代詞詩・宋詞詩

2012年12月1日から連載開始
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”成都紀行(1)” 發同穀縣 杜甫詩1000 <340>#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1613 杜甫1500- 502

詩 題:”成都紀行(1)” 發同穀縣 作時759年12月
乾元二年十二月一日,自隴右赴成都紀行。
掲 載; 杜甫1000の340首目-#1
杜甫ブログ1500-502回目



發同穀縣 #1
賢有不黔突,聖有不暖席。
賢人の墨子は「常に世のために奔走しかまどが煤で黒くなる暇のなかった」と人でもあり、聖人の孔子は「坐席に長く末あることなく、世のために東西に奔走した人」でもある。
況我饑愚人,焉能尚安宅?
ましてわたしは、稼ぎがなく飢えていてかつ儒家でありながらいまだに愚者なものであるから、どうして落ちついた居場所などにやすらいでいることが出来るのであろうか。
始來茲山中,休駕喜地僻。
始めてここの山中に来たときは、車や馬を休めて土地の辺都であることを喜んだのだ。
奈何迫物累,一歲四行役!
どういうわけか戦の憂いや、物ごとの心配事が積み重なってしまうのだ、そのため今年一年で四回も旅をしてしまうことになってしまった。
忡忡去絕境,杳杳更遠適。
私はここにいても戦の恐怖からいろんな心配事が集まって來るのでこの国境のかけ離れた土地を去って、はるばる遠い所、さらに戦の心配のないところに行きたいのである。
#2
停驂龍潭雲,回首虎崖石。臨岐別數子,握手淚再滴。
交情無舊深,窮老多慘戚。平生懶拙意,偶值棲遁跡。
去住與願違,仰慚林間翮。


發同谷縣   同谷縣發す
(原注) 乾元二年十二月一日、隴右ヨリ成都二赴ク紀行。
 作者はかくて同谷にも落ちつくことができず、ちかし遂にまた乾元二年十二月一日、同谷を出発して、成都に向かった。前に秦州から同谷に赴くときと同じく、このたびもこの詩を始め以下、木皮嶺・白沙渡・水会渡・飛仙閣・五盤・龍門閣・石櫃閣・桔柏渡・剣門・鹿頭山、そして成都府の十一篇、合わせて十二篇の紀行詩をのこした。

華州から秦州へ、秦州に居る時、同谷を旅立つまではほとんどが律詩で、題材は身近なことをのべている。これは隠遁する場所を見つけるための支援、応援、情報収集のために作ったものである。したがって今度の成都紀行では詩の趣きが全く異なるものとなっている。(だから、杜甫の詩集本では割愛されることが多い。漢文委員会はすべて紹介掲載する。)


『發同谷縣』 現代語訳と訳註
(本文)

發同穀縣 #1
賢有不黔突,聖有不暖席。況我饑愚人,焉能尚安宅?
始來茲山中,休駕喜地僻。奈何迫物累,一歲四行役!
忡忡去絕境,杳杳更遠適。


(下し文)同穀縣を發す #1
賢にも突を黔くせざる有り,聖にも席を暖くせざる有り。
況んや我 饑愚の人をや,焉んぞ能く尚お、宅に安んぜむ?
始め茲の山中に來り,駕を休めて地の僻を喜べり。
奈何んぞ物累に迫られて,一歲に四たび行役するや!
忡忡として絕境を去り,杳杳として更に遠く適く。


(現代語訳)
賢人の墨子は「常に世のために奔走しかまどが煤で黒くなる暇のなかった」と人でもあり、聖人の孔子は「坐席に長く末あることなく、世のために東西に奔走した人」でもある。
ましてわたしは、稼ぎがなく飢えていてかつ儒家でありながらいまだに愚者なものであるから、どうして落ちついた居場所などにやすらいでいることが出来るのであろうか。
始めてここの山中に来たときは、車や馬を休めて土地の辺都であることを喜んだのだ。
どういうわけか戦の憂いや、物ごとの心配事が積み重なってしまうのだ、そのため今年一年で四回も旅をしてしまうことになってしまった。
私はここにいても戦の恐怖からいろんな心配事が集まって來るのでこの国境のかけ離れた土地を去って、はるばる遠い所、さらに戦の心配のないところに行きたいのである。


(訳注)
發同穀縣 #1

同谷県を出発する。
・原注隴右、秦州も同谷もみな隴右道の地であり、青海以西新疆も含まれていたので隴右道東部といわれていた。同谷は、隴右道・剣南道・山南西道の境界の集まったあたりである。この詩は蜀(四川)の成都に赴く紀行である。

秦州同谷0002k52

賢有不黔突,聖有不暖席。
賢人の墨子は「常に世のために奔走しかまどが煤で黒くなる暇のなかった」と人でもあり、聖人の孔子は「坐席に長く末あることなく、世のために東西に奔走した人」でもある。
・賢有不黔突 昔、賢人は、いつも東酉に奔走して世を救おうおうとしていたのべ同じかまどを、黒くなるまで焚くことがなかった。
聖有不暖席 聖人は同じ席に長く坐ることもなく、常に世のために奔走した。
『淮南子、第十九卷、脩務訓篇』「孔子無黔突,墨子無煖席。」「孔子ハ突ヲ黔ニセズ、墨子ハ席ヲ暖タムル無シ」とある。この詩では孔子と墨子の表現が淮南子とあべこべになっているので、淮南子に言うのと違う言い回しをしても、世のため奔走することには変わりないということが言いたいのである。


況我饑愚人,焉能尚安宅?
ましてわたしは、稼ぎがなく飢えていてかつ儒家でありながらいまだに愚者なものであるから、どうして落ちついた居場所などにやすらいでいることが出来るのであろうか。
・安宅 安居の意。落ちついた居場所。


始來茲山中,休駕喜地僻。
始めてここの山中に来たときは、車や馬を休めて土地の辺都であることを喜んだのだ。


奈何迫物累,一歲四行役!
どういうわけか戦の憂いや、物ごとの心配事が積み重なってしまうのだ、そのため今年一年で四回も旅をしてしまうことになってしまった。
物累 物はものごと。事情。累は累積。戦争に対するトラウマ、それに土地取得のむつかしさ、その上の衣食や妻子のわずらいのことと累積されていったことを云う。。
四行役 杜甫は今の年759年、華州、鞏州、洛陽から華州ヘ帰える三吏三別の旅、華州から秦州へ秦州紀行秦州抒情詩の旅、、秦州から同谷へ同谷紀行の旅、そして今また同谷から成都に行こうとする成都紀行の旅の「四旅行」である。


忡忡去絕境,杳杳更遠適。
私はここにいても戦の恐怖からいろんな心配事が集まって來るのでこの国境のかけ離れた土地を去って、はるばる遠い所、さらに戦の心配のないところに行きたいのである。
忡忡 心を痛める憂思の形容。杜甫は安禄山軍に掴まった苦い経験がありそれがトラウマになっている。男子たる者戦が怖いとは言えないが戦の匂いが感じられると即行動を起こして逃げている。ここでも戦という憂い概中心に遭ってそこに諸処雑多の愁いが集まって心を痛めるのである。
絶境`かけはなれたところ。同谷をさす。この地は吐蕃が攻めてくるという恐怖があった。
杳杳 はるばる。