從韋二明府續處覓綿竹 杜甫

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成都(1)浣花渓の草堂(5) 從韋二明府續處覓綿竹 杜甫 <358>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1739 杜甫詩 700- 534 

詩 題:成都(1)浣花渓の草堂(5) 從韋二明府續處覓綿竹
作 時:760年3月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000の356首目-#5
杜甫ブログ1500-534回目



杜甫一家の生活や草堂の建築費用について、成都に到着して10首の詩でわかる。
1.詩人の友人高適)が成都の北40kmほどのところにある彭州(四川省彭県)の刺史をしており、禄米をまわしている(『酬高使君相贈』「古寺僧牢落,空房客寓居。故人分祿米,鄰舍與園蔬。雙樹容聽法,三車肯載書。草玄吾豈敢,賦或似相如。」)。


2.卜居 まず雨露がしのげる小屋を建て、その後に本宅を建てたもので、期間的には小屋は1~2日、草堂が2,3週間ではなかろうか。
3.母方の従兄弟で成都尹の十五(『王十五司馬弟出郭相訪兼遺營草堂資』)、「憂我營茅棟,攜錢過野橋。」


4.蕭実には桃の苗百本、
奉乞桃栽一百根,春前為送浣花村。
河陽縣裡雖無數,濯錦江邊未滿園。

5.韋続には綿竹県の竹を、
從韋二明府續處覓綿竹三數
華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。

6. 何邕には三年で大木になるという榿木の苗を、
7. 韋班には松の木の苗を、
8. 韋班には更に大邑県産の白い磁碗をたのんでいる。
9. 石筍街呆園坊の主人徐卿には果樹の苗を、
・裴冕幕下の従侄(従兄弟の子)杜済と、
10.そしてこうした親戚、友人の援助によって草堂は晩春までにはできあがる。『堂成』
草堂が完成した喜びや満足感が表されているのだが、草堂と成都城の位置関係を、「背郭堂成蔭白茅、縁江路熟俯青郊。」(郭を背にし堂は成って 白茅の蔭(おお)い、江に縁う路は熟して たかきより青郊をしたに俯す。)のように述べている。草堂が成都城の西側の外に位置し、高台にある草堂から見ると、川沿いの道が郊外を突き抜けて成都の方へ続いていることがわかる。
 番号は掲載順である。


從韋二明府續處覓綿竹三數叢
親戚筋の県令に務める韋続君に草堂の周囲のいい場所に三か所の竹林ができる綿竹を求めるのだ。
華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
家の欄干の先に竹林がこんもりと茂り、それも多年にわたって満たしてくれる。この綿竹は高くまっすぐにそびえてそだつのであるが、綿竹県において高く育つものとして出荷してくれる。
江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。

錦江の川辺に立つ舎の前に何もないのであるが、幸いなことに情念青青として自兮ってくれて錦江の大波から守ってくれるものである。

從 韋二明府の續 處に綿竹 三數の叢を覓める。
軒を華すは藹藹として他年に到るあり,綿竹亭亭として縣高に出でむ。
江上舍の前 此物無く,幸にして蒼翠 波濤を拂うためにくる。


『從韋二明府續處覓綿竹三數叢』 現代語訳と訳註
(本文)
從韋二明府續處覓綿竹三數叢
華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。


(下し文)
從 韋二明府の續 處に綿竹 三數の叢を覓める。
軒を華すは藹藹として他年に到るあり,綿竹亭亭として縣高に出でむ。
江上舍の前 此物無く,幸にして蒼翠 波濤を拂うためにくる。


(現代語訳)
親戚筋の県令に務める韋続君に草堂の周囲のいい場所に三か所の竹林ができる綿竹を求めるのだ。
家の欄干の先に竹林がこんもりと茂り、それも多年にわたって満たしてくれる。この綿竹は高くまっすぐにそびえてそだつのであるが、綿竹県において高く育つものとして出荷してくれる。
錦江の川辺に立つ舎の前に何もないのであるが、幸いなことに情念青青として自兮ってくれて錦江の大波から守ってくれるものである。


(訳注)
從韋二明府續處覓綿竹三數叢

親戚筋の県令に務める韋続君に草堂の周囲のいい場所に三か所の竹林ができる綿竹を求めるのだ。
・ 綿竹 成都湧州に綿竹縣有り、縣に紫巖山有り、綿竹は蓋し此の山に産すとある。


華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
家の欄干の先に竹林がこんもりと茂り、それも多年にわたって満たしてくれる。この綿竹は高くまっすぐにそびえてそだつのであるが、綿竹県において高く育つものとして出荷してくれる。
・藹藹 草木がこんもりと茂っているさま。
・亭亭 1 樹木などが高くまっすぐにそびえているさま。2 遠くはるかなさま。


江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。
錦江の川辺に立つ舎の前に何もないのであるが、幸いなことに情念青青として自兮ってくれて錦江の大波から守ってくれるものである。
・ 此物 綿竹のこと
・ 蒼翠。竹の色が常緑であること。
・ 拂波濤 錦江の波を払うとは、防波の役割をいう。



從韋二明府續處覓綿竹三數叢
華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。

從 韋二明府の續 處に綿竹 三數の叢を覓める。
軒を華すは藹藹として他年に到るあり,綿竹亭亭として縣高に出でむ。
江上舍の前 此物無く,幸にして蒼翠 波濤を拂うためにくる。