憑何十一少府邕覓榿木栽 杜甫

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成都(1)浣花渓の草堂(6) 憑何十一少府邕覓榿木栽 杜甫 <359>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1743 杜甫詩 700- 535 


詩題:成都(1)浣花渓の草堂(6) 憑何十一少府邕覓榿木栽
作時760年3月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000の356首目-#6
杜甫ブログ1500-535回目
県尉何邕の世話ではんの木をもとめた詩。


杜甫一家の生活や草堂の建築費用について、成都に到着して10首の詩でわかる。
1.詩人の友人高適が成都の北40kmほどのところにある彭州(四川省彭県)の刺史をしており、禄米をまわしている(『酬高使君相贈』「古寺僧牢落,空房客寓居。故人分祿米,鄰舍與園蔬。雙樹容聽法,三車肯載書。草玄吾豈敢,賦或似相如。」)。


2.卜居 まず雨露がしのげる小屋を建て、その後に本宅を建てたもので、期間的には小屋は1~2日、草堂が2,3週間ではなかろうか。

3.母方の従兄弟で成都尹の十五(『王十五司馬弟出郭相訪兼遺營草堂資』)、「憂我營茅棟,攜錢過野橋。」


4.蕭実には桃の苗百本、
奉乞桃栽一百根,春前為送浣花村。
河陽縣裡雖無數,濯錦江邊未滿園。


5.韋続には綿竹県の竹を、
華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。


6. 何邕には三年で大木になるという榿木の苗を、
「覓榿木栽」「榿木三年大。與致溪邊十畝陰。」


7. 韋班には松の木の苗を、
8. 韋班には更に大邑県産の白い磁碗をたのんでいる。
9. 石筍街呆園坊の主人徐卿には果樹の苗を、
・裴冕幕下の従侄(従兄弟の子)杜済と、

10.そしてこうした親戚、友人の援助によって草堂は晩春までにはできあがる。『堂成』
草堂が完成した喜びや満足感が表されているのだが、草堂と成都城の位置関係を、「背郭堂成蔭白茅、縁江路熟俯青郊。」(郭を背にし堂は成って 白茅の蔭(おお)い、江に縁う路は熟して たかきより青郊をしたに俯す。)のように述べている。草堂が成都城の西側の外に位置し、高台にある草堂から見ると、川沿いの道が郊外を突き抜けて成都の方へ続いていることがわかる。
 番号は掲載順である。


憑何十一少府邕覓榿木栽
<十一番目の少府に務める何邕さんにおかげをもって 榿木の苗木を覓めた。>
草堂塹西無樹林,非子誰複見幽心?
わたしの草堂から西の方の堀のような小川までに樹木のはやしがないのです。貴殿でなければ、だれがわたしの人気のない静かなところを愛する心を知ってくれるものがあるだろうか。
飽聞榿木三年大。與致溪邊十畝陰。
誰もが承知っているように榿の木は三年もたてばかなり大きくなるという。どうぞわたしのためにこの川べりに十畝の樹陰を為すようおくってくださるようお願いします。

(何十一少府邕に憑りて榿木の栽を覓む)
草堂の塹西ざんせい 樹林無し、子に非ずんば誰か復た幽心を見ん。
飽くまで聞く榿き木 三年にして大なりと、與【ため】に溪の邊り十畝の陰を致さしめん。


榿木栽5001

『憑何十一少府邕覓榿木栽』 現代語訳と訳註
(本文)
憑何十一少府邕覓榿木栽
草堂塹西無樹林,非子誰複見幽心?
飽聞榿木三年大。與致溪邊十畝陰。

(下し文)
(何十一少府邕に憑りて榿木の栽を覓む)
草堂の塹西ざんせい 樹林無し、子に非ずんば誰か復た幽心を見ん。
飽くまで聞く榿き木 三年にして大なりと、與【ため】に溪の邊り十畝の陰を致さしめん。


(現代語訳)
<十一番目の少府に務める何邕さんにおかげをもって 榿木の苗木を覓めた。>
わたしの草堂から西の方の堀のような小川までに樹木のはやしがないのです。貴殿でなければ、だれがわたしの人気のない静かなところを愛する心を知ってくれるものがあるだろうか。
誰もが承知っているように榿の木は三年もたてばかなり大きくなるという。どうぞわたしのためにこの川べりに十畝の樹陰を為すようおくってくださるようお願いします。


(訳注)
憑何十一少府邕覓榿木栽
十一番目の少府に務める何邕さんにおかげをもって 榿木の苗木を覓めた。
・憑 おかげをこうむる。
・何十一少府邕 県の尉官の何邕、少府は尉の敬称、時に何邕は利州綿谷県の尉である
・ 榿。 木の名。はんの木。三年たてば大木になる。水辺に植える。幹は薪、実は染料にもなる。


草堂塹西無樹林,非子誰複見幽心?
わたしの草堂から西の方の堀のような小川までに樹木のはやしがないのです。貴殿でなければ、だれがわたしの人気のない静かなところを愛する心を知ってくれるものがあるだろうか。
・ 草堂 (1)草葺(ぶ)きの家。草屋。 (2)草庵。いおり。また、自分の家を謙遜していう語。
・ 塹 塹壕、堀、 溝、小川。
・ 幽心 幽遠・風雅な心。人気のない静かなところを愛する気持ち。


飽聞榿木三年大。與致溪邊十畝陰。
誰もが承知っているように榿の木は三年もたてばかなり大きくなるという。どうぞわたしのためにこの川べりに十畝の樹陰を為すようおくってくださるようお願いします。
・渓辺 渓は濯錦江、辺は畔。杜甫はここを浣花渓と名付け花さく村にしたかった。
は「為めに」ということ、致とはこちらへおくってよこすこと。
十畝 一畝が約522平方メートルであるから5220㎡で1710坪である。当時の表現で五より大きければ十で表現しているから、草堂のそばを流れている堀のような小川との空地がざっと1000坪程度の広さがあったということだろう。