又於韋處乞大邑瓷碗 杜甫 <361>

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成都(1)浣花渓の草堂(8) 又於韋處乞大邑瓷碗 杜甫 <361>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1751 杜甫詩 700- 537 


詩 題:成都(1)浣花渓の草堂(8) 又於韋處乞大邑瓷碗
作時760年3月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000の361首目-#8
杜甫ブログ1500-537回目
今度は白い磁器の茶碗を貰い受ける詩です。


杜甫一家の生活や草堂の建築費用について、成都に到着して10首の詩でわかる。
1.詩人の友人高適)が成都の北40kmほどのところにある彭州(四川省彭県)の刺史をしており、禄米をまわしている(『酬高使君相贈』「古寺僧牢落,空房客寓居。故人分祿米,鄰舍與園蔬。雙樹容聽法,三車肯載書。草玄吾豈敢,賦或似相如。」)。


2.卜居 まず雨露がしのげる小屋を建て、その後に本宅を建てたもので、期間的には小屋は1~2日、草堂が2,3週間ではなかろうか。

3.母方の従兄弟で成都尹の王十五(『王十五司馬弟出郭相訪兼遺營草堂資』)、「憂我營茅棟,攜錢過野橋。」


4.蕭実には桃の苗百本、
奉乞桃栽一百根,春前為送浣花村。
河陽縣裡雖無數,濯錦江邊未滿園。


5.韋続には綿竹県の竹を、
華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。


6. 何邕には三年で大木になるという榿木の苗を、
「覓榿木栽」「榿木三年大。與致溪邊十畝陰。」


7. 韋班には松の苗木を、
落落出羣非櫸柳,青青不朽豈楊梅?
欲存老蓋千年意,為覓霜根數寸栽。


8. 韋班には更に大邑県産の白い磁碗をたのんでいる。
大邑燒瓷輕且堅,扣如哀玉錦城傳。
君家白碗勝霜雪,急送茅齋也可憐。


9. 石筍街呆園坊の主人徐卿には果樹の苗を、
・裴冕幕下の従侄(従兄弟の子)杜済と、
10.そしてこうした親戚、友人の援助によって草堂は晩春までにはできあがる。『堂成』
草堂が完成した喜びや満足感が表されているのだが、草堂と成都城の位置関係を、「背郭堂成蔭白茅、縁江路熟俯青郊。」(郭を背にし堂は成って 白茅の蔭(おお)い、江に縁う路は熟して たかきより青郊をしたに俯す。)のように述べている。草堂が成都城の西側の外に位置し、高台にある草堂から見ると、川沿いの道が郊外を突き抜けて成都の方へ続いていることがわかる。
 番号は掲載順である。

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又於韋處乞大邑瓷碗
<また、韋班にここで臨邛の大邑で産出された陶器の碗をいただけるよう頼んだ。>
大邑燒瓷輕且堅,扣如哀玉錦城傳。
臨邛の大邑で産出された陶器の碗は軽くてその上堅いのだ。その碗を弾き敲いてみると清細な悲しい音がして成都錦城に伝説として伝えられる物である。
君家白碗勝霜雪,急送茅齋也可憐。
韋班君の家には白磁の碗があって霜や雪に勝る白さときめの細かさ滑らかさを持っているという。至急にその白い陶磁器をあばら家と書斎のあるわたしのところへ送ってはくれまいか、また、我が家には何も揃っていないということを憐れにも思っていただきたいのである。

(叉韋が處に於いて大邑の瓷碗を乞ふ)
大邑【だいゆう】の燒瓷【しょうじ】  輕うして且つ堅し、扣【たた】けば 哀玉の如ぐ錦城に傳ふ。
君が家の白碗【はくわん】、霜雪に勝れり、急に茅齋【ぼうさい】に送らば也【また】憐む可し。



『又於韋處乞大邑瓷碗』 現代語訳と訳註
(本文)

又於韋處乞大邑瓷碗
大邑燒瓷輕且堅,扣如哀玉錦城傳。
君家白碗勝霜雪,急送茅齋也可憐。


(下し文)
(叉韋が處に於いて大邑の瓷碗を乞ふ)
大邑【だいゆう】の燒瓷【しょうじ】  輕うして且つ堅し、扣【たた】けば 哀玉の如ぐ錦城に傳ふ。
君が家の白碗【はくわん】、霜雪に勝れり、急に茅齋【ぼうさい】に送らば也【また】憐む可し。


(現代語訳)
<また、韋班にここで臨邛の大邑で産出された陶器の碗をいただけるよう頼んだ。>
臨邛の大邑で産出された陶器の碗は軽くてその上堅いのだ。その碗を弾き敲いてみると清細な悲しい音がして成都錦城に伝説として伝えられる物である。
韋班君の家には白磁の碗があって霜や雪に勝る白さときめの細かさ滑らかさを持っているという。至急にその白い陶磁器をあばら家と書斎のあるわたしのところへ送ってはくれまいか、また、我が家には何も揃っていないということを憐れにも思っていただきたいのである。


(訳注)
又於韋處乞大邑瓷碗

また、韋班にここで臨邛の大邑で産出された陶器の碗をいただけるよう頼んだ。
又韋處. 韋の名は班、先に韋に憑りて松樹の子を覓め、今叉瓷碗を乞ふ、又といふ所以なり、 松樹の子を覓むるの詩は後の花木類に出づ 
・瓷。 磁器。きめのこまかいやきもの。かめ。
・瓷碗。 焼き物の碗、臨邛の大邑で産出されたもの。成都平原の西南部に位置する。成都市街からの距離は75キロメートル、臨邛は、秦の時代に置かれた県名。現・四川省邛耒県。司馬相如が卓文君と恋に落ちて駆け落ちを始めたところ。


大邑燒瓷輕且堅,扣如哀玉錦城傳。
臨邛の大邑で産出された陶器の碗は軽くてその上堅いのだ。その碗を弾き敲いてみると清細な悲しい音がして成都錦城に伝説として伝えられる物である。
哀玉 聲の清細なるもの。


君家白碗勝霜雪,急送茅齋也可憐。
韋班君の家には白磁の碗があって霜や雪に勝る白さときめの細かさ滑らかさを持っているという。至急にその白い陶磁器をあばら家と書斎のあるわたしのところへ送ってはくれまいか、また、我が家には何も揃っていないということを憐れにも思っていただきたいのである。
・勝霜雪 ここはただ白いということだけではなく、下や雪が積もった状態の滑り、なめらかさや丸みを帯びた陶磁器のことを謂う。素焼きではなくその釉薬の溶け具合を表現しているものと思われる。
・茅齋。 杜甫の浣花草堂をいう。