賓至 杜甫

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成都(2部)浣花渓の草堂(2 -5) 賓至 杜甫 <368>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1779 杜甫詩 1000- 544

詩 題:成都(2部)浣花渓の草堂(2 -5) 賓至
作時760年4月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000の368首目-#2 -5
杜甫ブログ1500-544回目
七言律詩 上元元年 760年 49歳1117賓至 成都 草堂本による 呉若本では「有客」となっている。
杜甫全作品1141首の訳注解説ブログ 成都2部 成都郊外浣花渓に囲まれた十軒の小さな集落が、長年の夢の世界空間である。


杜甫にとっては、この世界空間にその身をおくことで物心両面は安定していくのである。中国の隠者は日本の隠者の修行と違って、結婚して家族との情愛を大切にし、名誉欲、利害に関わらない真の交友関係を楽しむもの、自分の世界観にひたる風流を基本においているものである。杜甫が近隣との付き合いを楽しみ、それを詩に描いているのも、背景の一つとしては、草堂での隠遁的生活情緒を演出するということもあったと思われる。これは秦州の東柯谷に隠遁したいと思っていた時にはなかった感情である。ここにきて精神的に安定してきて生活に関して病的な鋭さが消えているともいえることである。成都の詩はそのことを念頭に区分(2部)して読んでいくものである。



賓至
幽棲地僻經過少,老病人扶再拜難。
錦城の郊外の人がいない静かな離れたところなのでここに来る人も、通り過ぎる人も少ない、私は年を取り病気がちでいるので人の助けを受けないといけなくて最近では賓客が来られても再拜が困難なこともある。
豈有文章驚海內?謾勞車馬駐江幹。
ただ、詩文に関して自信はあるがこの国中を驚かすほどのことはないのだ。だからわざわざ車馬でここ浣花溪とか池のほうに止めてながめてくださるというのはご苦労をおかけするようなものである。(だからひとがこなくてもよいとはおもっている。)
竟日淹留佳客坐,百年粗糲腐儒餐。
しかし詩文を語り合える賓客は一日中ひざをつき合わせて長居をされる、わたしは、こんな田舎地方に埋もれた儒者ではあるけれども粗末な食事を一生続けているのだ。
不嫌野外無供給,乘興還來看藥欄。

こんな郊外の事で何のお構いもできないけれども嫌がられることはありません。いったり来たりに厭わなければまた、気の趣くままにどうか芍薬の畑でも見ていってください。

幽棲【ゆうせい】地僻【ちへき】にして經過少【まれ】なり、老病人に扶けられて再拜し難し。
豈に文章の海内を驚かす有らんや、謾【そぞろ】に車馬を江幹【こうかん】に駐むるを勞す。
竟日淹餾【えんりゅう】佳客 坐し、百年 粗糲【それい】 腐儒の餐【さん】す。
野外の供給無きを嫌【いとは】ずんば、興に乘じて還【ま】た來りて藥欄【やくらん】を看よ。

八女茶 畑


『賓至』 現代語訳と訳註
(本文)
幽棲地僻經過少,老病人扶再拜難。
豈有文章驚海內?謾勞車馬駐江幹。
竟日淹留佳客坐,百年粗糲腐儒餐。
不嫌野外無供給,乘興還來看藥欄。


(下し文)
幽棲【ゆうせい】地僻【ちへき】にして經過少【まれ】なり、老病人に扶けられて再拜し難し。
豈に文章の海内を驚かす有らんや、謾【そぞろ】に車馬を江幹【こうかん】に駐むるを勞す。
竟日淹餾【えんりゅう】佳客 坐し、百年 粗糲【それい】 腐儒の餐【さん】す。
野外の供給無きを嫌【いとは】ずんば、興に乘じて還【ま】た來りて藥欄【やくらん】を看よ。


(現代語訳)
錦城の郊外の人がいない静かな離れたところなのでここに来る人も、通り過ぎる人も少ない、私は年を取り病気がちでいるので人の助けを受けないといけなくて最近では賓客が来られても再拜が困難なこともある。
ただ、詩文に関して自信はあるがこの国中を驚かすほどのことはないのだ。だからわざわざ車馬でここ浣花溪とか池のほうに止めてながめてくださるというのはご苦労をおかけするようなものである。(だからひとがこなくてもよいとはおもっている。)
しかし詩文を語り合える賓客は一日中ひざをつき合わせて長居をされる、わたしは、こんな田舎地方に埋もれた儒者ではあるけれども粗末な食事を一生続けているのだ。

こんな郊外の事で何のお構いもできないけれども嫌がられることはありません。いったり来たりに厭わなければまた、気の趣くままにどうか芍薬の畑でも見ていってください。


(訳注)
賓至
○賓
。 大切な客をいう、題に賓と稱して、詩中に再拜といい、車馬といっているので、この律詩は、貴人であることがわかる。恐らく相手から、杜甫を訪問する何らかの連絡が入りそれに答えた詩であろうと思う。詩のやり取りではないので詩題に「答」「応」などがない。


幽棲地僻經過少,老病人扶再拜難。
錦城の郊外の人がいない静かな離れたところなのでここに来る人も、通り過ぎる人も少ない、私は年を取り病気がちでいるので人の助けを受けないといけなくて最近では賓客が来られても再拜が困難なこともある。
・幽棲 隠棲と同じ意。
・地僻 成都に知人友人が居るのでそこから離れているということ。これまでは長安から離れた地を指したり、秦州雑詩など国境を指す語であった。これは杜甫の精神的な落ち着きというべき変化か、あるいは人恋しさの語なのか、病気がちで気弱になっているということだ。
經過少。僻地心客の來過少しとなり
老病。杜甫当時喘息と腰脚(リュウマチ)の病があったのだろう。賓客が来られて再拜が困難であった。


豈有文章驚海內?謾勞車馬駐江幹。
ただ、詩文に関して自信はあるがこの国中を驚かすほどのことはないのだ。だからわざわざ車馬でここ浣花溪とか池のほうに止めてながめてくださるというのはご苦労をおかけするようなものである。(だからひとがこなくてもよいとはおもっている。)
・文章 文学。詩文。
・海内 国中。天下。
・謾勞 いたずらにわずらわす。
・駐江幹 江は浣花溪、干は水際。賓客の車馬を草堂に駐めることをいう。


竟日淹留佳客坐,百年粗糲腐儒餐。
しかし詩文を語り合える賓客は一日中ひざをつき合わせて長居をされる、わたしは、こんな田舎地方に埋もれた儒者ではあるけれども粗末な食事を一生続けているのだ。
竟日 一日中。
淹留 久しくとどまること。
・佳客 賓にして佳、詩や文章を論ずる客をいう。
・百年 終生というようなこと。
・粗糲 玄米飯
・腐儒 地方に埋もれた儒者。
 

不嫌野外無供給,乘興還來看藥欄。
こんな郊外の事で何のお構いもできないけれども嫌がられることはありません。いったり来たりに厭わなければまた、気の趣くままにどうか芍薬の畑でも見ていってください。
・供給 客へのおもてなし。
・藥欄 芍薬の薬園のかこい。



賓至
幽棲地僻經過少,老病人扶再拜難。
豈有文章驚海內?謾勞車馬駐江幹。
竟日淹留佳客坐,百年粗糲腐儒餐。
不嫌野外無供給,乘興還來看藥欄。

幽棲【ゆうせい】地僻【ちへき】にして經過少【まれ】なり、老病人に扶けられて再拜し難し。
豈に文章の海内を驚かす有らんや、謾【そぞろ】に車馬を江幹【こうかん】に駐むるを勞す。
竟日淹餾【えんりゅう】佳客 坐し、百年 粗糲【それい】 腐儒の餐【さん】す。
野外の供給無きを嫌【いとは】ずんば、興に乘じて還【ま】た來りて藥欄【やくらん】を看よ。