狂夫 杜甫

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成都(2部)浣花渓の草堂(2 -6) 狂夫 杜甫 <369>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1783 杜甫詩 1000- 545
 
詩 題:成都(2部)浣花渓の草堂(2 -6) 狂夫
作時760年4月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000の369首目 -2-6
杜甫ブログ1500-545回目
自己の狂態をあざけって作った詩。良い句ができればたとえ食べなくてもいいという詩人としての矜持を表現している。
760年上元元年  49歳

杜甫369 狂 夫(万里橋西一草堂)
 杜甫は錦江のほとりに住んだのだが、草堂を築いた錦江に濯錦江が注ぎ込むあたりの一角を杜甫はみずから浣花渓と呼んだ。杜甫はこの「花を浣(あら)う」という言葉がとても気に入ったらしく、「浣花の渓」の他にも「浣花の村」「浣花の老翁」「浣花の橋」「浣花の草堂」「浣花の竹」など多くのバリエーションをもって詩の中に歌い込んでいる。
 この名もない小さな橋についても杜甫が精神的に安定し、身近なものへ命名し、それを詩の中に詠んでいったのである。
諸葛亮孔明が費褘を見送りをした万里橋


狂  夫
万里橋西一草堂、百花潭水即滄浪。
万里橋の西の方に一戸の草堂がある。そばを流れて行くと百花潭があり、その水はすなわち自分にとって「滄浪の水」ともいうべきふさわしい隠退の場所なのである。
風含翠篠娟娟浄、雨裛紅蕖冉冉香。
みどりの篠竹林に風は吹きこみ、風を含んで美しく浄らかであり、紅の蓮の花は小雨に濡れて色濃く鮮やかになり、その香を漂わしてくる。
厚禄故人書断絶、恒飢稚子色凄涼。
気になっていることは、大官となった旧友からの手紙は近ごろは、すっかり途絶えていることであり、それにいつも腹を減らしている子供らの顔色がいたましいことである。
欲填溝壑惟疎放、自笑狂夫老更狂。

こんなわけでわたしは溝や谷に落ちて野垂死になるというのに、そんなことはお構いなしに暮らしている。もともとこれしかないほど狂おしい自分が、老いてますます理想に向かってまっしぐらに進む「狂」の者であることを、われながらおかしく思うのである。

万里橋の西に一の草堂あり、百花潭水【たんすい】にして 即ち滄浪【そうろう】たり。
風は翠篠【すいじょう】を含み娟娟【けんけん】として浄く、雨は紅蕖【こうきょ】を裛【うるお】して冉冉【ぜんぜん】として香し。
厚禄【こうろく】の故人は書をして断絶【だんぜつ】したり、恒飢の稚子【ちし】は色をして凄涼なり。
溝壑【こうがく】に填【てん】せむと欲して惟【た】だ疎放【そほう】なり、自ら笑う 狂夫【きょうふ】 老いて更に狂なるを。

孟浩然詩00

『狂  夫』 現代語訳と訳註
(本文)
万里橋西一草堂、百花潭水即滄浪。
風含翠篠娟娟浄、雨裛紅蕖冉冉香。
厚禄故人書断絶、恒飢稚子色凄涼。
欲填溝壑惟疎放、自笑狂夫老更狂。


(下し文)
万里橋の西に一の草堂あり、百花潭水【たんすい】にして 即ち滄浪【そうろう】たり。
風は翠篠【すいじょう】を含み娟娟【けんけん】として浄く、雨は紅蕖【こうきょ】を裛【うるお】して冉冉【ぜんぜん】として香し。
厚禄【こうろく】の故人は書をして断絶【だんぜつ】したり、恒飢の稚子【ちし】は色をして凄涼なり。
溝壑【こうがく】に填【てん】せむと欲して惟【た】だ疎放【そほう】なり、自ら笑う 狂夫【きょうふ】 老いて更に狂なるを。


(現代語訳)
万里橋の西の方に一戸の草堂がある。そばを流れて行くと百花潭があり、その水はすなわち自分にとって「滄浪の水」ともいうべきふさわしい隠退の場所なのである。
みどりの篠竹林に風は吹きこみ、風を含んで美しく浄らかであり、紅の蓮の花は小雨に濡れて色濃く鮮やかになり、その香を漂わしてくる。
気になっていることは、大官となった旧友からの手紙は近ごろは、すっかり途絶えていることであり、それにいつも腹を減らしている子供らの顔色がいたましいことである。
こんなわけでわたしは溝や谷に落ちて野垂死になるというのに、そんなことはお構いなしに暮らしている。もともとこれしかないほど狂おしい自分が、老いてますます理想に向かってまっしぐらに進む「狂」の者であることを、われながらおかしく思うのである。

篠竹000

(訳注)
狂  夫

○狂夫 病的のきちがいではない、自分の進むべき道に向かって進取するものをいう、詩題は末句の語をとって命じた。


万里橋西一草堂、百花潭水即滄浪。
万里橋の西の方に一戸の草堂がある。そばを流れて行くと百花潭があり、その水はすなわち自分にとって「滄浪の水」ともいうべきふさわしい隠退の場所なのである。
○万里橋 錦江にかかっている橋の名。万里橋は武侯祠付近の錦江にかかるはしであり、三国時代、諸葛孔明はこの万里橋で宴会を行い、呉を訪問させる費褘を送別した。
○西 この詩には西とあり、「錦水ノ居止ヲ懐り」詩には橋南とある、橋は成都の南にあり、よって正しくは西北に位する。
○草堂 グーグル検索で「四川省成都市青羊区草堂路28号」となっている。作者の藷詩句によって察するならば、草堂の位置は成都の背郭、碧難坊外、万里橋西南、百花渾すなわち浣花渓の西北に在った。
○百花潭 草堂から成都に向かう途中の淵になっているところで、現在百花潭 公園となっている。もともとこの地域全体沼と池が多くありそれぞれが水路、川でつながっていた。あちこちにこうした潭が多くあったところと考える。
○滄浪 青色の水をいう、「楚辞」(漁夫)の「滄浪之水淸兮,可以濯我纓,滄浪之水濁兮,可以濯我足」(滄浪の水清まば/以て吾が纓を濯うべし/滄浪の水濁らば/以て吾が足を濯うべし)の滄浪である、ここは自己の足をあらうべき水、隠退の処として用いている。


風含翠篠娟娟浄、雨裛紅蕖冉冉香。
みどりの篠竹林に風は吹きこみ、風を含んで美しく浄らかであり、紅の蓮の花は小雨に濡れて色濃く鮮やかになり、その香を漂わしてくる。
○篠 しのだけ。
○葉 芙葉に同じ、はすのはな。
○冉冉 次第に生ずるさま。


厚禄故人書断絶、恒飢稚子色凄涼。
気になっていることは、大官となった旧友からの手紙は近ごろは、すっかり途絶えていることであり、それにいつも腹を減らしている子供らの顔色がいたましいことである。
○厚禄故人 大官となって多くの俸禄をもらっている旧知の友人、高適と厳武である。
○書断絶 これはたまたまこのとき書信がとだえたのであろう。
○恒飢稚子 いつもうえているこども。
○色 顔色。


欲填溝壑惟疎放、自笑狂夫老更狂。
こんなわけでわたしは溝や谷に落ちて野垂死になるというのに、そんなことはお構いなしに暮らしている。もともとこれしかないほど狂おしい自分が、老いてますます理想に向かってまっしぐらに進む「狂」の者であることを、われながらおかしく思うのである。
○凄涼 かなしげ。
○填溝壑 みぞやたににはまりこんでそれをうずめる。のたれ死にすること。
○疎放 世とうとくし、きままにする。