江村 杜甫 <371>

 同じ日の紀頌之5つのブログ
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩情詩 曹植 魏詩<17>古詩源 巻三 女性詩643 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1789
Ⅱ中唐詩・晩唐詩崋山女 韓退之(韓愈)詩<113-4>Ⅱ中唐詩556 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1790
Ⅲ杜甫詩1000詩集成都(2部)浣花渓の草堂(2 -8) 江村 杜甫 <371>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1791 杜甫詩 1000- 547
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集莎柵聯句 韓退之(韓愈)詩<86> (01/13)
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩『夢江南 之一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-44-13-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1792
    

 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex 
 謝靈運index謝靈運詩古詩index漢の無名氏  
孟浩然index孟浩然の詩韓愈詩index韓愈詩集
杜甫詩index杜甫詩 李商隠index李商隠詩
李白詩index李白350首女性詩index女性詩人
 上代・後漢・三国・晉南北朝・隋初唐・盛唐・中唐・晩唐北宋の詩人  

◎漢文委員会のHP http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/
     漢詩03 http://3rd.geocities.jp/miz910yh/
      漢詩07 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com
      漢詩08 http://kanbuniinkai8.dousetsu.com

成都(2部)浣花渓の草堂(2 -8) 江村 杜甫 <371>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1791 杜甫詩 1000- 547


詩 題:成都(2部)浣花渓の草堂(2 -8) 江村
作時760年4月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000の371首目 2部-8首目
杜甫ブログ1500-547回目


杜甫「江村」 この詩は、杜甫が成都へ辿り着いて、 知人たちの援助で草堂を建て、18作目、安定した生活を送っている時期である。詩からは悲哀官は消滅し、穏やかな生活が詠われている。
成都に着き草堂も完成したある日8km位のところにある諸葛亮孔明の武侯祠を訪ねて作った詩であり、心のゆとりを感じさせてくれるようになった。

草堂の位置的考察(順次地図に関係地を示していく)
草堂は錦江の西岸にあり、錦江がコの字型に蛇行するその内側に位置していたのではないかと思われる。
『_居を卜す』の詩に、
「浣花溪水水西頭、主人為卜林塘幽。」
(浣花渓水 水の西頭、主人は為に卜(ボク)す 林塘の幽なるを)
とあり、西頭は西側の意味だから、住まいを定めたのは浣花渓の西側と読める。「東岸」よりも「西岸」の方がつじつまが合う。以下の四首はみな草堂作りの一年目の夏から秋にかけて草堂を舞台に近辺の出来事を詠じた詩である。それらの詩から蛇行する錦江に村全体が大きく包まれ、とくに草堂付近はその湾曲部(浣花渓)にあったことがわかる。『_田舍』詩に、
「田舍清江曲、柴門古道旁。」 
(田舎は清江の曲(くま)、柴門は古道の旁(かたわら)
といい、この詩『_江村』詩に、
「清江一曲抱村流、長夏江村事事幽。」 
(清江 一曲 村を抱きて流れ、長夏 江村 事事に幽なり
という。清江は錦江のことで、柴門は杜甫の草堂の粗末な門のこと。
これらから草堂に位置を図示すると以下のとおりである。
成都 浣花峡000
(ブログの記事の内容により順次関係地点を図示していくこととする。)


江村       杜甫
淸江一曲抱村流,長夏江村事事幽。
清らかな川の大きなひとまがりがこの村を抱きかかえるように流れている。夏の日は長く川にかこまれた村は、万事何事にもひっそりと静かな佇まいである。 
自去自來梁上燕,相親相近水中鴎。
軒の梁の上に巣をつくるツバメの親子は、自由に、自然に行ったり来たりしている。川の中ほどの水鳥は、親子家族で親しみ寄りそってくる。
老妻畫紙爲棊局,稚子敲針作釣鈎。
年は取ってきたが愛妻はツバメの巣作り良い利口な紙に線を引いて碁盤を作っている。幼いこどもはというと、鴎に対抗して縫い針をたたいて釣り針を作っている。
但有故人供禄米,微躯此外更何求。
有りがたいことに禄米を送ってくれる旧友もあるのだ、取るに足らない我が身が、このほかこれ以上の何を求めるというのか。 


『江村』 現代語訳と訳註
(本文)

淸江一曲抱村流,長夏江村事事幽。
自去自來梁上燕,相親相近水中鴎。
老妻畫紙爲棊局,稚子敲針作釣鈎。
但有故人供禄米,微躯此外更何求。
<多病所須唯藥物>


(下し文)江村
清江一曲 村を抱きて流れ,長夏江村 事事幽なり。
自ら去り自ら來る梁上の燕,相ひ親しみ相ひ近づく水中の鴎。
老妻は紙に画して棊局【ききょく】を 爲し,稚子は針を敲【たた】きて釣鈎【てうこう】を 作る。
但だ故人の禄米を供する有り,微躯【びく】此の外に更に 何をか 求めん。
多病須つ所は唯だ薬物のみ


(現代語訳)
清らかな川の大きなひとまがりがこの村を抱きかかえるように流れている。夏の日は長く川にかこまれた村は、万事何事にもひっそりと静かな佇まいである。 
軒の梁の上に巣をつくるツバメの親子は、自由に、自然に行ったり来たりしている。川の中ほどの水鳥は、親子家族で親しみ寄りそってくる。
年は取ってきたが愛妻はツバメの巣作り良い利口な紙に線を引いて碁盤を作っている。幼いこどもはというと、鴎に対抗して縫い針をたたいて釣り針を作っている。有りがたいことに禄米を送ってくれる旧友もあるのだ、取るに足らない我が身が、このほかこれ以上の何を求めるというのか。
 
<多くの病気を抱えるわたしが必要とするものは、ただ薬である。> 
鸕鷀001

(訳注)
江村

川が蛇行している中州の中に有るような村。 
此の詩の題材は『竹枝詞』を意識している、「自去自來梁上燕」「相親相近水中鴎」という軽い表現は竹枝そのものである。紀頌之の≪唐五代詞・宋詩 花間集 漢文委員会≫に掲載の詩詞に多く出る。


淸江一曲抱村流,長夏江村事事幽。
清らかな川の大きなひとまがりがこの村を抱きかかえるように流れている。夏の日は長く川にかこまれた村は、万事何事にもひっそりと静かな佇まいである。 
・淸江 清らかな川の流れ。 
・一曲 川などのひとまがり。ひとすみ。一部分。 
・抱 いだく。かかえる。両手で抱(かか)え持つ。とりこむ。胸に抱(いだ)く。図を参照。
・長夏 旧暦五月のことで、現在の六月後半から八月前半の真夏の季節。夏の長い日。 
・事事 事ごとに。どの事にも。何事にも。万事。
・幽 かすか。くらい。ほのか。奥深い。隠棲を表現する語。


自去自來梁上燕、相親相近水中鴎。
軒の梁の上に巣をつくるツバメの親子は、自由に、自然に行ったり来たりしている。川の中ほどの水鳥は、親子家族で親しみ寄りそってくる。
・自去自來 自然と行ったり来たりする。 
・梁上燕 梁の上の(つがいの)ツバメ。夫婦仲がいつまでもよいことの喩え。ツバメの常套語であるため他の表現法はない。
・相親相近 親しみ近づいてくる。親子家族で親しみ寄りそってくる。 
・水中鴎 川の水の上を飛ぶ鴎や鷺に似た白い水鳥。「水上鴎」だと飛んでいることにもなり、夫婦親子の表現はむつかしいことで、「水中鴎」とするのは、目に入るカモメの周りが水面であること、川の中ほどで仲良くしている光景を頭に浮べると「水中鴎」の方が断然いいことがわかることを示す詩的表現である。これを文法的にこじつける向きもあるが間違い。
この梁上燕と水中鴎が、七言律詩。【首聯】【頷聯】【頸聯】【尾聯】の頸聯の老妻と稚仔に対応させていて面白いのである。この時代にこのような家族に対する愛情を持った表現は他に類を見ないものである。


老妻畫紙爲棊局、稚子敲針作釣鈎。
年は取ってきたが愛妻はツバメの巣作り良い利口な紙に線を引いて碁盤を作っている。幼いこどもはというと、鴎に対抗して縫い針をたたいて釣り針を作っている。 
・老妻 古女房。年は取ってきたが愛妻。ツバメやカモメより親として知的な表現が必要であることからこの聯はできている。 
畫紙 紙に画(えが)く。紙に線を引く。 「畫紙」は碁盤(将棋盤)の面に「線を引く」
・棊局 碁盤。
稚子 おさないこども。幼児。 
・敲針 縫い針をたたく。敲:〔こう〕たたく。うつ。とんとんたたく。 
・釣鈎 釣り針。子供の行為はカモメが水中で魚を取ることに対応して子供が釣り針を作る。そう考えるとこの詩はとても楽しい素晴らしい詩であることがわかる。


但有故人供禄米、微躯此外更何求。
有りがたいことに禄米を送ってくれる旧友もあるのだ、取るに足らない我が身が、このほかこれ以上の何を求めるというのか。 
・但有故人供禄米 杜甫は律詩や絶句を手紙として作っている。杜甫の詩の理解者の知人に援助を要請する際、最も有効な手段である。逆に考えれば、援助に対してお礼を詩で行う。相手からすると、家宝となるもの、他人に見せて自慢する種になるものである。
・微躯 (謙遜表現)我が身。取るに足らない我が身。小生。 
此外 このほか。これ以外。ここでは、「藥物」意外に、の意。 
 この上。その上に。 
何求 何を求めようか。何も求めない。
此の詩は、下の「多病」の句より「但有故人供禄米」の方が断然いい。わたしは杜甫を悲観的な人物と撮っていないということもあるが、「多病」の句はただ単に謙遜しているだけであり中国人気質といえるかもしれないが人間的に小さい。


<多病所須唯藥物> 他本、ほとんどこの句になっているが、これではよくない。
多くの病気を抱えるわたしが必要とするものは、ただ薬である。 
・多病 病(やまい)がち。体が弱くよく病気をすること。 
所須 もとめるもの。必要とするところのもの。 
 …ところのもの。…ところのこと。動詞の前に置き、動詞を名詞化する。 
・須 需(もと)める。待つ。用いる。 
・唯 ただ…だけ。 
・藥物 くすりとなるもの。薬。秦州ではことのほかラッキョウを30束もらったことをとても喜んだ。ここでいう薬とはこの次元のものである。
秦州抒情詩(29) 秋日阮隠者致薤三十束 杜甫 <314> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1409 杜甫詩 700- 434