所思 杜甫 <374>

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成都(2部)浣花渓の草堂(2 -11) 所思 杜甫 <374>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1803 杜甫詩 1000- 550

詩 題:成都(2部)浣花渓の草堂(2 -11) 所思
作時760年5月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000の374首目-#2 -11
杜甫ブログ1500-550回目

朝廷で一緒に机を並べた人のことを思い出して作る。杜甫は成都草堂の平穏な生活の中で余裕が出てきたようだ。760年上元二年9月の作。


所思
苦憶荊州醉司馬,謫官樽酒定常開。
自分は荊州の酔っぱらいの崔司馬のことをたびたび強くおもいだすである。彼は流刑のように貶されていても、そこでまちがいなく常に樽の酒をひらいているはずである。
九江日落醒何處?一柱觀頭眠幾回。
九江が流入する洞庭湖に日が落ちるときになると彼はどこで酔いをさますのだろうか。荊州の名所の一柱観で彼はきっとなんべんも酔って眠っていることだろう。
可憐懷抱向人盡,欲問平安無使來。
こうして彼に向かっての心持は、かくすところなくすべてはきだして、憐れに思うところである。それで彼の平安であるかどうかを問いたくおもうのだが、彼の方からは使いがこないのである。
故憑錦水將雙淚,好過瞿塘灩預堆。

しかたがないから、わたしはこの錦江の水でもって我が両眼の涙をもっていってもらおうとおもうのである、どうかこの水が無事に瞿塘峡、灩預堆の難場所をとおってくれるようにいのるのである。

(所 思)
苦【はなは】だ憶ふ荊州醉の司馬、謫官【たくかん】樽酒【そんしゅ】定めて常に開かん。
九の江に日落ちて醒むること何れの處ぞ、一柱の觀頭 眠ること幾回ぞ。
憐む可し懐抱【かいほう】人に向つて盡す、平安を問はんと欲すれども使の來たる無し。
故に錦水に憑り雙涙【そうるい】を將【も】ちゆかしむ、好く瞿塘【くとう】の灩預堆【えんよたい】を過らん。


草堂002



『所思』 現代語訳と訳註
(本文)
所思
苦憶荊州醉司馬,謫官樽酒定常開。
九江日落醒何處?一柱觀頭眠幾回。
可憐懷抱向人盡,欲問平安無使來。
故憑錦水將雙淚,好過瞿塘灩預堆。


(下し文)
(所 思)
苦【はなは】だ憶ふ荊州醉の司馬、謫官【たくかん】樽酒【そんしゅ】定めて常に開かん。
九の江に日落ちて醒むること何れの處ぞ、一柱の觀頭 眠ること幾回ぞ。
憐む可し懐抱【かいほう】人に向つて盡す、平安を問はんと欲すれども使の來たる無し。
故に錦水に憑り雙涙【そうるい】を將【も】ちゆかしむ、好く瞿塘【くとう】の灩預堆【えんよたい】を過らん。


(現代語訳)
自分は荊州の酔っぱらいの崔司馬のことをたびたび強くおもいだすである。彼は流刑のように貶されていても、そこでまちがいなく常に樽の酒をひらいているはずである。
九江が流入する洞庭湖に日が落ちるときになると彼はどこで酔いをさますのだろうか。荊州の名所の一柱観で彼はきっとなんべんも酔って眠っていることだろう。
こうして彼に向かっての心持は、かくすところなくすべてはきだして、憐れに思うところである。それで彼の平安であるかどうかを問いたくおもうのだが、彼の方からは使いがこないのである。
しかたがないから、わたしはこの錦江の水でもって我が両眼の涙をもっていってもらおうとおもうのである、どうかこの水が無事に瞿塘峡、灩預堆の難場所をとおってくれるようにいのるのである。


(訳注)
所思
○所思 朝廷で一緒に机を並べた人のことを思い出して作る。杜甫は成都草堂の平穏な生活の中で余裕が出てきたようだ。760年上元二年9月の作。


苦憶荊州醉司馬,謫官樽酒定常開。
自分は荊州の酔っぱらいの崔司馬のことをたびたび強くおもいだすである。彼は流刑のように貶されていても、そこでまちがいなく常に樽の酒をひらいているはずである。
○酔司馬 崔司馬のこと。《原注:崔吏部漪》原注によれば吏部の某官であった崔漪をいう、漪は平涼節度使杜鴻漸の判官としてかつて粛宗の中興についてはかる所があったという、のち吏部に用いられてさらに刑州へ司馬としてながされたものと思われる。酔とは酒ずきでいつもよっていることをいう。
〇滴官 罪せられ流された官吏として。


九江日落醒何處?一柱觀頭眠幾回。
九江が流入する洞庭湖に日が落ちるときになると彼はどこで酔いをさますのだろうか。荊州の名所の一柱観で彼はきっとなんべんも酔って眠っていることだろう。
〇九江 洞庭のことであるという、洞庭には玩・漸・沅・辰・叙・酉・灃・資・湘の九江水が流入する。今の江西省の九江では剤州と地理があわない。
○醒 さめることであるが、さめるのは酔後のことゆえじつは酔うことをいう。
〇一柱観 松滋県の東、丘家湖の中にあるという、むかし宋の臨川王劉義慶が、荊州の長官であったとき羅公洲に大きな観(てら)を立ててただ一本の柱を用いたという、剤州の名所をあげたものである。観は道教の寺。


可憐懷抱向人盡,欲問平安無使來。
こうして彼に向かっての心持は、かくすところなくすべてはきだして、憐れに思うところである。それで彼の平安であるかどうかを問いたくおもうのだが、彼の方からは使いがこないのである。
○懐抱 杜甫がおもいいだくこと。こころ。
〇人 司馬をさすのであろう、或はいう向人とは他人にむかって崔の消息をとうことであるとも考えられる。


故憑錦水將雙淚,好過瞿塘灩預堆。
しかたがないから、わたしはこの錦江の水でもって我が両眼の涙をもっていってもらおうとおもうのである、どうかこの水が無事に瞿塘峡、灩預堆の難場所をとおってくれるようにいのるのである。
○錦水 錦江をいう。
○将 もちゆかせること。
○双涙 左右の眼からでるなみだ。
○瞿塘灩預堆 雀唐は暁の名、四川省憂州府にある。その峡口に灩預石がある、唯は石のこと、その石が水量を示す標準となる、「灩預堆が馬ぐらいに見えるのであれば、瞿塘峡を下ってはいけないし、灩預堆が象の大きさに見えるのであれば瞿塘峡を昇ることはできない」の語がある。