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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首


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石筍行 杜甫 <378> 1 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -15-1) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1823 杜甫詩1000-377-555/1500

詩 題:成都(2部)浣花渓の草堂(2 -15-1) 石筍行
作時760年9月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000の378首目-#2 -15-1
杜甫ブログ1500-555回目


石筍行
君不見益州城西門,陌上石筍雙高蹲。
古來相傳是海眼,苔蘚蝕盡波濤痕。
雨多往往得瑟瑟,此事恍惚難明論。
恐是昔時卿相墓,立石為表今仍存。
諸君これを見たことはないだろう、ここには益州の城郭の西門がある。大通りのほとりに石のタケノコの形をした左右二つの水鉢がある。
古來から互いに伝えられてきたもので、これこそが水が湧き出る「海眼」ということだ。その周りには苔が密集して生えており、泉の湧く波による痕跡が見える。
いま、ときどきあめがつよくふっているし風が寂しく吹き、ここにおける物事に心を奪われてうっとりしてしまい、はっきりしたよくわかる論理説明がしがたい。(水が湧き出るのが不思議な事だったのだろう)。
このことは少し心配な事にはむかしの朝廷の宰相達の墓だということで、建てられた石の表には、今もこれらの事がかかれているのが残っている。

惜哉俗態好蒙蔽,亦如小臣媚至尊。
政化錯迕失大體,坐看傾危受厚恩。
嗟爾石筍擅虛名,後來未識猶駿奔。
安得壯士擲天外,使人不疑見本根。


石筍行 #1
君見ずや 益州 城西の門,陌上 石筍 雙つながら高く蹲。
古來 相い是を傳う海眼,苔蘚 蝕盡くす波濤の痕。
雨多くして往往 瑟瑟を得ん,此事 恍惚 明論するを難し。
是を恐れるは昔時 卿相の墓,立石 表に今仍を存するを為す。
#2
惜しい哉 俗態にして好く蒙蔽【もうへい】し,亦た小臣 媚びて至尊するが如し。
政化するは錯迕【さくご】 大體を失い,坐して看る傾危し厚恩を受る。
嗟あ爾じ石筍 擅虛の名,後來 未だ猶お駿奔するを識らず。
安にして壯士 天外に擲するを得んや,人を使わして本根を見るを疑わず。


『石筍行』 現代語訳と訳註
(本文)
君不見益州城西門,陌上石筍雙高蹲。
古來相傳是海眼,苔蘚蝕盡波濤痕。
雨多往往得瑟瑟,此事恍惚難明論。
恐是昔時卿相墓,立石為表今仍存。


(下し文)
石筍行
君見ずや 益州 城西の門,陌上 石筍 雙つながら高く蹲。
古來 相い是を傳う海眼,苔蘚 蝕盡くす波濤の痕。
雨多くして往往 瑟瑟を得ん,此事 恍惚 明論するを難し。
恐是昔時卿相墓,立石為表今仍存。


(現代語訳)
諸君これを見たことはないだろう、ここには益州の城郭の西門がある。大通りのほとりに石のタケノコの形をした左右二つの水鉢がある。
古來から互いに伝えられてきたもので、これこそが水が湧き出る「海眼」ということだ。その周りには苔が密集して生えており、泉の湧く波による痕跡が見える。
いま、ときどきあめがつよくふっているし風が寂しく吹き、ここにおける物事に心を奪われてうっとりしてしまい、はっきりしたよくわかる論理説明がしがたい。(水が湧き出るのが不思議な事だったのだろう)。
このことは少し心配な事にはむかしの朝廷の宰相達の墓だということで、建てられた石の表には、今もこれらの事がかかれているのが残っている。


(訳注)
石筍行
成都の西門の近くに大通り石筍があり、石筍街という。草堂建設前に石筍街呆園坊の主人徐卿には果樹の苗を分けてもらっている。杜甫 <358>『詣徐卿覓果栽 』にある所だ。少し落ち着いてきたので草堂から5・6kmの所にある石筍街を訪れたのだ。


君不見益州城西門,陌上石筍雙高蹲。
諸君これを見たことはないだろう、ここには益州の城郭の西門がある。大通りのほとりに石のタケノコの形をした左右二つの水鉢がある。
・蹲 「しゃがむ」「うずくまる」「かがむ」などを意味する動詞「つくばう」から始まった言葉で水鉢を中心に、手水を使うために乗る前石、夜の宴会時に手燭を置くための手燭石、寒中に暖かい湯の入った桶を出すための湯桶


古來相傳是海眼,苔蘚蝕盡波濤痕。
古來から互いに伝えられてきたもので、これこそが水が湧き出る「海眼」ということだ。その周りには苔が密集して生えており、泉の湧く波による痕跡が見える。
・海眼 海水が陸中を通って噴き出す泉。潮の干満と共に出現する泉。海眼石という玉の名。

杜甫『太平寺泉眼』 「招提憑高岡,疏散連草莽。出泉枯柳根,汲引歲月古。石間見海眼,天畔縈水府。廣深丈尺間,宴息敢輕侮。」太平寺泉眼 杜甫 <284-#1> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1310 杜甫詩 700- 401

雨多往往得瑟瑟,此事恍惚難明論。
いま、ときどきあめがつよくふっているし風が寂しく吹き、ここにおける物事に心を奪われてうっとりしてしまい、はっきりしたよくわかる論理説明がしがたい。(水が湧き出るのが不思議な事だったのだろう)。
・往往 ときどき。ところどころ。あちこち。
・瑟瑟 1 風が寂しく吹くさま。さみしいようす。2 波の立つさま。3 珠玉の名。【瑟瑟座】仏像の台座の一。角形の材
・恍惚 1 物事に心を奪われてうっとりするさま。2 意識がはっきりしないさま。
・明論 はっきりしたよくわかる論理。


恐是昔時卿相墓,立石為表今仍存。
このことは少し心配な事にはむかしの朝廷の宰相達の墓だということで、建てられた石の表には、今もこれらの事がかかれているのが残っている。
・卿相墓 卿相天子をたすけて政治をとる人々。公卿(くぎよう)。