題壁上韋偃畫馬歌 杜甫


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題壁上韋偃畫馬歌 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -17-1)  <380> 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1839 杜甫詩1000-380-559/1500


詩 題:題壁上韋偃畫馬歌 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -17-1) 
作時760年9月杜甫49歳
掲 載; 杜甫1000の380首目-#2 -17-1
杜甫ブログ1500-559回目
(壁上の韋偃が画馬に題する歌)
韋偃が旅行しょうとするとき馬を画いてくれた、それを壁上にかけてみて、これに題した詩。


題壁上韋偃畫馬歌
韋侯別我有所適,知我憐渠畫無敵。
韋偃どのはわたしに別れをつげてどこかへよい所へ行こうとしている、わたしは彼の絵を愛し、彼が絵画では匹敵するものなど無い名人であることでみとめている、ということを彼は知っているのだ。
戲拈禿筆掃驊騮,欻見騏驎出東壁。
だから、かれはわたしのために、戯れに使い慣れて禿げ、欠けている筆をひねって驊騮のさまをかきなぐってくれると、たちまち、東壁の上に騏驎の名馬があらわれ、飛び出るかのようなものを見るのである。
一匹吃草一匹嘶,坐看千裡當霜蹄。
その絵の一匹は草を食べており、一匹は嘶いているのだ。そして、引き続いてみていくと、いまちょうど霜の降りた大地を踏み、蹄で蹴って千里の地に向かう姿がそのまま見られるのである。 
時危安得真致此,與人同生亦同死?
いま唐王朝が滅亡させられる危険性を持っているとわたしは危惧しているので、この名馬を招きよせ、与えてあげたら、乗り手といっしょに戦場を走らせ、生死をともにすることができないものだろうか、安寧を得るためにどうにかしてそうしてみたいものである。
(壁上の韋偃が画馬に題する歌)
韋侯我に別れて適く所有り、我が渠が画の敵無きを憐れむを知る。
戯れに禿筆【とくひつ】を拈【ひね】りて驊騮【かりゅう】を掃う、欻【たちま】ち見る騏驎【きりん】の東壁【とうへき】に出づるを。
一匹は草を吃【か】み一匹は噺く、坐に看る千里霜蹄【そうてい】に当たるを。
時危くして安んぞ兵に此れを致して、人と生を同じくし亦死を同じくするを得ん。

終南山03

『題壁上韋偃畫馬歌』 現代語訳と訳註
(本文)
題壁上韋偃畫馬歌
韋侯別我有所適,知我憐渠畫無敵。
戲拈禿筆掃驊騮,欻見騏驎出東壁。
一匹吃草一匹嘶,坐看千裡當霜蹄。
時危安得真致此,與人同生亦同死?


(下し文) (壁上の韋偃が画馬に題する歌)
韋侯我に別れて適く所有り、我が渠が画の敵無きを憐れむを知る。
戯れに禿筆【とくひつ】を拈【ひね】りて驊騮【かりゅう】を掃う、欻【たちま】ち見る騏驎【きりん】の東壁【とうへき】に出づるを。
一匹は草を吃【か】み一匹は噺く、坐に看る千里霜蹄【そうてい】に当たるを。
時危くして安んぞ兵に此れを致して、人と生を同じくし亦死を同じくするを得ん。


(現代語訳)
韋偃どのはわたしに別れをつげてどこかへよい所へ行こうとしている、わたしは彼の絵を愛し、彼が絵画では匹敵するものなど無い名人であることでみとめている、ということを彼は知っているのだ。
だから、かれはわたしのために、戯れに使い慣れて禿げ、欠けている筆をひねって驊騮のさまをかきなぐってくれると、たちまち、東壁の上に騏驎の名馬があらわれ、飛び出るかのようなものを見るのである。
その絵の一匹は草を食べており、一匹は嘶いているのだ。そして、引き続いてみていくと、いまちょうど霜の降りた大地を踏み、蹄で蹴って千里の地に向かう姿がそのまま見られるのである。 
いま唐王朝が滅亡させられる危険性を持っているとわたしは危惧しているので、この名馬を招きよせ、与えてあげたら、乗り手といっしょに戦場を走らせ、生死をともにすることができないものだろうか、安寧を得るためにどうにかしてそうしてみたいものである。


(訳注)
題壁上韋偃畫馬歌

○韋偃 馬を画くことを以て有名であった。京兆の人。蜀に移り住んで絵を描いた。韋偃の寓居を訪問した時の詩である。


韋侯別我有所適,知我憐渠畫無敵。
韋偃どのはわたしに別れをつげてどこかへよい所へ行こうとしている、わたしは彼の絵を愛し、彼が絵画では匹敵するものなど無い名人であることでみとめている、ということを彼は知っているのだ。
○韋侯 侯は敬称、韋偃をさす。
○有所適 絵の題材のあるどこかへ旅行しょうとすること。
○渠 韋偃をさす。


戲拈禿筆掃驊騮,欻見騏驎出東壁。
だから、かれはわたしのために、戯れに使い慣れて禿げ、欠けている筆をひねって驊騮のさまをかきなぐってくれると、たちまち、東壁の上に騏驎の名馬があらわれ、飛び出るかのようなものを見るのである。
○拈 取り弄ぶことをいう。
○禿筆 使い慣れて禿げ、欠けている筆
○掃 かきなぐること。
○驊騮 駿馬。
○欻 忽ち。
○騏驎 千里の馬。


一匹吃草一匹嘶,坐看千裡當霜蹄。
その絵の一匹は草を食べており、一匹は嘶いているのだ。そして、引き続いてみていくと、いまちょうど霜の降りた大地を踏み、蹄で蹴って千里の地に向かう姿がそのまま見られるのである。 
千里 千里の遠地。
當霜蹄 霜の降りた大地を踏み、蹄で蹴ることをいう。霜蹄とは秋のひづめで、秋には馬はことに元気がよいという説明もできるが、絵の説明にはならない。当は大地と空、千里の彼方に対して言うもので、絵の表現を詩的表現をうまくしているものである。ここの部分の解釈をうまくしている訳注はない。秋の蹄の目が行き過ぎているからで、杜甫は動的にこれらをとらえているのである。『杜詩』岩波文庫・鈴木虎雄黒川洋一訳注ではこの句を「時間のうえでぶっつかる意であろう、ちょうどいま霜蹄で踏みつつあることをいう。或は適当する、霜蹄にふさわしいという意にもみられよう。」杜甫と絵の感覚の理解力がないということである。
「秋の蹄が元気が良い」ではなく千里を掛ける馬の脚元の霜の降りた大地にあたる、その大地を蹴って千里馬が大空に飛びあがるということなのである。


時危安得真致此,與人同生亦同死?』
いま唐王朝が滅亡させられる危険性を持っているとわたしは危惧しているので、この名馬を招きよせ、与えてあげたら、乗り手といっしょに戦場を走らせ、生死をともにすることができないものだろうか、安寧を得るためにどうにかしてそうしてみたいものである。
〇時危 時世が安穏でない。安史軍に唐王朝が滅亡させられる危険性を持っていると危惧している。
○安得 希望の辞。
○真致此 真はこれが真実ならば。此は下句を指すもので、この馬と生死を共に戦場を走らせるということ。致はそのようにできたら安史軍を掃討できる。