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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩
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因崔五侍禦寄高彭州一絶 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -4)  <386> 五言絶句 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1871 杜甫詩1000-386-567/1500


詩 題:因崔五侍禦寄高彭州一絶 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -4) 
作時760年9月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000首の386首目-#3 -4
杜甫ブログ1500回予定の-567回目  
上元元年(七六〇)の秋、. 崔五侍御を通じて彭州(四川省彭県)の刺史であった高適に援助を依頼した. 詩である。


因崔五侍禦寄高彭州一絶
百年已過半,秋至轉饑寒。
人生百年であり、それも既に半分を過ぎてしまおうとしています。収獲の秋も晩秋を過ぎるころになり、飢餓と寒さ対策の季節となってきました。
為問彭州牧﹕何時救急難?
彭州の長官の高適殿にご質問したいのです。何時かのことでよろしいのですが我家の危急な状態をお助けくださいませんか。
(崔五侍禦に因り高彭州に寄せる一絶)
百年 已に半を過ぎ,秋至【しゅうじ】 轉【うた】た饑寒【きかん】なり。
問を為さん 彭州【ほうしゅう】の牧に﹕何れの時にか急を救うは難きや?

杜甫 体系 地図459同谷紀行


『因崔五侍禦寄高彭州一絶』 現代語訳と訳註
(本文)

因崔五侍禦寄高彭州一絶
百年已過半,秋至轉饑寒。
為問彭州牧﹕何時救急難?


(下し文)
(崔五侍禦に因り高彭州に寄せる一絶)
百年 已に半を過ぎ,秋至【しゅうじ】 轉【うた】た饑寒【きかん】なり。
問を為さん 彭州【ほうしゅう】の牧に﹕何れの時にか急を救うは難きや?


(現代語訳)
人生百年であり、それも既に半分を過ぎてしまおうとしています。収獲の秋も晩秋を過ぎるころになり、飢餓と寒さ対策の季節となってきました。
彭州の長官の高適殿にご質問したいのです。何時かのことでよろしいのですが我家の危急な状態をお助けくださいませんか。


(訳注)
因崔五侍禦寄高彭州一絶

同谷から成都にたどりついた杜甫は、ひとまず城西の寺の僧復空のもとに身を落ちつけた。そのとき彭州の刺史となって蜀に来ていた高適から彼に贈られた詩にこたえて、『酬高使君相贈』「古寺僧牢落,空房客寓居。故人分祿米,鄰舍與園蔬。雙樹容聽法,三車肯載書。草玄吾豈敢,賦或似相如。」(故人禄米を分し、郷舎園疏を与ふ」と詠じている。このことで高適から結構な量のコメをプレゼントされていたのであろうが、十数人が食べるにはそんなに長期間残っていたということもないだろうから、再度の援助は直接頼みにくかったのであろう。


百年已過半,秋至轉饑寒。
人生百年であり、それも既に半分を過ぎてしまおうとしています。収獲の秋も晩秋を過ぎるころになり、飢餓と寒さ対策の季節となってきました。
・百年已過半 人生百年という。中國の数え方は50歳を過ぎれば百歳というアバウトなものである。ここでは杜甫は49歳になっているので数学的にも正確な表現である。
・秋至 夏至、冬至は太陽の昼と夜のどちらかが最も長くなる日(または短い日)を云うわけで、同じような意味では春分、秋分であるから、ここでは穀物の収獲をいみするものとされる。「秋至って」と訓読みするは間違い。ここは季節の変わりを云うのではなくしゅうかくがおもわしくなくて援助を依頼するものであるから「秋至」【しゅうじ】とする。
・轉 1 ある状態が、どんどん進行してはなはだしくなるさま。いよいよ。ますます。転じて、そうした状態の変化を前にして心が深く感じ入るさまにいう。
・饑 「飢」と通用1 作物が実らないで乏しい。「饑饉(ききん)」 2 食糧が乏しくてひもじい。「饑餓」.


為問彭州牧﹕何時救急難?
彭州の長官の高適殿にご質問したいのです。何時かのことでよろしいのですが我家の危急な状態をお助けくださいませんか。
・彭州牧 彭州の長官。という場合はとくに食料担当長官というような意味になる。高適とは若い時からの友人であるから、この語にユーモアを込めているということである。
救急難 飢餓状態のような表現であるのは①頼みごとであること。②近況をわかりやすくすること。③詩的表現であること。