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詩 題:建都十二韻 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(13)-#1 
作時760年11月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000首の399首目-#1
杜甫ブログ1500回予定の-582回目  
荊州に南都を建てることにつき反対意見をのべた詩。
上元元年九月以後の作。



建都十二韻
蒼生未蘇息,胡馬半乾坤。議在雲臺上,誰扶黃屋尊?』
建都分魏闕,下韶闢荊門。恐失東人望,其如西極存。

時危當雪恥,計大豈輕論?雖倚三堦正,終愁萬國翻。』
牽裾恨不死,漏網荷殊恩。永負漢庭哭,遙憐湘水魂。

窮冬客江劍,隨事有田園。風斷青蒲節,霜埋翠竹根。』
衣冠空攘攘,關輔久昏昏。願枉長安日,光輝照北原。』

(都を建つ 十二韻)
蒼生未だ蘇息せず、胡馬乾坤に半ばなり。
議は雲台の上に在り、誰か黄屋の尊を扶けん。』
都建てて魏闕を分かつ、韶を下して荊門を闢く。
東人の望みを失わんことを恐るるも。其れ西極の存するを如せん。

時危くして当に恥を雪ぐべし、計大なり豊軽としく論ぜんや。
三堦の正しきに侍ると錐も、終に愁う万国の翻らんことを。』
裾を牽く恨むらくは死せざりしを、網より漏らす殊恩を辱のうす。
永く負く漢庭の哭、進かに憐れむ湘水の魂。

窮冬江剣に客たり、随事田園有り。
風は断つ青蒲の節、霜は埋む翠竹の根。』
衣冠空しく穣穣たり、関輔久しく昏昏たり。
願わくは長安の日を枉げて、光輝北原を照らさん。』

建都十二韻
蒼生未蘇息,胡馬半乾坤。
人民はいまだに平穏な生活を取り戻すことに至っていない。安史軍の兵馬が天下の半分の地域にもひろがっている状態なのだ。
議在雲臺上,誰扶黃屋尊?』
魏からつづく高い宮門を分けてしまうという。きけば詔を下して荊門の地方を新天地としてひらこうということである。
建都分魏闕,下韶闢荊門。
魏からつづく高い宮門を分けてしまうという。きけば詔を下して荊門の地方を新天地としてひらこうということである。
恐失東人望,其如西極存。

ただ、それをやめるならば荊州の東方の人々の失望することだろうし、気の毒なことである。そして、すでに鳳翔の西京というものがあるのをどうするか、安史軍の兵馬を平定できたところから幾つも都を置くというのだろう。

(都を建つ 十二韻)
蒼生未だ蘇息せず、胡馬乾坤に半ばなり。
議は雲台の上に在り、誰か黄屋の尊を扶けん。』
都建てて魏闕を分かつ、韶を下して荊門を闢く。
東人の望みを失わんことを恐るるも。其れ西極の存するを如せん。

函谷関長安地図座標005

『建都十二韻』 現代語訳と訳註
(本文)
蒼生未蘇息,胡馬半乾坤。議在雲臺上,誰扶黃屋尊?』
建都分魏闕,下韶闢荊門。恐失東人望,其如西極存。


(下し文)
(都を建つ 十二韻)
蒼生未だ蘇息せず、胡馬乾坤に半ばなり。
議は雲台の上に在り、誰か黄屋の尊を扶けん。』
都建てて魏闕を分かつ、韶を下して荊門を闢く。
東人の望みを失わんことを恐るるも。其れ西極の存するを如せん。


(現代語訳)
人民はいまだに平穏な生活を取り戻すことに至っていない。安史軍の兵馬が天下の半分の地域にもひろがっている状態なのだ。
魏からつづく高い宮門を分けてしまうという。きけば詔を下して荊門の地方を新天地としてひらこうということである。
魏からつづく高い宮門を分けてしまうという。きけば詔を下して荊門の地方を新天地としてひらこうということである。
ただ、それをやめるならば荊州の東方の人々の失望することだろうし、気の毒なことである。そして、すでに鳳翔の西京というものがあるのをどうするか、安史軍の兵馬を平定できたところから幾つも都を置くというのだろう。


(訳注)
建都十二韻

建都 新たに都を建置することをいう、史によると至徳二載に蜀郡を南京となし、鳳翔を西京となし、長安を中京となした。上元元年九月改めて南都を荊州に置き荊州を以て江陵府となした。二年九月鳳翔の西都及び江陵の南都の号をやめたが、宝応元年にはまた旧に復した。此の詩は上元元年荊州を南都とするときの作である。荊州を南都とするということは時の荊州刺史呂陻なるものの建議に基づく。作者はこれに反対の意見をのべたのである。

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蒼生未蘇息,胡馬半乾坤。
人民はいまだに平穏な生活を取り戻すことに至っていない。安史軍の兵馬が天下の半分の地域にもひろがっている状態なのだ。
○蒼生 人民。『行次昭陵』#2「往者災猶降,蒼生喘未蘇。」(往者災猶降る、蒼生喘ぎて未だ蘇せず。)『鳳凰台』「再光中興業,一洗蒼生憂。」(再び中興の業を光かせ、蒼生の憂いを一洗せん。)
○蘇息 よみがえり、休息する。
○胡馬 安史軍の兵馬。 


議在雲臺上,誰扶黃屋尊?』
このとき雲台といわれる朝廷において荊州を南都という建都の議論がなされるのである。こんなことをやろうというのはそもそも何人が唐王朝の太宗いらいつづいている天子の尊厳をおたすけすることになると思っているのであろうか。』
○雲台 後漢の時たてた宮中の高台、ここは朝廷をさす。
○黄屋尊 天子の尊いことをいう、黄屋は天子の乗られる奉養のうらを黄絹で張るのによりそれに乗る天子をもさす。『史記正義』「黃屋者,蓋以黃為裏。」とある。


建都分魏闕,下韶闢荊門。
魏からつづく高い宮門を分けてしまうという。きけば詔を下して荊門の地方を新天地としてひらこうということである。
〇分魏闕 分とは分設すること、荊州を南都とするのは中央の宮闕を分かつのと似ているということいっている。
○闢荊門 闢とは新天地をはじめひらくことをいう、荊門は山の名、刑州にあり、名山を借りてその地を示す。


恐失東人望,其如西極存。
ただ、それをやめるならば荊州の東方の人々の失望することだろうし、気の毒なことである。そして、すでに鳳翔の西京というものがあるのをどうするか、安史軍の兵馬を平定できたところから幾つも都を置くというのだろう。
○失東人望 東人とは刑州の人をいう、これは刑州を都とせぬときの場合にはかくの如しということである。
○如 如レ之何と同じ。
○西極 鳳翔をさす。鳳翔は西京とされたが、のちに上元二年には荊州の南都とともに廃止された。極は動かないことを意味し、北極というのを例とする。