奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 1)  杜甫 <406> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1975 杜甫詩1000-406-589/1500


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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 



詩 題:奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(4 - 1) 
作時761年1月杜甫50歳 掲 載;
杜甫1000首の406首目-#4 – 1
杜甫ブログ1500回予定の-589回目  



奉酬李都督表丈早春作
(李表丈都督に酬いるのに「早春作」詩をお贈り申し上げます。)
力疾坐清曉,來詩悲早春。
持病でこの日は起き上がれず座ったままで清々しい夜明けを迎える。詩を衝くために行きたいけれどこの早春は悲しいものだ。
轉添愁伴客,更覺老隨人。
ますます介添えがいるようになってきて来客もみんなが心配をしてくれる。その上年を取ってきて付添い人の必要性さえ覚えるようである。
紅入桃花嫩,青歸柳葉新。
赤い花が目に入ってくるのは桃の若々しい花びらである。青いものが帰っていくのは柳の葉が新しく芽吹いてきているのである。
望鄉應未已,四海尚風塵。
故郷を望むことはまさにいまだに実現するに至ってはいない。というのも国中東西南北どこへ行ってもいまだに戰の砂塵がおさまっていないからなのだ。

(李都督表丈に酬い早春の作を奉つる)
力疾して清曉に坐し,來詩して早春に悲しむ。
轉【うた】た添うは 伴客を愁い,更に覺ゆ 老隨人。
紅入りて 桃花の嫩,青歸して 柳葉 新たなり。
望鄉 應に未だ已まず,四海 尚お風塵なり。


寒梅002


『奉酬李都督表丈早春作』 現代語訳と訳註
(本文)

奉酬李都督表丈早春作
力疾坐清曉,來詩悲早春。
轉添愁伴客,更覺老隨人。
紅入桃花嫩,青歸柳葉新。
望鄉應未已,四海尚風塵。


(下し文)
(李都督表丈に酬い早春の作を奉つる)
力疾して清曉に坐し,來詩して早春に悲しむ。
轉【うた】た添うは 伴客を愁い,更に覺ゆ 老隨人。
紅入りて 桃花の嫩,青歸して 柳葉 新たなり。
望鄉 應に未だ已まず,四海 尚お風塵なり。


(現代語訳)
(李表丈都督に酬いるのに「早春作」詩をお贈り申し上げます。)
持病でこの日は起き上がれず座ったままで清々しい夜明けを迎える。詩を衝くために行きたいけれどこの早春は悲しいものだ。
ますます介添えがいるようになってきて来客もみんなが心配をしてくれる。その上年を取ってきて付添い人の必要性さえ覚えるようである。
赤い花が目に入ってくるのは桃の若々しい花びらである。青いものが帰っていくのは柳の葉が新しく芽吹いてきているのである。
故郷を望むことはまさにいまだに実現するに至ってはいない。というのも国中東西南北どこへ行ってもいまだに戰の砂塵がおさまっていないからなのだ。

美女画557

(訳注)
奉酬李都督表丈早春作

李表丈都督に酬いるのに「早春作」詩をお贈り申し上げます。
・李表丈 錦城の李都督から新春の詩を要望されてそれに応えて作って贈った詩である。761年上元2年新春の作。
・都督(ととく)とは中国の官職または称号。三国時代に現れ、軍政を統轄した。本来、監督、統轄の意味で、軍司令官のことをいった。三国時代に諸州の軍権が民政から独立していき、都督が諸州諸軍事の長官とされた。多くは州の長官である刺史を兼ね、都督府を置いて府官を任じた。その後、六朝時代を通じて都督の官名が使われた。唐代には節度使が置かれたため、その権限は縮小した。


力疾坐清曉,來詩悲早春。
持病でこの日は起き上がれず座ったままで清々しい夜明けを迎える。詩を衝くために行きたいけれどこの早春は悲しいものだ。
・力疾 体に力を入れることが出来ない持病。【神経痛・リュウマチ】


轉添愁伴客,更覺老隨人。
ますます介添えがいるようになってきて来客もみんなが心配をしてくれる。その上年を取ってきて付添い人の必要性さえ覚えるようである。
・轉添 ますます、いよいよ介添えがいること。

紅入桃花嫩,青歸柳葉新。
赤い花が目に入ってくるのは桃の若々しい花びらである。青いものが帰っていくのは柳の葉が新しく芽吹いてきているのである。
・嫩 わかわかしい。


望鄉應未已,四海尚風塵。
故郷を望むことはまさにいまだに実現するに至ってはいない。というのも国中東西南北どこへ行ってもいまだに戰の砂塵がおさまっていないからなのだ。