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詩 題:西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2) 
作時761年1月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の407首目-#4 – 2
杜甫ブログ1500回予定の-590回目  
城中を出て西郊より草堂にもどって来たことをのべる。上元二年早春の作である。


西郊
時出碧雞坊,西郊向草堂。
帰りたいと思い時がきたようなので、城内西南の碧雞坊を出る。城外の西郊を経て草堂へと向かうことになる。
市橋官柳細,江路野梅香。
市橋にさしかかると柳が芽吹く前でほそぼそと垂れており、東流する錦江の路ぞいには野梅の花がにおい始めたようだ。
傍架齊書帙,看題減藥囊。
部屋に入ると売却して隙間ができた書棚に書衣をそばへ寄せて補う。薬の標題を看ながら売って減った薬の嚢を確認する。
無人覺來往,疏懶意何長。

ちょっと人目を気にして出かけたのだが往きもかえりもだれもそれに気がつかれないようだ。こんな隠棲生活は元来無精なのんびりした気持ちにどんなにか良いことであろうか。
(西 郊)
時に碧雞坊を出で、西郊より草堂に向かう。
市橋には官柳細くあり、江路には野梅香しくある。
架に傍いて書帙を斉【ととの】え、題を看て薬嚢を検す。
人の来往するを覚【さと】るもの無く、疎憬にして意は何ぞ長きか。

浣花峡556

『西郊』 現代語訳と訳註
(本文)
時出碧雞坊,西郊向草堂。
市橋官柳細,江路野梅香。
傍架齊書帙,看題減藥囊。
無人覺來往,疏懶意何長。


(下し文)
(西 郊)
時に碧雞坊を出で、西郊より草堂に向かう。
市橋には官柳細くあり、江路には野梅香しくある。
架に傍いて書帙を斉【ととの】え、題を看て薬嚢を検す。
人の来往するを覚【さと】るもの無く、疎憬にして意は何ぞ長きか。


(現代語訳)
(西 郊)
帰りたいと思い時がきたようなので、城内西南の碧雞坊を出る。城外の西郊を経て草堂へと向かうことになる。
市橋にさしかかると柳が芽吹く前でほそぼそと垂れており、東流する錦江の路ぞいには野梅の花がにおい始めたようだ。
部屋に入ると売却して隙間ができた書棚に書衣をそばへ寄せて補う。薬の標題を看ながら売って減った薬の嚢を確認する。
ちょっと人目を気にして出かけたのだが往きもかえりもだれもそれに気がつかれないようだ。こんな隠棲生活は元来無精なのんびりした気持ちにどんなにか良いことであろうか。


(訳注)
西郊
○西郊
 成都城西南の城外付近。


時出碧雞坊,西郊向草堂。
帰りたいと思い時がきたようなので、城内西南の碧雞坊を出る。城外の西郊を経て草堂へと向かうことになる。
○碧難坊 成都城の西南の坊の名。『梁益記』「成都之坊,百有二十,第四曰碧雞坊。」


市橋官柳細,江路野梅香。
市橋にさしかかると柳が芽吹く前でほそぼそと垂れており、東流する錦江の路ぞいには野梅の花がにおい始めたようだ。
〇市橋 城の西南四里にあるという。参考図作成 参照。
○官柳細 市橋のながれにに沿って植えられている官でうえた柳が目吹く前で条だけの様子を云う。。
○江路 東流する錦江の路ぞい。
○野梅 錦江の川沿いに誰が植えたかわからないが梅が咲き始めた。

桃園001


傍架齊書帙,看題減藥囊。
部屋に入ると売却して隙間ができた書棚に書衣をそばへ寄せて補う。薬の標題を看ながら売って減った薬の嚢を確認する。
○架 本だな。
○帙 書衣、墨汁で染めた衣をいう。長安では質屋に通って酒を飲んだ。曲江
曲江二首 其一 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 244
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曲江陪鄭八丈南史 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 248
○題 薬の整理した棚に書いている標題。
○減 薬の減ったのをしらべる。


無人覺來往,疏懶意何長。
ちょっと人目を気にして出かけたのだが往きもかえりもだれもそれに気がつかれないようだ。こんな隠棲生活は元来無精なのんびりした気持ちにどんなにか良いことであろうか。
○無人覚来往 「人が杜甫の来往を知らぬ」(書籍と薬売却)をいう。往とは草堂より城中へでかけたことをいい、來とは城中より草堂へもどって来ることをいう、此の詩は人目を気にして本と薬を売りに行くその帰り以降をのべながら、その動と静を対させた隠棲生活を悦にいっているのである