水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)


2013年3月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅲ杜甫詩1000詩集水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500
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詩人杜甫5x5水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500



詩 題:水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)
作時761年3月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の418首目-#4 – 13
杜甫ブログ1500回予定の-601回目

詩題の「水檻(すいかん)に心を遣(や)る」は、川に臨んだ欄干に寄りかかってあたりを眺めやるという意味で、草堂のから一年たった2月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く岸いっぱいに流れたのだ。
760年の春水を述べた詩
2- 9.江漲
761年 同時期に春水を述べた詩
4- 8.春夜喜雨 杜甫
4- 9.春水生 二絶其一 杜甫
4-10.春水生 二絶其二 杜甫
4-11.江上值水如海勢聊短述 杜甫
4-12.水檻遣心二首其一 杜甫
4-13.水檻遣心二首其二 杜甫
4-18. 春水
4-19.江亭


 
水檻遣心二首其一 
去郭軒楹敞,無村眺望賒。
ここは錦官城の城郭からはなれて我が家屋すっきりとしてあかるくみある。村を成すほど家がないからとおくまで余すところなく眺められる。
澄江平少岸,幽樹晚多花。
濯錦江の水は増水しているが澄んで今は水嵩が上がって中州も平らになって川岸いっぱいに水が上がっている。隠棲するところにあう幽静な樹々は夕暮れの斜めの日差しにたくさんの花が咲いている。
細雨魚兒出,微風燕子斜。
春雨が水面に灌ぐと魚の児が水面にうかびだしてくる。そよふく風にもうつばめがやってきて、ななめに飛びわたる。
城中十萬戶。此地兩三家。
錦官城には十万戸あるというけれど、ここ浣花渓には自分のところと二、三軒の人家があるばかりである。

(水檻にて心を遣る 二首 其の一)
郭を去って軒楹【けんえい】敞【あき】らかなり、村無くして眺望【ちょうぼう】賒【はる】かなり。
澄江【ちょうこう】平らかにして岸少なく 幽樹【ゆうじゅ】晩に花多し。
細雨【さいう】に魚児出で、微風に燕子【えんし】斜めなり。
城中は十万戸なるも、此の地は両三家なり。


水檻遣心二首2 
蜀天常夜雨,江檻已朝晴。
蜀のこの春の天候は毎日のように夜細雨が降る。起きて濯錦江の我が家の欄干のある川辺りに行ってみるとさわやかな朝晴れになっている。
葉潤林塘密,衣幹枕席清。
夜雨は葉に潤いを与えてくれ、林から堤にかけて密集させてくれるのである。川べりの欄干の私の指定席は四季布も渇いていて寝転がったりする座席がきれいになっている。
不堪支老病,何得尚浮名?
今の問題点は年老いてきた持病だけが耐えられないことなのだ。元気になったからといってどうして世の中に名声を博すことなどどうして得ようと思うものか。
淺把涓涓酒,深憑送此生。
ここに座って、細く流れでるわずかばかりのお酒をわずかに啜るのである。ここで此の盃をかたむけることこそが私が生きていくことの中で深くよりどころとするものである。
(水檻にて心を遣る 二首)
蜀天は常夜【とこよ】の雨がふり,江檻は已に朝晴なり。
葉 潤いて林塘 密なり,衣 幹して枕席 清し。
堪えざるは老病を支えることに,何んぞ尚お浮名を得んとするや?
淺く把るは涓涓として酒あり,深く憑りて此の生を送る。



『水檻遣心二首』 現代語訳と訳註
(本文)
水檻遣心二首2 
蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。
不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。


(下し文)
(水檻にて心を遣る 二首)
蜀天は常夜【とこよ】の雨がふり,江檻は已に朝晴なり。
葉 潤いて林塘 密なり,衣 幹して枕席 清し。
堪えざるは老病を支えることに,何んぞ尚お浮名を得んとするや?
淺く把るは涓涓として酒あり,深く憑りて此の生を送る。


(現代語訳)
蜀のこの春の天候は毎日のように夜細雨が降る。起きて濯錦江の我が家の欄干のある川辺りに行ってみるとさわやかな朝晴れになっている。
夜雨は葉に潤いを与えてくれ、林から堤にかけて密集させてくれるのである。川べりの欄干の私の指定席は四季布も渇いていて寝転がったりする座席がきれいになっている。
今の問題点は年老いてきた持病だけが耐えられないことなのだ。元気になったからといってどうして世の中に名声を博すことなどどうして得ようと思うものか。
ここに座って、細く流れでるわずかばかりのお酒をわずかに啜るのである。ここで此の盃をかたむけることこそが私が生きていくことの中で深くよりどころとするものである。


(訳注)
水檻遣心二首其二 
前詩『江上值水如海勢聊短述』に見えた水檻に立ち、あたりをながめて隠棲生活をたのしむことをのべる。 
詩題の「水檻(すいかん)に心を遣(や)る」は、川に臨んだ欄干に寄りかかってあたりを眺めやるという意味で、草堂のから一年たった2月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く岸いっぱいに流れたのだ。
その位置では、草堂水檻を廻る変化を述べた。この詩は夜雨が降って雪解けを促進させ、草木に潤いを与えること、朝になれば晴れている。又今日もこの場所でいつの間にか盃を手にしている。


蜀天常夜雨,江檻已朝晴。
蜀のこの春の天候は毎日のように夜細雨が降る。起きて濯錦江の我が家の欄干のある川辺りに行ってみるとさわやかな朝晴れになっている。
・蜀天常夜雨 夜になるといつも雨が降る。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが、ここでは春水の原因となる適度な夜の春雨をkwっして強く吹くのではないことを云うためにこうした表現にしている。朝目覚めれば素敵な晴れが広がる。


葉潤林塘密,衣幹枕席清。
夜雨は葉に潤いを与えてくれ、林から堤にかけて密集させてくれるのである。川べりの欄干の私の指定席は四季布も渇いていて寝転がったりする座席がきれいになっている。
・林塘 林と堤。杜甫『卜居』で林と堤の幽遂なところに草堂を立てたのである。
浣花溪水水西頭,主人為卜林塘幽。
已知出郭少塵事,更有澄江銷客愁。
無數蜻蜓齊上下,一雙鸂鶒對沈浮。
東行萬裡堪乘興,須向山陰上小舟。


成都(1)浣花渓の草堂(2) 卜居 杜甫 <354>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1727 杜甫詩 700- 531

不堪支老病,何得尚浮名?
今の問題点は年老いてきた持病だけが耐えられないことなのだ。元気になったからといってどうして世の中に名声を博すことなどどうして得ようと思うものか。


淺把涓涓酒,深憑送此生。
ここに座って、細く流れでるわずかばかりのお酒をわずかに啜るのである。ここで此の盃をかたむけることこそが私が生きていくことの中で深くよりどころとするものである。
・涓涓 水が細く流れるさま。「涓涓源水,不雝不塞。」
・此生 世間。人々が生きてゆく世間