題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 14) 


2013年3月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩怨歌行 曹植 魏詩<53-#1>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2033
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原人 二段目 韓愈(韓退之) <117-2>Ⅱ中唐詩611 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2039
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 14)  杜甫 <419>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2040 杜甫詩1000-419-602/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集述祖徳詩 二首(2)其一 謝霊運<8> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2041 (03/09)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性感懷寄人 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-99-35-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2042
 
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題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 14)  杜甫 <419>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2040 杜甫詩1000-419-602/1500


詩 題:題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 14) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の419首目-#4 – 14
杜甫ブログ1500回予定の-602回目
新津県の北の橋のほとりの楼で県令の酒宴にあずかって「郊」の字を与えられ、それに応じて作った詩。


題新津北橋樓 得郊字
(新津の北橋に立つ城の樓閣にもようされた宴席において県令から与えられた「郊」の字を得てそれに応えて題した詩である。)
望極春城上,開筵近鳥巢。
春の城のそばから西嶺の際限なき遠望をはせる。高い樹木のうえに鳥の巣があり、そのそばに酒宴の筵を開かれる。
白花簷外朵,青柳檻前梢。
軒端のそとには清廉潔白な人であることを示す白い花が義を重んじる人であることを示すすっとした茎の上に咲いている。樓閣の欄干に届くかのように若くてこれから出世をして行く人だということ示す青柳は梢がみえる。
池水觀為政,廚煙覺遠庖。
治山治水の事業を確かになされているので池の水が清らかであり、県の政治も濁らぬことがみられるものである。家々の台所の煙がのぼるが良い治政がなされているから心配なく出せるのであり孟子の云う「君子遠庖廚也」のとおりである。
西川供客眼,惟有此江郊。
成都の西、都江の西にある蜀州にきた旅客のこの眼に供した素晴らしい地域である。ただ私はそのお手伝いも何もしていなくて、ここの都江のはずれにいるだけなのだ。

峨眉山003
(新津の北の橋楼に題す)
望 極まりて春城に上【ほと】り、筵を開くは鳥巣に近し。
白花 簷外【えんがい】の朵【だ】、青柳檻前の梢。
池水に為政を観て、厨煙に遠庖を覚ゆ。
西川客眼に供するは、惟此の江郊有り。


『題新津北橋樓』得郊字 現代語訳と訳註
(本文)
題新津北橋樓 得郊字
望極春城上,開筵近鳥巢。
白花簷外朵,青柳檻前梢。
池水觀為政,廚煙覺遠庖。
西川供客眼,惟有此江郊。


(下し文)
(新津の北の橋楼に題す)
望 極まりて春城に上【ほと】り、筵を開くは鳥巣に近し。
白花 簷外【えんがい】の朵【だ】、青柳檻前の梢。
池水に為政を観て、厨煙に遠庖を覚ゆ。
西川客眼に供するは、惟此の江郊有り。


(現代語訳)
(新津の北橋に立つ城の樓閣にもようされた宴席において県令から与えられた「郊」の字を得てそれに応えて題した詩である。)
春の城のそばから西嶺の際限なき遠望をはせる。高い樹木のうえに鳥の巣があり、そのそばに酒宴の筵を開かれる。
軒端のそとには清廉潔白な人であることを示す白い花が義を重んじる人であることを示すすっとした茎の上に咲いている。樓閣の欄干に届くかのように若くてこれから出世をして行く人だということ示す青柳は梢がみえる。
治山治水の事業を確かになされているので池の水が清らかであり、県の政治も濁らぬことがみられるものである。家々の台所の煙がのぼるが良い治政がなされているから心配なく出せるのであり孟子の云う「君子遠庖廚也」のとおりである。
成都の西、都江の西にある蜀州にきた旅客のこの眼に供した素晴らしい地域である。ただ私はそのお手伝いも何もしていなくて、ここの都江のはずれにいるだけなのだ。


(訳注)
題新津北橋棲
新津の北橋に立つ城の樓閣にもようされた宴席において県令から与えられた「郊」の字を得てそれに応えて題した詩である。
○新津 県の名、今は成都府に属するが、唐時代、蜀州に属し、司馬相如が酒屋で働いた臨邛【りんきょう】の街と峨眉、嘉州への分岐点の要衝のまちであった。成都の西南にあり、杜甫は持ち船で行き来したと思われる。
○橋楼 城郭の楼閣で橋のほとりにあったのであろう。
・杜甫はよほどこの宴席に列席できたことを喜んでいるのだろう。最大限の美辞麗句で県令に詩を酬いているのである。


望極春城上,開筵近鳥巢。
春の城のそばから西嶺の際限なき遠望をはせる。高い樹木のうえに鳥の巣があり、そのそばに酒宴の筵を開かれる。
○望極 はてしなく遠くをのぞむ。
○近鳥巢 場所が樹木の上にあって高いことをいう。
杜甫は必ず遠くのけしを眺めて次第に近くの景色を見るそしてその詩で謂いたい点にズームアップするという形がほとんどである。ここでも北の城楼の傍であるから蜀盆地を取り囲むまだ雪を残した連山、西嶺(西山)を望んだのである。
泛溪 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -8-#1)  杜甫 <394-#1 五言古詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1903 杜甫詩1000-394-575/1500

『出郭』
霜露晚淒淒,高天逐望低。
遠煙臨井上,斜景雪峰西。
故國猶兵馬,他鄉亦鼓鼙。
江城今夜客,還與舊烏啼。

出郭 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -9)  杜甫 <397 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1915 杜甫詩1000-397-578/1500


白花簷外朵,青柳檻前梢。
軒端のそとには清廉潔白な人であることを示す白い花が義を重んじる人であることを示すすっとした茎の上に咲いている。樓閣の欄干に届くかのように若くてこれから出世をして行く人だということ示す青柳は梢がみえる。
○白花 春の茎で数える白い花。今でいえば中リップ・ユリだろう。あるいは一本の枝に一つの花をつける感じであったのだろうか。梨や白梅ではない。清廉潔白な人であることをいう。
○簷外朵 建物の近くに花が植えられている。朵は花の茎を数える単位。義を重んじる人であることを示唆する語である。
○青柳 若くてこれから出世をして行く人だということ。


池水觀為政,廚煙覺遠庖。
治山治水の事業を確かになされているので池の水が清らかであり、県の政治も濁らぬことがみられるものである。家々の台所の煙がのぼるが良い治政がなされているから心配なく出せるのであり孟子の云う「君子遠庖廚也」のとおりである。
○池水 治山治水の事業をしていることを云う。
○觀為政 この時は県令が酒宴をひらいたのによって政治のことをいう、為政は政治の仕方をいう、観はその清いさまをみることをいう。
○廚煙 くりやのけむり。良い治政がなされているから台所の煙を心配なく出せるということ。治安が悪ければ、その地から逃げ出すので煙が出ないことを云う。
○遠庖 此の句は県令が君子の施政を行っていると讃えるもの。『孟子、梁恵王上』の「君子遠庖廚也」に基づく。
「齊宣王問曰、齊桓晉文之事可得聞乎、孟子對曰、仲尼之徒、無道桓文之事者、是以後世無傳焉、臣未之聞也、無以則王乎、曰、德何如則可以王矣、曰、保民而王、莫之能禦也、曰、若寡人者、可以保民乎哉、曰、可、曰、何由知吾可也、曰、臣聞之胡齕、曰、王坐於堂上、有牽牛而過堂下者、王見之、曰、牛何之、對曰、將以釁鐘、王曰、舍之、吾不忍其觳觫若無罪而就死地、對曰、然則廢釁鐘與、曰、何可廢也、以羊易之、不識有諸、曰、有之、曰、是心足以王矣、百姓皆以王為愛也、臣固知王之不忍也、王曰、然、誠有百姓者、齊國雖褊小、吾何愛一牛、即不忍其觳觫若無罪而就死地、故以羊易之也、曰、王無異於百姓之以王為愛也、以小易大、彼惡知之、王若隱其無罪而就死地、則牛羊何擇焉、王笑曰、是誠何心哉、我非愛其財而易之以羊也、宜乎百姓之謂我愛也、曰、無傷也、是乃仁術也、見牛未見羊也、君子之於禽獸也、見其生、不忍見其死、聞其聲、不忍食其肉、是以君子遠庖廚也
斉の宣王に「私如きものでも民を安んずるに足るか」と聞かれ、孟子は「王はいけにえに引かれていく牛を見て死地に行くのを忍びないが故に羊に代えたといいます。この牛を忍びざると思う心こそ、王者たるに足るものです。君子は生ける姿を見ればその死を目の当たりにするを忍びなくなるものです。故に君子は庖廚を遠ざくと謂うのです」と答えた。


西川供客眼,惟有此江郊。
成都の西、都江の西にある蜀州にきた旅客のこの眼に供した素晴らしい地域である。ただ私はそのお手伝いも何もしていなくて、ここの都江のはずれにいるだけなのだ。
○西川 蜀の西部をいう。都江堰(B-5/6)より成都方面(沱江・大江)と新津方面画へと分流する河川の主流、都江に面しているのが新津でその都江の西にあたる地方をいう。(地図参照、新津C-3
○客眼 旅客のまなこ、自己の眺望をいう。
○江郊 都江のはずれ(野はら)。

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