游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16) 
新津県の修覚寺にあそんで作った詩。上元二年の春の作
玄宗ゆかりの新津にわずかの間に何度も訪れ詩を残している。

760年冬


Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
美女篇 曹植 魏詩<54-#2>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67818246.html
Ⅱ中唐詩・晩唐詩●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
原人 韓愈(韓退之) <117-3>Ⅱ中唐詩612 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2044
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6336983.html
Ⅲ杜甫詩1000詩集●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16)  杜甫 <421>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2050 杜甫詩1000-421-604/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
隴西行 謝霊運<10> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2051 (03/11)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 ●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
訪趙煉師不遇 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-101-37  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2052
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首



游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16)  杜甫 <421>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2050 杜甫詩1000-421-604/1500

詩 題:游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の421首目-場面4 – 16
杜甫ブログ1500回予定の-604回目    
新津県の修覚寺にあそんで作った詩。上元二年の春の作
玄宗ゆかりの新津にわずかの間に何度も訪れ詩を残している。

760年冬


因崔五侍禦寄高彭州一絶 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -4)  <386 五言絶句 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1871 杜甫詩1000-386-567/1500

奉簡高三十五使君 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(3 -5)  杜甫 <387 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1875 杜甫詩1000-387-568/1500

和裴迪登新津寺寄王侍郎 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(3 -6)  杜甫 <388 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1879 杜甫詩1000-388-569/1500

贈蜀僧閭丘師兄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -7-#1)  杜甫 <389  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1883 杜甫詩1000-389-570/1500


7611


和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -18) <404 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1965 杜甫詩1000-404-587/1500

寄贈王十將軍承俊 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -19) <405 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1970 杜甫詩1000-405-588/1500

奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 1)  杜甫 <406 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1975 杜甫詩1000-406-589/1500


76123


題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 14)  杜甫 <419>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2040 杜甫詩1000-419-602/1500

暮登四安寺鐘樓寄裴十迪 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 15)  杜甫 <420>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2045 杜甫詩1000-420-603/1500

游修覺寺 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 16)  杜甫 <421>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2050 杜甫詩1000-421-604/1500

後遊 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 17)  杜甫 <422>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2055 杜甫詩1000-422-605/1500


游修覺寺 
野寺江天豁,山扉花竹幽。
この野外の寺には都江のうえをおおう天がひろがっている。山門の扉を中に入ると花咲き誇り、その後ろに竹やぶが奥深く静かな佇まいがあるのである。
詩應有神助,吾得及春遊。
佳気におおわれた玄宗ゆかりのここで詩を作れば鬼神の助けを得られることにこたえられるのだ。わたしはこのような幸せを得ることが出来、そのうえ春の遊びにまにあうことができたのである。
徑石相縈帶,川雲自去留。
近くにはうねった小道に石が処処に点在しいる。遠くのぞめば川上の雲が知らぬ間に消えてしまい、そして現れたりしている。
禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。
こんなけしきをながめるうちもはやお寺の樹の枝に巣に帰る時刻になったのだろう、多くの鳥がとまっている。玄宗皇帝もここに流転を経験され、当然私もそうで、時刻も暮れ、生涯も暮れてきて、帰ろうとすればうれいのこころが生ずるのである。


(修覚寺に遊ぶ)
野寺 江天 豁【かつ】なり 山扉 花 竹幽なり
詩 神助有るに応【こた】へ、吾 春遊に及ぶことを得る。 
径石【けいせき】相い縈帯【えいたい】し、川雲【せんうん】自ずから去留【きょりゅう】す。
禅枝【ぜんし】衆鳥 宿し、漂転 暮れて帰愁す


DCF00214写真はすべてイメージとして載せています。


『游修覺寺』 現代語訳と訳註
(本文)
游修覺寺 
野寺江天豁,山扉花竹幽。
詩應有神助,吾得及春遊。
徑石相縈帶,川雲自去留。
禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。


(下し文)
(修覚寺に遊ぶ)
野寺 江天 豁【かつ】なり 山扉 花 竹幽なり
詩 神助有るに応【こた】へ、吾 春遊に及ぶことを得る。 
径石【けいせき】相い縈帯【えいたい】し、川雲【せんうん】自ずから去留【きょりゅう】す。
禅枝【ぜんし】衆鳥 宿し、漂転 暮れて帰愁す。


(現代語訳)
この野外の寺には都江のうえをおおう天がひろがっている。山門の扉を中に入ると花咲き誇り、その後ろに竹やぶが奥深く静かな佇まいがあるのである。
佳気におおわれた玄宗ゆかりのここで詩を作れば鬼神の助けを得られることにこたえられるのだ。わたしはこのような幸せを得ることが出来、そのうえ春の遊びにまにあうことができたのである。
近くにはうねった小道に石が処処に点在しいる。遠くのぞめば川上の雲が知らぬ間に消えてしまい、そして現れたりしている。
こんなけしきをながめるうちもはやお寺の樹の枝に巣に帰る時刻になったのだろう、多くの鳥がとまっている。玄宗皇帝もここに流転を経験され、当然私もそうで、時刻も暮れ、生涯も暮れてきて、帰ろうとすればうれいのこころが生ずるのである。


(訳注)
游修覺寺 
○修覚寺
 現在、宝資山森林公園があるところ。新津県治の東南五里(3km)に修覚山があり、山に修覚寺がある。「新津」は四川省新津県(成都市から南西三〇キロ。「修覚寺」はその新津県の南、川向かいにある宝資山にあったお寺。歴史地図唐代天社山(現天幽山)は修覚寺の南にある。唐・玄宗皇帝が安史の乱で四川に逃れてきた際に訪れ、「修覚山」の三字を賜ったということで、玄宗を慕う杜甫は万感迫るものがあってたびたび新津を訪れた。

題新津北橋棲00
野寺江天豁,山扉花竹幽。
この野外の寺には都江のうえをおおう天がひろがっている。山門の扉を中に入ると花咲き誇り、その後ろに竹やぶが奥深く静かな佇まいがあるのである。
○野寺 谷のような窪地にあったもの。あまり高くない修覚山を背に立っていたのだろう。
○江 現在は岷江(当時は都江)


詩應有神助,吾得及春遊。
佳気におおわれた玄宗ゆかりのここで詩を作れば鬼神の助けを得られることにこたえられるのだ。わたしはこのような幸せを得ることが出来、そのうえ春の遊びにまにあうことができたのである。
○詩応二句 前句は玄宗皇帝の佳気をいただいての幸福感による詩に対する昂揚感を云い、風景のすぐれたことをいうものである。
・應 これを助字として「まさに~すべし」とする解説(岩波文庫 『杜詩』鈴木虎雄訳注P54)があるが間違い。この寺が玄宗ゆかりの寺であること、家臣であったものが皇帝の名を出せないのであること、などを考慮する必要があるにもかかわらず全くこれに触れられていない。ここは対句であり、「まさに~べし」ではなく、「応ずる」という動詞、下句の「得」ると対語となっていると考えるべきであろう。
○神助 鬼神のたすけ、即ち玄宗皇帝の佳気のたすけ。
○及春遊 「及」とはおいつく、まにあう。


徑石相縈帶,川雲自去留。
近くにはうねった小道に石が処処に点在しいる。遠くのぞめば川上の雲が知らぬ間に消えてしまい、そして現れたりしている。
○縈帶 帯のようにめぐる、紆余曲折したみちに処処に点点とあることをいう。この句も玄宗を連想させるものである。


禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。
こんなけしきをながめるうちもはやお寺の樹の枝に巣に帰る時刻になったのだろう、多くの鳥がとまっている。玄宗皇帝もここに流転を経験され、当然私もそうで、時刻も暮れ、生涯も暮れてきて、帰ろうとすればうれいのこころが生ずるのである。
○禪枝 寺の樹木の枝。
○漂転 漂泊流転の生涯。

駅亭の 隠遁

游修覺寺 
野寺江天豁,山扉花竹幽。
詩應有神助,吾得及春遊。
徑石相縈帶,川雲自去留。
禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。

(修覚寺に遊ぶ)
野寺 江天 豁【かつ】なり 山扉 花 竹幽なり
詩 神助有るに応【こた】へ、吾 春遊に及ぶことを得る。 
径石【けいせき】相い縈帯【えいたい】し、川雲【せんうん】自ずから去留【きょりゅう】す。
禅枝【ぜんし】衆鳥 宿し、漂転 暮れて帰愁す。