後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17)  玄宗ゆかりの地修覚寺で、重ねてあそんだ時の詩。

2013年3月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17)  杜甫 <422>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2055 杜甫詩1000-422-605/1500
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後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17)  杜甫 <422>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2055 杜甫詩1000-422-605/1500 

詩 題:後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の422首目-場面4 – 17
杜甫ブログ1500回予定の-605回目  

玄宗ゆかりの地修覚寺で、重ねてあそんだ時の詩。



後遊
寺憶曾遊處,橋憐再渡時。
玄宗皇帝の所縁のこの寺が私を待っていてくれる、先日もここの佳気の中で過ごした場所なのだ。橋を渡れば偲ばれるし、また今渡るのかと愛憐の情がおこる。
江山如有待,花柳更無私。
傍に横たう都江(岷江)や宝資山をみると自分がくるのを待っていてくれたようであり、花も柳も私心をもたずに私に其の美を賞玩させてくれる。(思い起こせば自分が玄宗にお仕えしている時の私心、二心の奸臣ばかりであった。)
野潤煙光簿,沙暄日色遲。
この広がる野は春の潤いをおびて霞み、柔らかな光に包まれている。渚の沙はあたたかになって來るし、陽射しも高く、時間がゆっくり過ぎて日の当たる時間が長くなる。
客愁全為減,捨此複何之?
華州で官を辞して飄蓬の旅人として愁いていたがここに來てここをながめ、佳気に触れたことにより吹っ切れたような気がする。こんな良いところをおいてはまたどこにゆこうか、ゆけるものではない。

(後 遊)
寺は憶する曾て遊の処、橋は憐れむ再渡の時。
江山 待つこと有るが如し、花柳 私無くを更にす。
野 潤いて煙光 薄く、沙 暄【あたたか】にして日色遲し。
客愁 全く為に減じ、此れを捨【お】きて複た何くにか之かん。

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『後遊』 現代語訳と訳註
(本文)

寺憶曾遊處,橋憐再渡時。
江山如有待,花柳更無私。
野潤煙光簿,沙暄日色遲。
客愁全為減,捨此複何之?


(下し文)
(後 遊)
寺は憶する曾て遊の処、橋は憐れむ再渡の時。
江山 待つこと有るが如し、花柳 私無くを更にす。
野 潤いて煙光 薄く、沙 暄【あたたか】にして日色遲し。
客愁 全く為に減じ、此れを捨【お】きて複た何くにか之かん。


(現代語訳)
玄宗皇帝の所縁のこの寺が私を待っていてくれる、先日もここの佳気の中で過ごした場所なのだ。橋を渡れば偲ばれるし、また今渡るのかと愛憐の情がおこる。
傍に横たう都江(岷江)や宝資山をみると自分がくるのを待っていてくれたようであり、花も柳も私心をもたずに私に其の美を賞玩させてくれる。(思い起こせば自分が玄宗にお仕えしている時の私心、二心の奸臣ばかりであった。)
この広がる野は春の潤いをおびて霞み、柔らかな光に包まれている。渚の沙はあたたかになって來るし、陽射しも高く、時間がゆっくり過ぎて日の当たる時間が長くなる。
華州で官を辞して飄蓬の旅人として愁いていたがここに來てここをながめ、佳気に触れたことにより吹っ切れたような気がする。こんな良いところをおいてはまたどこにゆこうか、ゆけるものではない。


(訳注)
後  遊
 :五言律詩
後遊のちのあそび。前詩に修覚寺の遊びを叙し、此の詩は後の再遊を叙する。
○修覚寺 現在、宝資山森林公園があるところ。新津県治の東南五里(3km)に修覚山があり、山に修覚寺がある。「新津」は四川省新津県(成都市から南西三〇キロ。「修覚寺」はその新津県の南、川向かいにある宝資山にあったお寺。歴史地図唐代天社山(現天幽山)は修覚寺の南にある。唐・玄宗皇帝が安史の乱で四川に逃れてきた際に訪れ、「修覚山」の三字を賜ったということで、玄宗を慕う杜甫は万感迫るものがあってたびたび新津を訪れた。


寺憶曾遊處,橋憐再渡時。
玄宗皇帝の所縁のこの寺が私を待っていてくれる、先日もここの佳気の中で過ごした場所なのだ。橋を渡れば偲ばれるし、また今渡るのかと愛憐の情がおこる。
○寺憶 吾を待つことをいう。この二句に玄宗への思慕の念を強く感じる。
 

江山如有待,花柳更無私。
傍に横たう都江(岷江)や宝資山をみると自分がくるのを待っていてくれたようであり、花も柳も私心をもたずに私に其の美を賞玩させてくれる。(思い起こせば自分が玄宗にお仕えしている時の私心、二心の奸臣ばかりであった。)
○無私 利己心がないこと、だれにでも其の美しさをかってにみせてやる。


野潤煙光簿,沙暄日色遲。
この広がる野は春の潤いをおびて霞み、柔らかな光に包まれている。渚の沙はあたたかになって來るし、陽射しも高く、時間がゆっくり過ぎて日の当たる時間が長くなる。
○この二句は抜群の表現力である。
○野潤
 潤は水蒸気をふくむことをいう。広がる野は春の潤いをおびている。
○煙光薄 いわゆる「はるぐもり」で気象がぼやけてみえることをいう。霞んでいて柔らかな光に包まれている。
○沙暄 春の日光が照らすので江辺の沙があたたかである。.暄腾 ふわふわ柔らかい.太陽の暖かさ寒暄時候のあいさつをする.暄暖暖かい.
〇日色遅 日の当たる時間が長くなることをいう、「遅」とは太陽の行くことがおそく感ぜられるをいう。
杜甫

『發秦州』「日色隱孤戍,烏啼滿城頭。」


王維『和賈舎人早朝大明宮之作』
絳幘雞人報暁籌、尚衣方進翠雲裘。
九天閶闔開宮殿、万国衣冠拝冕旒。
日色纔臨仙掌動、香煙欲傍袞龍浮。
朝罷須裁五色詔、佩声帰到鳳池頭。
絳幘【こうさく】の鶏人 暁籌【ぎょうちゅう】を報じ、尚衣【しょうい】方【まさ】に進む 翠雲の裘【きゅう】。
九天の閶闔(しょうこう) 宮殿を開き、万国の衣冠 冕旒【べんりゅう】を拝す
日色 纔【わず】かに仙掌【せんしょう】に臨んで動き、香煙 傍【そ】わんと欲して袞龍【こんりゅう】浮ぶ。
朝【ちょう】罷【や】んで須らく裁すべし 五色の詔、佩声【はいせい】は帰り到る 鳳池の頭【ひとり】。

和賈舎人早朝大明宮之作 王維 杜甫の「奉和賈至舍人早朝大明宮」に関連した詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 234

客愁全為減,捨此複何之?
華州で官を辞して飄蓬の旅人として愁いていたがここに來てここをながめ、佳気に触れたことにより吹っ切れたような気がする。こんな良いところをおいてはまたどこにゆこうか、ゆけるものではない。



游修覺寺 
野寺江天豁,山扉花竹幽。
詩應有神助,吾得及春遊。
徑石相縈帶,川雲自去留。
禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。
この野外の寺には都江のうえをおおう天がひろがっている。山門の扉を中に入ると花咲き誇り、その後ろに竹やぶが奥深く静かな佇まいがあるのである。
佳気におおわれた玄宗ゆかりのここで詩を作れば鬼神の助けを得られることにこたえられるのだ。わたしはこのような幸せを得ることが出来、そのうえ春の遊びにまにあうことができたのである。
近くにはうねった小道に石が処処に点在しいる。遠くのぞめば川上の雲が知らぬ間に消えてしまい、そして現れたりしている。
こんなけしきをながめるうちもはやお寺の樹の枝に巣に帰る時刻になったのだろう、多くの鳥がとまっている。玄宗皇帝もここに流転を経験され、当然私もそうで、時刻も暮れ、生涯も暮れてきて、帰ろうとすればうれいのこころが生ずるのである。

駅亭の 隠遁(修覚寺に遊ぶ)
野寺 江天 豁【かつ】なり 山扉 花 竹幽なり
詩 神助有るに応【こた】へ、吾 春遊に及ぶことを得る。 
径石【けいせき】相い縈帯【えいたい】し、川雲【せんうん】自ずから去留【きょりゅう】す。
禅枝【ぜんし】衆鳥 宿し、漂転 暮れて帰愁す。


後遊
寺憶曾遊處,橋憐再渡時。
江山如有待,花柳更無私。
野潤煙光簿,沙暄日色遲。
客愁全為減,捨此複何之?
玄宗皇帝の所縁のこの寺が私を待っていてくれる、先日もここの佳気の中で過ごした場所なのだ。橋を渡れば偲ばれるし、また今渡るのかと愛憐の情がおこる。
傍に横たう都江(岷江)や宝資山をみると自分がくるのを待っていてくれたようであり、花も柳も私心をもたずに私に其の美を賞玩させてくれる。(思い起こせば自分が玄宗にお仕えしている時の私心、二心の奸臣ばかりであった。)
この広がる野は春の潤いをおびて霞み、柔らかな光に包まれている。渚の沙はあたたかになって來るし、陽射しも高く、時間がゆっくり過ぎて日の当たる時間が長くなる。
華州で官を辞して飄蓬の旅人として愁いていたがここに來てここをながめ、佳気に触れたことにより吹っ切れたような気がする。こんな良いところをおいてはまたどこにゆこうか、ゆけるものではない。

(後 遊)
寺は憶する曾て遊の処、橋は憐れむ再渡の時。
江山 待つこと有るが如し、花柳 私無くを更にす。
野 潤いて煙光 薄く、沙 暄【あたたか】にして日色遲し。
客愁 全く為に減じ、此れを捨【お】きて複た何くにか之かん。