可惜 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 21) 


2013年3月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩陌上桑行 古詩・漢の無名氏 漢詩<55-#4> 女性詩705 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2073
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#1>Ⅱ中唐詩618 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2074
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集可惜 (惜しむ可し)杜甫 <426>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2075 杜甫詩1000-426-609/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初往新安桐盧口 謝霊運<15> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2076 (03/16)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性夏日山居 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-106-41-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2077
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


可惜 杜甫 <426>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2075 杜甫詩1000-426-609/1500


可惜 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 21)
詩 題:可惜 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 21) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の426首目-場面4 – 21
杜甫ブログ1500回予定の-609回目
老年に春にあったことをのべる。上元二年の作か。


成都2年目の律詩のシリーズ
DCF00055・春水
・江亭
・早起
・可惜
・落日
・獨酌
・徐步
・寒食
・石鏡
・琴台
・朝雨
・晚晴
・高楠
・惡樹


可惜
花飛有底急?老去願春遲。
花ははやく飛び散っているのはなんでそんなにあわてているのだろうか。こうして隠遁して、歳老いてゆく身にとっては春がゆっくりしていてくれるのをのぞんでいる。
可惜歡娛地,都非少壯時。
本来ならば春の行楽、おもしろおかしくすごすべき処のどこもかしこもであるが、少壮の時でなく老衰の時であるのが惜しいことだ。
寬心應是酒,遣興莫過詩。
今の身は心をくつろがせるものとしてはこれ、酒である。そして風流の興を満足させるには詩にこしたものはないのだ。
此意陶潛解,吾生後汝期。

この隠遁者の心持は陶淵明が理解していたのだ。私が生まれたのが彼より遅いのであるが彼の境地に達していないのではないだろうかと思っている。
(惜しむ可し)
花の飛ぶこと底【な】んの急か 有る、老い去っては春の遅きを願う。
惜しむ可し歓娯の地、都【すべ】て少壮の時に非ず。
心を寛【ゆる】うするは応に是れ酒なるべし、興を遣るは詩に過ぐるは莫し。
此の意 陶潜【とうせん】のみ解す、吾が生 汝が期に後れたり。

杜甫草堂01
『可惜』 現代語訳と訳註
(本文)
可惜
花飛有底急?老去願春遲。
可惜歡娛地,都非少壯時。
寬心應是酒,遣興莫過詩。
此意陶潛解,吾生後汝期。


(下し文) (惜しむ可し)
花は飛ぶこと底【な】んの急か有る、老い去っては春の遅からんことを願う。
惜しむ可し歓娯の地、都【すべ】て少壮の時に非ず。
心を寛【ゆる】うするは応に是れ酒なるべし、興を遣るは詩に過ぐるは莫し。
此の意陶潜【とうせん】解す、吾が生 汝が期に後る。


(現代語訳)
花ははやく飛び散っているのはなんでそんなにあわてているのだろうか。こうして隠遁して、歳老いてゆく身にとっては春がゆっくりしていてくれるのをのぞんでいる。
本来ならば春の行楽、おもしろおかしくすごすべき処のどこもかしこもであるが、少壮の時でなく老衰の時であるのが惜しいことだ。
今の身は心をくつろがせるものとしてはこれ、酒である。そして風流の興を満足させるには詩にこしたものはないのだ。
この隠遁者の心持は陶淵明が理解していたのだ。私が生まれたのが彼より遅いのであるが彼の境地に達していないのではないだろうかと思っている。


(訳注)
可惜

春3月の律詩シリーズ。


花飛有底急?老去願春遲。
花ははやく飛び散っているのはなんでそんなにあわてているのだろうか。こうして隠遁して、歳老いてゆく身にとっては春がゆっくりしていてくれるのをのぞんでいる。
○底 何に同じ、俗語である。なんでそんなにあわてているのか。
○春遅 遅とは早くすぎぬことをいう。隠遁者は春が過ぎていくのを惜しむということを強調するものである。


可惜歡娛地,都非少壯時。
本来ならば春の行楽、おもしろおかしくすごすべき処のどこもかしこもであるが、少壮の時でなく老衰の時であるのが惜しいことだ。
○歓娯地 うれしくたのしむべき場所。すなわち春をいう。
○都 前の句「歡娛地」のすべて。
○非少壮時 老年であることをいう。


寬心應是酒,遣興莫過詩。
今の身は心をくつろがせるものとしてはこれ、酒である。そして風流の興を満足させるには詩にこしたものはないのだ。
○寛心 心をくつろげる。
遣興 杜甫には「遣興」と題する詩のシリーズが22首ある。
遣興五首其一 杜甫 <235>遣興22首の⑧番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1154 杜甫特集700- 349

から

760年成都 遣意二首 杜甫 <253>遣興22首の21番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1205 杜甫特集700- 366

まで特集を組んで掲載している。


此意陶潛解,吾生後汝期。
この隠遁者の心持は陶淵明が理解していたのだ。私が生まれたのが彼より遅いのであるが彼の境地に達していないのではないだろうかと思っている。
○此意 詩酒によって自己を慰めることをさす。杜甫は、隠遁していることの共通点にひたっている。
○陶潛 陶淵明。末尾に概略を示す。
○解 さとる。
○吾生 自己の生まれたとき。
○汝期 汝は陶潜をさす、期は生存した時期。


陶淵明
陶 淵明(とう えんめい、365年(興寧3年) - 427年(元嘉3年)11月)は、中国魏晋南北朝時代、東晋末から南朝宋の文学者。字は元亮。または名は潜、字は淵明。死後友人からの諡にちなみ「靖節先生」、または自伝的作品「五柳先生伝」から「五柳先生」とも呼ばれる。潯陽柴桑(現江西省九江市)の人。郷里の田園に隠遁後、自ら農作業に従事しつつ、日常生活に即した詩文を多く残し、後世「隠逸詩人」「田園詩人」と呼ばれる。廬山の慧遠に師事した周続之、匡山に隠棲した劉遺民と「潯陽の三隠」と称された。 詩・散文を合わせて130余首が伝えられる。その中でも「田園詩」と呼ばれる、江南の田園風景を背景に、官吏としての世俗の生活に背を向け、いわゆる晴耕雨読の生活を主題とする一連の作品は、同時代および後世の人々から理想の隠逸生活の体現として高い評価を得た。隠逸への希求を主題とする作品は、陶淵明以前にも「招隠詩」「遊仙詩」などが存在し、陶淵明が生きた東晋の時代に一世を風靡した「玄言詩」の一部もそれに当てはまる。Wikipedia