朝雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 28) 
朝雨がさっと降りその後晴れてきて清々しい、気持ちのよう風が吹いて来て作った作。5月初めのころであろう。


2013年3月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#8>Ⅱ中唐詩625 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2109
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

朝雨 杜甫 <433>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2110 杜甫詩1000-433-616/1500


詩 題:朝雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 28) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の433首目-場面4 – 28
杜甫ブログ1500回予定の-616回目
朝雨がさっと降りその後晴れてきて清々しい、気持ちのよう風が吹いて来て作った作。5月初めのころであろう。


朝雨
涼氣曉蕭蕭,江雲亂眼飄。
起き掛けにひと雨が降って、その後、暁の空が晴れてきて、すずしいかぜがさあーっと吹いて来る。錦江や濯錦江の上の雲が目をかなり動かすほど激しく動いている。
風鴛藏近渚,雨燕集深條。
風が強いので鴛鴦が近くの渚に隠れてしまう。雨が好きなツバメは喜んで生い茂った木々の枝に集まっている。
黃綺終辭漢,巢由不見堯。
それはまるで商山に隠遁した四皓が「竟に漢の朝廷に職を辞して隠遁」して集まっているようであるし、許由巣父の故事のようにきれいな「水で汚れた耳を洗い」堯帝にまみえることがなかったことを鴛鴦がやっているのだろうか。
草堂樽酒在,幸得過清朝。

私の草堂には「清談をする酒」がありこれを愉しむのであり、幸いにして陶淵明が詠ったように「清澄な朝の凛とした空気」がそよぎ過ぎていくのを私にも与えてくれているのである。

朝雨
涼氣 曉に蕭蕭たり,江雲 亂れて眼飄す。
風鴛 近渚に藏れ,雨燕 深條に集う。
黃綺 終に漢を辭し,巢由 堯に見えず。
草堂 樽酒在,幸にして清朝を過るを得ん。



『朝雨』 現代語訳と訳註
(本文) 朝雨
涼氣曉蕭蕭,江雲亂眼飄。
風鴛藏近渚,雨燕集深條。
黃綺終辭漢,巢由不見堯。
草堂樽酒在,幸得過清朝。


(下し文)
(朝雨)
涼氣 曉に蕭蕭たり,江雲 亂れて眼飄す。
風鴛 近渚に藏れ,雨燕 深條に集う。
黃綺 終に漢を辭し,巢由 堯に見えず。
草堂 樽酒在,幸にして清朝を過るを得ん。


(現代語訳)
起き掛けにひと雨が降って、その後、暁の空が晴れてきて、すずしいかぜがさあーっと吹いて来る。錦江や濯錦江の上の雲が目をかなり動かすほど激しく動いている。
風が強いので鴛鴦が近くの渚に隠れてしまう。雨が好きなツバメは喜んで生い茂った木々の枝に集まっている。
それはまるで商山に隠遁した四皓が「竟に漢の朝廷に職を辞して隠遁」して集まっているようであるし、許由巣父の故事のようにきれいな「水で汚れた耳を洗い」堯帝にまみえることがなかったことを鴛鴦がやっているのだろうか。
私の草堂には「清談をする酒」がありこれを愉しむのであり、幸いにして陶淵明が詠ったように「清澄な朝の凛とした空気」がそよぎ過ぎていくのを私にも与えてくれているのである。


(訳注)
朝雨

朝雨がさっと降りその後晴れてきて清々しい、気持ちのよう風が吹いて来た。草堂前に立って機嫌の良い、いい感じの気持ちを述べたものである。鴛鴦が水遊びをしていて、ツバメが枝に集まっているのを見て故事になぞらえて詩を作った。杜甫が悦に入っている時の詩である。


涼氣曉蕭蕭,江雲亂眼飄。
起き掛けにひと雨が降って、その後、暁の空が晴れてきて、すずしいかぜがさあーっと吹いて来る。錦江や濯錦江の上の雲が目をかなり動かすほど激しく動いている。
・涼氣 涼しい空気。涼しい気配。《季語 夏》
・蕭蕭 風の吹く音。杜甫『秋雨嘆三首  其一』「雨中百草秋爛死、階下決明顏色鮮。
著葉滿枝翠羽蓋、開花無數黃金錢。
涼風蕭蕭吹汝急、恐汝後時難獨立。
堂上書生空白頭、臨風三嗅馨香泣。」
・この二句は上句の「涼氣」は庾肩吾「北園涼氣高。」に、下句の「亂眼飄」は庾信「涼花乱眼飄」と親子の句に基づいている。庾肩吾 庾肩吾は、武帝の第3子晋安王蕭綱(後の簡文帝)の国常侍・参軍をつとめた。 ... 時、当時の皇太子昭明太子蕭統に仕え、東宮講読に侍した。531年(中大通3年)4月、蕭統が早世する。7月に蕭綱が皇太子となると、父庾肩吾は東宮通事舎人に任じられた。
庾信(ゆ しん、513年(天監12年) - 581年(開皇元年))は、中国南北朝時代の文学者。字は子山。南陽郡新野の人。庾肩吾の子。南朝の梁に生まれ、前半生は皇太子蕭綱(後の簡文帝)配下の文人として活躍した。侯景の乱後の後半生は、やむなく北朝の北周に身を置くことになり、代表作「哀江南賦」をはじめ、江南を追慕する哀切な内容の作品を残した。

二羽のゆりかもめ
風鴛藏近渚,雨燕集深條。
風が強いので鴛鴦が近くの渚に隠れてしまう。雨が好きなツバメは喜んで生い茂った木々の枝に集まっている。


黃綺終辭漢,巢由不見堯。
それはまるで商山に隠遁した四皓が「竟に漢の朝廷に職を辞して隠遁」して集まっているようであるし、許由巣父の故事のようにきれいな「水で汚れた耳を洗い」堯帝にまみえることがなかったことを鴛鴦がやっているのだろうか。
黃綺終辭漢 商山の四皓の故事をツバメが繁った枝に集まっているのを比喩している。杜甫、孟浩然など多くの詩人は引用している
DCF00096中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。漢の高祖の時四人の老人があり秦の乱をさけでその山に隠れ芝を採ってくらした。中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。みな鬚眉(しゅび)が皓白(こうはく)の老人であったのでいう。商山の四皓はもと秦の博士であったが世のみだれたのにより山にかくれて採芝の歌をつくった。その歌は四言十句あって、「曄曄紫芝,可以疗飢。皇虞邈远,余将安歸」(曄曄たる紫芝、以て飢を療す可し。唐虞往きぬ、吾は当に安にか帰すべき。)の語がある。
・巢由不見堯 許由巣父の故事で、鴛鴦が渚で頭を水の中に突っ込む様子を云うものである
許由が潁水で耳のけがれを洗い落としているのを見た巣父が、そのような汚れた水は牛にも飲ませられないとして牛を連れて帰ったという、「荘子」逍遥遊・「史記」燕世家などにみえる故事。栄貴を忌み嫌うことのたとえ。また、その故事を描いた画題。
・許由 中国古代の三皇五帝時代の人と伝わる、伝説の隠者である。 伝説によれば、許由は陽城槐里の人でその人格の廉潔さは世に名高く、当時の堯帝がその噂を聞き彼に帝位を譲ろうと申し出るが、それを聞いた許由は箕山に隠れてしまう。○高士傳 『史記』「伯夷列伝第一」 に「甫謐高士傳云・・「許由字武仲。堯聞致天下而譲焉、乃退而遁於中嶽潁水陽、箕山之下隠。堯又召爲九州長、由不欲聞之、洗耳於穎水濱。」(皇甫謐『高士伝』に云ふ、許由、字は武仲。尭、天下を致して譲らんとするを聞き、乃ち退いて中嶽潁水の陽、箕山の下に遁れ隠る。尭、又た召して九州の長と為さんとす。由、之を聞くを欲せず、耳を潁水の浜に洗ふ。)


草堂樽酒在,幸得過清朝。
私の草堂には「清談をする酒」がありこれを愉しむのであり、幸いにして陶淵明が詠ったように「清澄な朝の凛とした空気」がそよぎ過ぎていくのを私にも与えてくれているのである。
・樽酒 竹林の七賢の故事に基づいている。酒を呑み、気心の知れた少数の人々と、清談と呼ばれる哲学論議を交わしたこと。杜甫は特に阮籍と嵆康についてよく例にとる。
・清朝 新鮮な(空気) ・ 清澄な(朝の空気) ・ 凛とした(朝の寒気)清々しい. 清清しい.。陶淵明の『和胡西曹示顧賊曹詩』「蕤賓五月中,清朝起南颸。」にもとづいている。