1170 1021江畔獨步尋花七絕句
江畔獨步尋花七絕句 其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 32) 
晩春の浣花渓での生活を詠う。


2013年3月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀(まとめ) 韓愈(韓退之) <119-#12>Ⅱ中唐詩629 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2129
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 杜甫 <437> 其一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2130 杜甫詩1000-437-620/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集遊南亭 謝霊運<26> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2131 (03/27)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 

江畔獨步尋花七絕句 杜甫 <437> 其一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2130 杜甫詩1000-437-620/1500


江畔獨步尋花七絕句 其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 32) 
詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 32) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の437首目-場面4 – 32
杜甫ブログ1500回予定の-620回目

江畔濁歩尋花七絶句(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句)
江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。
上元二年の晩春から夏の作である。

1
江畔濁歩尋花七絶句 之一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。

(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句の一) 
江上 花に被われ惱【なや】まされ徹せず,告訴【こくそ】する處無く只だ顛狂【てんきょう】す。
走りて南鄰の酒を愛す伴を覓むれども,旬を經て出飲し獨り空しく床す。


『江畔獨步尋花七絕句 之一』 現代語訳と訳註
桃園001(本文)
江畔濁歩尋花七絶句 之一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。


(下し文)
(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句の一) 
江上 花に被われ惱【なや】まされ徹せず,告訴【こくそ】する處無く只だ顛狂【てんきょう】す。
走りて南鄰の酒を愛す伴を覓むれども,旬を經て出飲し獨り空しく床す。


(現代語訳)
寒梅002浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。



(訳注)
江畔濁歩尋花七絶句 之一
 
江畔濁歩尋花七絶句(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句)
江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。
上元二年の晩春から夏の作である。その一は晩春の浣花渓での生活を詠う。


江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
・被花 杜甫はこの地を花に被われるところとしたかった。そして浣花渓と名付けた。
・惱不徹 花に被われて悩むこととは、せっかく花いっぱいにしたのに訪れる客がいない、即ち花を愛でて酒を呑むということが出来ないということだ。
・不徹 或は不尽ということで、花が咲いてその花で酒を呑むことで初志が貫徹できるのである。
・顛狂 真剣にそのことしか考えられないほど状態になること。狂は杜甫が使う場合精神病の意味とは違う。


走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。
・愛酒伴 酒を愛し、酒の友である。
・經旬 旬は月を三分割する10日間を云う。ここは10日間も過ぎて。
・空床 空いたままになっている寝台。
・南鄰 この南隣の酒好きの友について三首ある。襄陽の山濤のような隠遁者であった。この時の様子は杜甫1025『聞斛斯六官未歸』に別に述べている。ある解釈にはこの南の隣人が二人いるような解釈をしているもの有るが南の隣人は独りである。錦裡先生という表現は、「山濤」をもじっており、朱山人は隠遁者であることを云い、斛斯六官の斛斯融が本人をあらわす名前であろうと思う。三者、同一人物である。

DCF00055南鄰
錦裡先生烏角巾,園收芋栗未全貧。
慣看賓客兒童喜,得食階除鳥雀馴。
秋水纔深四五尺,野航恰受兩三人。
白沙翠竹江村暮,相送柴門月色新。

南鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -1)  <383  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1859 杜甫詩1000-383-564/1500

過南鄰朱山人水亭
相近竹参差、相通人不知。
幽花敬満樹、細水曲通池。
辟客村非違、残樽席吏移。
看君多道東、従此敷追随。

過南鄰朱山人水亭 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -2)  <384  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1863 杜甫詩1000-384-565/1500

聞斛斯六官未歸
故人南郡去,去索作碑錢。
本賣文為活,翻令室倒懸。
荊扉深蔓草,土銼冷寒煙。
老罷休無賴,歸來省醉眠。
聞斛斯六官未歸 杜甫 <456>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2225 杜甫詩1000-456-639/1500聞斛斯六官未歸 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5 - 12) 
残された家族は悲惨であることをのべる。杜甫も家族を羌村に残し長安に出ていた。その時に子供一人餓死させている。
杜甫『自京赴奉先縣詠懷五百字』第三段(#9~10)#9
老妻寄異縣,十口隔風雪。誰能久不顧?庶往共饑渴。
入門聞號啕,幼子餓已卒。吾寧舍一哀?裡巷亦嗚咽。
所愧為人父,無食致夭折。豈知秋禾登,貧窶有蒼卒。』

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 105 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-1