江畔獨步尋花七絕句 其五 杜甫


2013年3月31日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#4> 女性詩720 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2148
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第二段-#2 宋玉  <00-#4>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 633 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2149
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其五 成都浣花渓 杜甫 <441>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2150 杜甫詩1000-441-624/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集石門在永嘉 謝霊運<30> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2151 (03/31)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・・・因次其韻。-#3 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-121--#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2152
 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江畔獨步尋花七絕句 其五 成都浣花渓 杜甫 <441>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2150 杜甫詩1000-441-624/1500

江畔独歩尋花詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 36) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の441首目-場面4 – 36
杜甫ブログ1500回予定の-624回目

1
江畔濁歩尋花七絶句 之一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。

浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。

2江畔獨步尋花七絕句 其二
稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。
多くの花がさきあふれ、花びらが落ち始め、みだれた花蕊がむき出しになるものが出始める晩春の濯錦江のほとりをつつみかこんでいる、それをながめながらあるく自分の足つきは酒によってあぶなげであり、これでは酒をすすませる春をおそろしいものとおもう。
そうはいってもまだわたしは詩と酒に充分にこきつかわれているわけでもないし、十分存在かんをたもっているのである。まだまだ、この白髪のあたまの隠棲者を料理されるほどくたばってはいないのだ。(まだまだ飲めるぞ)

3江畔獨步尋花七絕句 其三 杜甫 
江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。

濯錦江のくびれは水面深く、竹林のしずけさをおとしている三軒の家がある。それなのになやまされる沢山の事が、今もこうして赤い花が咲き、白い花がさきほこるのである。
これに加えて春の暖かい光がここに降り注ぐところがあることを知るので、子ににも酬答えてやらねばいけないのである。だから春の新酒の美酒を用意してわが生涯における今のこのひと時を送ろうというのである。

4江畔獨步尋花七絕句 其四  
東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?
自分の家から東のかた少城をながめると花にいっぱい咲き、朝もやに包まれている。百か繚乱の向こうに高楼があり、そこからの景色がとても良くてうらやましく思われるものでだろう。
成都のまちではだれがそこへ満載した酒をもってきて金の新酒の甕壺を開き、美人たちをよんで花の宴のうつくしい筵で舞をさせて見せてくれるだろう。


5江畔獨步尋花七絕句 其五 
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?
そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ。

黄師 塔は 江水の東に前し、春光 懶困【らんこん】するも 微風に倚る。
桃花 一族 開けども 主無く、深紅を愛す可きや浅紅を愛すべきや。

杏00紅白花00
『江畔獨步尋花七絕句 之五』 現代語訳と訳註
(本文)
江畔獨步尋花七絕句 其五 
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?


(下し文)
黄師 塔は 江水の東に前し、春光 懶困【らんこん】するも 微風に倚る。
桃花 一族 開けども 主無く、深紅を愛す可きや浅紅を愛すべきや。


(現代語訳)
(江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。)
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ。


(訳注)
江畔獨步尋花七絕句 其五
 
江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。
上元二年の晩春から夏の作である。


黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
江畔独歩尋花○黃師塔 塔は塔に同じ、黄師塔とは黄姓の法師の墓である。其六の詩にも出て來ることからこの一角に黄という一族がいたのではなかろうか。解釈のイメージつくりに草堂からの市を設定してみる。この場合杜甫の自宅から位置決めをした。

○懶困
 だるいこと。春の陽気にけだるくなること。


桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?
そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ。
〇一簇 ひとむらがり。
○無主 黄某という村人が居ればその場所で酒を呑むのだ当時の寒食の習慣で、その時以来何度もとおって見て留守にしていてせっかく咲いている花がもったいないという意味である。
○可愛深紅愛淺紅 深紅を愛で、淺紅を愛でるべき。隠遁者、陶淵明になっている杜甫は花を口実に飲みたい気持ちを詠っているのである。春の花に浮かれた杜甫の姿を想像する詩である。