野望因過常少仙 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(5)) 

2013年4月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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野望因過常少仙  成都5-(5) 杜甫 <458>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2235 杜甫詩1000-458-641/1500


詩 題:野望因過常少仙 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(5)) 
作時 :761年 7・8月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の458首目-場面5-(5)
杜甫ブログ1500回予定の-641回目  
成都盆地の西、蜀の平野にあってながめる。ついでに常少仙のところへたちよったことをのべる。761年上元二年秋、青城にあっての作。


761年7・8・9月頃、青城縣での作
5-(4)赴青城縣出成都寄陶王二少尹
5-(5)野望因過常少仙
5-(6)寄杜位
5-(7)送韓十四江東省覲
5-(8)丈人山
5-(9)送裴五赴東川
5-(10)贈虞十五司馬


野望因過常少仙
野橋齊渡馬,秋望轉悠哉!
野川にかかる橋を馬をそろえてふたりでわたる。見渡せばすっかり秋景色になり、眺めは愈々はるか先まで見通せる世になっている。
竹覆青城合,江從灌口來。
青城への街道の交差している方を竹林がおおっていてとざされているように見える。郁江の水は都江堰の港口の方から流れてくる。
入村樵徑引,嘗果栗皺開。
彼の隠棲している村にはいる杣道に進むと、みちびかれてひとりでに居宅へつく。そこでは常君がもてなしてくれる粟の実を皮をむきたべる。
落盡高天日,幽人未遣回。

空が高い秋の日がはやく落ちて、もう日がくれてしまう。隠遁生活の静かな佇まいの中で、ここの主人はまだこのわたしを帰そうとはしない。

(野望因って常少仙に過る)
野橋斉【ひと】しく馬を渡し、秋望転【うた】た悠なる哉。
竹は青城を覆いて合し、江は灌口【かんこう】従り来たる。
村に入れば樵径引く、果を嘗めて粟皺【りつしゅう】開く。
落ち尽す高天の日、幽人未だ回らしめず


都江堰002








『野望因過常少仙』 現代語訳と訳註

(本文)
野橋齊渡馬,秋望轉悠哉!
竹覆青城合,江從灌口來。
入村樵徑引,嘗果栗皺開。
落盡高天日,幽人未遣回。


(下し文) (野望因って常少仙に過る)
野橋斉【ひと】しく馬を渡し、秋望転【うた】た悠なる哉。
竹は青城を覆いて合し、江は灌口【かんこう】従り来たる。
村に入れば樵径引く、果を嘗めて粟皺【りつしゅう】開く。
落ち尽す高天の日、幽人未だ回らしめず。


(現代語訳)
野川にかかる橋を馬をそろえてふたりでわたる。見渡せばすっかり秋景色になり、眺めは愈々はるか先まで見通せる世になっている。
青城への街道の交差している方を竹林がおおっていてとざされているように見える。郁江の水は都江堰の港口の方から流れてくる。
彼の隠棲している村にはいる杣道に進むと、みちびかれてひとりでに居宅へつく。そこでは常君がもてなしてくれる粟の実を皮をむきたべる。
空が高い秋の日がはやく落ちて、もう日がくれてしまう。隠遁生活の静かな佇まいの中で、ここの主人はまだこのわたしを帰そうとはしない。


(訳注)
野望因過常少仙

○野望 成都盆地の西、蜀の平野にあってながめる。ついでに常少仙のところへたちよったことをのべる。761年上元二年秋、青城にあっての作。
○因 そのついでに。
○常少仙 常徴君のことで、常は県の尉で任にないものである。県尉の敬称を少府といい、また漢の梅福が尉となり神仙となったのによって仙尉というのにより、少府仙尉を略して少仙といったものか。この地は道教の本拠地でその関係もあるもの。また、この時、杜甫は詩を詠むグループの集まりで青城に来ているこの詩を含めて同時期に7首詠んでいる。


野橋齊渡馬,秋望轉悠哉!
野川にかかる橋を馬をそろえてふたりでわたる。見渡せばすっかり秋景色になり、眺めは愈々はるか先まで見通せる世になっている。
・野橋 灌漑用水に渡せる橋であろう。
・轉悠哉 秋の空気により、背の高い草がなくなって見晴らしが良くなるということであろうか。


竹覆青城合,江從灌口來。
青城への街道の交差している方を竹林がおおっていてとざされているように見える。郁江の水は都江堰の港口の方から流れてくる。
○港口 現在の都江堰のこと。


入村樵徑引,嘗果栗皺開。
彼の隠棲している村にはいる杣道に進むと、みちびかれてひとりでに居宅へつく。そこでは常君がもてなしてくれる粟の実を皮をむきたべる。
○村 常少仙の隠棲している居地。
○引 こちらを手びきする。
○果 くだもの。
○粟敲 敏はしわ、或は薮に作るのがよいという、軟は皮のひび、いずれにしても粟の皮をいう、これは常少仙のもてなすもの。


落盡高天日,幽人未遣回。
空が高い秋の日がはやく落ちて、もう日がくれてしまう。隠遁生活の静かな佇まいの中で、ここの主人はまだこのわたしを帰そうとはしない。
○高天 あきのそらはたかい。
○幽人 幽静なすまいをしている人、すなわち幽は隠遁していること主人の常少仙は道教の隠者である。
孟浩然詩00