杜甫 《逢唐興劉主簿弟》 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(17)) 
この方とは開元末に別れてから、ずっと音信不通であった。
その頃は黄河下流域や淮河流域、長江の下流域の大江や山を互いに見たものだった。今その地は安史軍の支配下で安心して住むことのできないところである。


2013年4月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#3>文選 上 献詩 749 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2293
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#7 宋玉  <00-#33>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 662 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2294
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集逢唐興劉主簿弟 成都5-(17) 杜甫 <466>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2295 杜甫詩1000-466-653/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集入華子岡是麻源第三谷 謝霊運(康楽)<59> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2296 (04/29)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-150-22-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2297
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
逢唐興劉主簿弟  成都5-(17) 杜甫 <466>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2295 杜甫詩1000-466-653/1500

詩 題:逢唐興劉主簿弟 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5-(17)) 
作時761年9月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の466首目-場面5-(17)
杜甫ブログ1500回予定の-653回目   40752
五言律詩 卷二二六


逢唐興劉主簿弟
(劍南道北部)遂州、唐興の弟ぶんである劉主簿に逢う。
分手開元末,連年絕尺書。
この方とは開元末に別れてから、ずっと音信不通であった。
江山且相見,戎馬未安居。
その頃は黄河下流域や淮河流域、長江の下流域の大江や山を互いに見たものだった。今その地は安史軍の支配下で安心して住むことのできないところである。
劍外官人冷,關中驛騎疏。
剣門を越えて吐蕃国境辺りでは季節も寒くなり官の人たちも冷えている。都の関中はというと駅伝が難しく、馬さえも少なくなってしまったという。
扁舟下吳會,主簿意何如?

木の葉のような小さな船で呉越、会稽の方に長江を下って行かれる長い旅である。劉主簿はその懐かしい地方に向かうのに、どのような心境でおられるのであろうか。

(唐興の劉主簿弟に逢う)
分手しは開元の末なり,連年 尺書を絕つ。
江山 且て相い見る,戎馬 未だ居を安んぜず。
劍外 官人の冷,關中 驛騎の疏。
扁舟 吳會に下り,主簿 意 何如ん?



『逢唐興劉主簿弟』 現代語訳と訳註
(本文)
逢唐興劉主簿弟
分手開元末,連年絕尺書。
江山且相見,戎馬未安居。
劍外官人冷,關中驛騎疏。
扁舟下吳會,主簿意何如?


(下し文)
唐興の劉主簿弟に逢う
分手しは開元の末なり,連年 尺書を絕つ。
江山 且て相い見る,戎馬 未だ居を安んぜず。
劍外 官人の冷,關中 驛騎の疏。
扁舟 吳會に下り,主簿 意 何如ん?


(現代語訳)
(劍南道北部)遂州、唐興の弟ぶんである劉主簿に逢う。
この方とは開元末に別れてから、ずっと音信不通であった。
その頃は黄河下流域や淮河流域、長江の下流域の大江や山を互いに見たものだった。今その地は安史軍の支配下で安心して住むことのできないところである。
剣門を越えて吐蕃国境辺りでは季節も寒くなり官の人たちも冷えている。都の関中はというと駅伝が難しく、馬さえも少なくなってしまったという。
木の葉のような小さな船で呉越、会稽の方に長江を下って行かれる長い旅である。劉主簿はその懐かしい地方に向かうのに、どのような心境でおられるのであろうか。


(訳注)
逢唐興劉主簿弟

 (劍南道北部)遂州、唐興の弟ぶんである劉主簿に逢う。
・唐興 劍南道北部 遂州 唐興下地図fg-2・3)
・劉主簿弟 呉越、斉趙に遊んでいたころの知人であろう。開元末に別れているから、李白と旅をした時より以前の知人ということになる。洛陽での幼馴染というところか。

成都遂州00












分手開元末,連年絕尺書。
この方とは開元末に別れてから、ずっと音信不通であった。
・分手 袂を分かつ。人と別れること。
・開元末 開元(713~741) 杜甫2歳から30歳まで(洛陽)20~30歳はほとんど呉越、斉趙に遊んでいた。
・連年 音信不通の期間を云う。
・尺書 手紙。


江山且相見,戎馬未安居。
その頃は黄河下流域や淮河流域、長江の下流域の大江や山を互いに見たものだった。今その地は安史軍の支配下で安心して住むことのできないところである。
・江山 20年以上前に一緒に見て歩いた香が、淮河、長江、泰山、天台山、黄山などを云う。
・相見 互いに見て歩く。ここは尾聯の「吳會」についてそれぞれにとって懐かしいという思いを込めての表現である。
・戎馬 ここは宣城を意味する、安史軍支配地域が衰えていないことで戦争状態が続いていることをいう。
・安居 蜀州から遂州に向かう途中にある縣。ただここっでは戎馬によって安住の地がないという意味。


劍外官人冷,關中驛騎疏。
剣門を越えて吐蕃国境辺りでは季節も寒くなり官の人たちも冷えている。都の関中はというと駅伝が難しく、馬さえも少なくなってしまったという。
・劍外 杜甫『恨別』
洛城一別四千裡,胡騎長驅五六年。
草木變衰行劍外,兵戈阻絕老江邊。
思家步月清宵立,憶弟看雲白日眠。
聞道河陽近乘勝,司徒急為破幽燕。
・官人 剣南道は吐蕃の脅威に怯えている。安史軍に怯えて旅をしないため寂しくなった関中の駅伝の馬と対語である。
・冷 季節的に寒いということと平穏な民間人に比較して官人は吐蕃国境であるため冷たい思いをしている。
・關中 函谷関の西側の地域を指す。現在の中国陝西省渭水盆地(同・渭河平原)の西安を中心とした一帯である。春秋戦国時代の秦の領地であり、その後の前漢や唐もこの地に首都を置いた。
・驛騎 宿場の馬。駅伝。
・疏 駅伝がうとくなる。冷と対語。


扁舟下吳會,主簿意何如?
木の葉のような小さな船で呉越、会稽の方に長江を下って行かれる長い旅である。劉主簿はその懐かしい地方に向かうのに、どのような心境でおられるのであろうか。
・扁舟 長江という大河の中に浮ぶ船という意味で、多くの詩人が呉越を詠う場合に長江大きさと旅人の小ささを描く際に使う。。
杜甫『夜宴左氏荘』「詩罷聞呉詠、扁舟意不忘。」(宴席で詩を作って読み上げおわると、江南の音調でこの詩を詠う者がいた、その音調を聞いたら自分が小船で呉越に遊歴した当時のことを思い出されて忘れることはない。)○詩罷 席上で、詩をつくりおわること。○呉詠 呉は今の江蘇省地方、呉詠とは江南の音調で詩をうたうこと。○扁舟 小さくひらべたい舟。これは開元十九年、作者が年二十歳にして、呉越に遊んだことを憶いおこした
夜宴左氏荘 杜甫

『送裴二虬尉永嘉』「扁舟吾已僦,把釣待秋風。

送裴二虬尉永嘉  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 78

・下 長江の下流に向かって下っていく。
・吳會 呉越地方の謂い廻しで呉と会稽ということでおなじちほうをいみしている。
・主簿 劉主簿のこと。
・意 劉主簿の心情。
・何如 思いはいかん。
(1) どのようであるか,どうか。你来做一下,何如?君がやるというのはどうだね。
(2) どんな 何如人どんな人.
(3)…するほうがよいではないか。与其你来,何如我去君が来るより私がそちらに行くほうがよいのでは。