所思 (思う所あり) 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂
わたしは荊州の酔ばらいの崔漪司馬のことを非常におもうのである。彼は罰せられ、流されているため、そこではきまっていつも樽の酒をひらいているだろう。九江、洞庭地方に日が落ちると、彼はどこで飲み、酔いをさますのか。道教の一柱観などで彼は何遍も酔ってねむっていたことか。


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所思 七言律詩 成都5-(32) 杜甫 <480>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2370 杜甫詩1000-480-668/1500


詩 題:所思  七言律詩 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂 
所思 卷一○(二)八二一
作時:761年11・12月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の480首目-場面5-(32)
杜甫ブログ1500回予定の-668回目
心中思う所の人のあることをいう。上元二年の作。


所思 (原注:崔吏部漪)
(朝廷で一緒に机を並べた人のことを思い出して作る。心中に思う所、粛宗の疑り深い性格、それに宦官の讒言などを思い出して、人のことをいう。)
苦憶荊州醉司馬,謫官樽酒定常開。
わたしは荊州の酔ばらいの崔漪司馬のことを非常におもうのである。彼は罰せられ、流されているため、そこではきまっていつも樽の酒をひらいているだろう。
九江日落醒何處,一柱觀頭眠幾回?
九江、洞庭地方に日が落ちると、彼はどこで飲み、酔いをさますのか。道教の一柱観などで彼は何遍も酔ってねむっていたことか。
可憐懷抱向人盡,欲問平安無使來。
こうして彼に向かっての心持は、かくすところなくすべてはきだして、憐れに思うところである。それで彼の平安であるかどうかを問いたくおもうのだが、彼の方からは使いがこないのである。
故憑錦水將霜淚,好過瞿唐灩澦堆。

しかたがないから、わたしはこの錦江の水でもって我が両眼の涙をもっていってもらおうとおもうのである、どうかこの水が無事に瞿塘峡、灩預堆の難場所をとおってくれるようにいのるのである。
(思う所あり)
苦だ憶う荊州の酔司馬、謫官【たくかん】樽酒定めて常に開かん。
九江 日落ちて醒【さ】むる何れの処ぞ、一柱 観頭【かんとう】眠ること幾回ぞ。
憐れむ可し 懐抱【かいほう】人に向かって尽す、平安を問わんと欲すれども使いの来たる無し。
故に錦水に憑りて双涙【そうるい】を将【も】ちゆかしむ、好し過ぎよ瞿唐【くとう】灩澦堆【よんよたい】。


『所思』 現代語訳と訳註
(本文)

苦憶荊州醉司馬,謫官樽酒定常開。
九江日落醒何處,一柱觀頭眠幾回?
可憐懷抱向人盡,欲問平安無使來。
故憑錦水將霜淚,好過瞿唐灩澦堆。


(下し文) (思う所あり)
苦だ憶う荊州の酔司馬、謫官【たくかん】樽酒定めて常に開かん。
九江 日落ちて醒【さ】むる何れの処ぞ、一柱 観頭【かんとう】眠ること幾回ぞ。
憐れむ可し 懐抱【かいほう】人に向かって尽す、平安を問わんと欲すれども使いの来たる無し。
故に錦水に憑りて双涙【そうるい】を将【も】ちゆかしむ、好し過ぎよ瞿唐【くとう】灩澦堆【よんよたい】。


(現代語訳)
(朝廷で一緒に机を並べた人のことを思い出して作る。心中に思う所、粛宗の疑り深い性格、それに宦官の讒言などを思い出して、人のことをいう。)
わたしは荊州の酔ばらいの崔漪司馬のことを非常におもうのである。彼は罰せられ、流されているため、そこではきまっていつも樽の酒をひらいているだろう。
九江、洞庭地方に日が落ちると、彼はどこで飲み、酔いをさますのか。道教の一柱観などで彼は何遍も酔ってねむっていたことか。
こうして彼に向かっての心持は、かくすところなくすべてはきだして、憐れに思うところである。それで彼の平安であるかどうかを問いたくおもうのだが、彼の方からは使いがこないのである。
しかたがないから、わたしはこの錦江の水でもって我が両眼の涙をもっていってもらおうとおもうのである、どうかこの水が無事に瞿塘峡、灩預堆の難場所をとおってくれるようにいのるのである。

浮桟橋00
(訳注)
所思

朝廷で一緒に机を並べた人のことを思い出して作る。心中に思う所、粛宗の疑り深い性格、それに宦官の讒言などを思い出して、人のことをいう。


苦憶荊州醉司馬,謫官樽酒定常開。
わたしは荊州の酔ばらいの崔漪司馬のことを非常におもうのである。彼は罰せられ、流されているため、そこではきまっていつも樽の酒をひらいているだろう。
○荊州 現在の湖北省の一帯に相当し、楚の古名でもある。長江の中流に位置する港湾都市である。 かつて荊州と呼ばれた地方の一部で、当時の中心都市・江陵は現在荊州市内に「荊州古城」として残っている。
○酔司馬 原注に、吏部の某官であった崔漪をいう、漪は平涼節度使杜鴻漸の判官としてかつて粛宗の中興について、謀る所があったということで、のち吏部におとされ、さらに荊州へ司馬としてながされたものとされる。酔とは酒好きでいつも酔っていることをさす。
○謫官 罪せられながされた官吏。

九江日落醒何處,一柱觀頭眠幾回?
九江、洞庭地方に日が落ちると、彼はどこで飲み、酔いをさますのか。道教の一柱観などで彼は何遍も酔ってねむっていたことか。
○九江 九江、洞庭地方のことであろう、洞庭には沅・漸・元・辰・叙・酉・灃・資・湘の九水が流入、合流する。
○醒 さめることであるが、さめるのは酔後のことであるから、詩では酔う状態のことをいうのである。
〇一柱観 松滋県の東、丘家湖の中にあるという。むかし宋の臨川王劉義慶が、荊州の長官であったとき羅公洲に大きな道観を立ててただ一本の柱を用いたという、荊州の名所をあげたものである。


可憐懷抱向人盡,欲問平安無使來。
こうして彼に向かっての心持は、かくすところなくすべてはきだして、憐れに思うところである。それで彼の平安であるかどうかを問いたくおもうのだが、彼の方からは使いがこないのである。
○懐抱 杜甫がおもいいだくこと。こころ。
〇人 司馬をさすのであろう、或はいう向人とは他人にむかって崔の消息をとうことであるとも考えられる。


故憑錦水將雙淚,好過瞿塘灩預堆。
しかたがないから、わたしはこの錦江の水でもって我が両眼の涙をもっていってもらおうとおもうのである、どうかこの水が無事に瞿塘峡、灩預堆の難場所をとおってくれるようにいのるのである。
○錦水 錦江をいう。
○将 もちゆかせること。
○双涙 左右の眼からでるなみだ。
○瞿塘灩預堆 瞿塘は峡の名、四川省夔州府にある。その峡口に灩預石がある、唯は石のこと、その石が水量を示す標準となる、「灩預堆が馬ぐらいに見えるのであれば、瞿塘峡を下ってはいけないし、灩預堆が象の大きさに見えるのであれば瞿塘峡を昇ることはできない」の語がある。

美女画55101道観

荊州について
荊州は中華人民共和国にかつて設置された州。現在の湖北省の一帯に相当し、楚の古名でもある。
戦国末期、秦荘襄王(子楚)の諱を避けて、秦が楚を「荊」と改称したのが地名の始まりである。
漢代 前105年(元封5年)、前漢により全国を13州に分割した際、荊州が設置された。その管轄範囲は現在の河南省南陽市から湖北省、湖南省善意区を管轄していた。
後漢になると荊州は南陽郡、南郡、江夏郡、長沙郡、桂陽郡、武陵郡、零陵郡の7郡を管轄していた。
魏晋南北朝時代 [208年(建安13年)の赤壁の戦い後、荊州は北部の南陽郡及び南郡は曹操、中南部は劉備及び孫権により分割された。曹操は南郡、南陽郡より襄陽郡、南郷郡を設置、南郡、零陵、武陵は劉備に、江夏、桂陽、長沙は孫権に、南陽、襄陽、南郷の各郡は曹操により分割され、それぞれが3郡を支配したことより「荊襄九郡」と称されることとなった。
219年(建安24年)、荊州牧であった劉備の守将・関羽が曹操・孫権により滅ぼされると荊州は曹操と孫権により二分割された。三国時代、魏の荊州は南陽郡、江夏郡、襄陽郡、南郷郡、新城郡、上庸郡、魏興郡の7郡を管轄、呉の荊州は南郡、江夏郡、長沙郡、湘東郡、桂陽郡、臨賀郡、零陵郡、衡陽郡、武陵郡、建平郡、宜都郡の11郡を管轄した。
西晋が成立すると荊州は州治が襄陽県に設置され下部に23県を管轄した。
南北朝時代になると州数は増加傾向があったが、その管轄区域は縮小している。南朝宋は荊州の州治を襄陽郡としたが、斉により南郡、北魏により山北郡に遷されている。
隋代 [隋朝が梁を滅ぼすと荊州を設置、3郡7県を管轄した607年(大業3年)、郡制施行に伴い荊州は南郡と改称され下部に10県を管轄した。


所思
苦憶荊州醉司馬,謫官樽酒定常開。
九江日落醒何處,一柱觀頭眠幾回?
可憐懷抱向人盡,欲問平安無使來。
故憑錦水將霜淚,好過瞿唐灩澦堆。