杜甫 《野望》七言律詩 成都(5部)浣花渓の草堂
遠くには西連峰の山々が白雪をいただくあたりに三城の要塞が見える。近くには成都、南の清らかな錦江の川浦があり、あの万里橋が見える。


2013年5月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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野望 七言律詩 成都5-(35) 杜甫 <460>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2385 杜甫詩1000-460-671/1500


詩 題:野望 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5-(35)) 
作時:762年1・2月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の460首目-場面5-(35)杜甫ブログ1500回予定の-671回目 
野外にでてながめたときの感じをのべる。宝応元年成都草堂にあっての作。


野  望
西山白雪三城戍,南浦清江萬裡橋。
遠くには西連峰の山々が白雪をいただくあたりに三城の要塞が見える。近くには成都、南の清らかな錦江の川浦があり、あの万里橋が見える。
海內風塵諸弟隔,天涯涕淚一身遙。
いま天下には兵馬のちりを巻き起こす兵乱がうちつづくなか弟たちは遠く隔たっている。私は天の果て遙かにひとりさまよって涙をこぼし、喘ぐのである。
惟將遲暮供多病,未有涓埃答聖朝。
私はここで晩年を多年の病に向ってささげているばかりである。まだつゆちりほども聖天子の御恩に報いたてまつったことはないのである。
跨馬出郊時極目,不堪人事日蕭條!
家を出て馬にまたがって成都の西郊外に、時時はるかに眺めわたしてみる。人間についての消息が日日にさびしくすがれていくのに堪えられぬ思いだ。

(野 望)
西山の白雪三城の戍【まもり】、南浦 清江の万里橋。
海内【かいだい】の風塵【ふうじん】に諸弟隔たり、天涯【てんがい】涕涙【ているい】一身 逢かなり。
惟 遅碁【ちぼ】を将て多病に供す、未だ涓埃【けんあい】の聖朝に答うる有らず。
馬に跨り郊を出で時に目を極むれば、堪えず人事の日とに粛条【しょうじょう】たるに。

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『野  望』 現代語訳と訳註
(本文)

西山白雪三城戍,南浦清江萬裡橋。
海內風塵諸弟隔,天涯涕淚一身遙。
惟將遲暮供多病,未有涓埃答聖朝。
跨馬出郊時極目,不堪人事日蕭條!


(下し文)
(野 望)
西山の白雪三城の戍【まもり】、南浦 清江の万里橋。
海内【かいだい】の風塵【ふうじん】に諸弟隔たり、天涯【てんがい】涕涙【ているい】一身 逢かなり。
惟 遅碁【ちぼ】を将て多病に供す、未だ涓埃【けんあい】の聖朝に答うる有らず。
馬に跨り郊を出で時に目を極むれば、堪えず人事の日とに粛条【しょうじょう】たるに。


(現代語訳)
遠くには西連峰の山々が白雪をいただくあたりに三城の要塞が見える。近くには成都、南の清らかな錦江の川浦があり、あの万里橋が見える。
いま天下には兵馬のちりを巻き起こす兵乱がうちつづくなか弟たちは遠く隔たっている。私は天の果て遙かにひとりさまよって涙をこぼし、喘ぐのである。
私はここで晩年を多年の病に向ってささげているばかりである。まだつゆちりほども聖天子の御恩に報いたてまつったことはないのである。
家を出て馬にまたがって成都の西郊外に、時時はるかに眺めわたしてみる。人間についての消息が日日にさびしくすがれていくのに堪えられぬ思いだ。


成都関連地図 00
(訳注)
野望

○寶応元年(七六二年)、五十一歳のとき、成都での作。「唐詩選」にもとられている。
○野望 原野にあって眺望する。




西山白雪三城戍,南浦清江萬裡橋。
遠くには西連峰の山々が白雪をいただくあたりに三城の要塞が見える。近くには成都、南の清らかな錦江の川浦があり、あの万里橋が見える。
○西山 雪嶺をいう。
〇三城 松・維・保の三州の城、吐蕃の侵入に対する備えのしろである。648年に都護府を設置している。
○戍 兵をとどめてまもる。
○南浦 浣花渓は成都の南にあたる。
○清江 水のきよいかわ、錦江をいう。
〇万豊橋 草堂の東にある。<万里橋>(ぽんりきょう)
 成都市の市街南部、錦江に架かる。かつて船に乗って東航するときの起点であった。三国時代に蜀の費キ(?~253)が呉に使者として赴くさい、諸葛孔明(181~234)がここまで見送ってくると、費キが「万里の行も此の橋より始まる」といったのにちなみ、「長星橋」から「万里橋」に改名されたとされる。現在は更に改名され「老南門大橋」となっている。


海內風塵諸弟隔,天涯涕淚一身遙。
いま天下には兵馬のちりを巻き起こす兵乱がうちつづくなか弟たちは遠く隔たっている。私は天の果て遙かにひとりさまよって涙をこぼし、喘ぐのである。
○海内 天下。地の果てには崖下に四海がある。
○風塵 兵馬のちりをいう。
○諸弟隔 弟たちは洛陽其の他にある。
○沸涙 自己なみだをもよおすことをいう。
〇一身 自己単独のからだ。


惟將遲暮供多病,未有涓埃答聖朝。
私はここで晩年を多年の病に向ってささげているばかりである。まだつゆちりほども聖天子の御恩に報いたてまつったことはないのである。
○遅暮 晩年をいう。
○涓埃 ひとしずく、ほこり、少しばかりをいう。
○聖朝 聖朝の恩沢をいう。


跨馬出郊時極目,不堪人事日蕭條!
家を出て馬にまたがって成都の西郊外に、時時はるかに眺めわたしてみる。人間についての消息が日日にさびしくすがれていくのに堪えられぬ思いだ。
○郊 西郊。
○極目 十分目をはせてながめる。
○人事 民情のこと、兵乱のために人民が多く凋倣する。
○粛条 さびしいさま。