杜甫《王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到》

みれば濯錦江の鸛がこみちにあたったところで巧みに水浴みしており、となりの鷄もまた低いかきねをこしてこちらへやってくる。繍衣を着ている王侍御、あなたははてづくりの酒をもってくることをたびたびわたしに約束したし、くろいろの車蓋にのっている高適君もわたしのうちへ野梅を折りにくることを忘れることはなかろう。

2013年5月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到  七言律詩 成都5-(38) 杜甫 <463>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2400 杜甫詩1000-463-674/1500


詩 題:王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到 七言律詩 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5-(38)) 
作時:761年上元二年12月杜甫50歳 
作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)  草堂、西郭茅舍     
交遊人物/地點: 王掄 當地交遊(劍南道北部 益州 成都)
高適 當地交遊(劍南道北部 益州 成都)
掲 載; 杜甫1000首の463首目-場面5-(38)
杜甫ブログ:1500回予定の-674回目
侍御史王掄が酒をもって草堂へくることを承諾していたのについて、此の詩をやり、高適をもついでに呼んで一緒にきてもらいたいといって作った詩。上元二年冬成都での作。


王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到
(侍御史王掄が酒をもって草堂へくることを承諾していたのについて、此の詩をやり、高適をもついでに呼んで一緒にきてもらいたいといって作った詩。)
老夫臥穩朝慵起,白屋寒多暖始開。
わたしはおだやかに臥ていられるので朝は起きるのがめんどうでしかたがない、この白い茅葺の家屋は寒いことが多いから、日がのぼってあたたかになってからやっと開きはじまるのである。
江鸛巧當幽徑沿,鄰雞還過短牆來。
みれば濯錦江の鸛がこみちにあたったところで巧みに水浴みしており、となりの鷄もまた低いかきねをこしてこちらへやってくる。
繡衣屢許攜家醞,皂蓋能忘折野梅?
繍衣を着ている王侍御、あなたははてづくりの酒をもってくることをたびたびわたしに約束したし、くろいろの車蓋にのっている高適君もわたしのうちへ野梅を折りにくることを忘れることはなかろう。
戲假霜威促山簡,須成一醉習池回。

これはたわむれのことながらどうか御史の御威光をかりて山簡ともいうべき高適君をうながして、わたしのところで一酔して習池のあたりをめぐるべきではないでしょうか。

(王十七侍御掄、酒を携えて草堂に至るを許す。此の詩寄せ奉り、便ち高三十五使君を邀えて同じく到らんことを請う)
老夫臥穏【がおん】にして朝起きるに慵【ものう】し、白屋寒多くして暖にして始めて開く。
江鶴【こうかく】巧みに幽径【ゆうけい】に当たって浴す、
隣鷄【りんけい】還た短牆【たんしょう】を過ぎ来たる。
繍衣【しゅうい】屡【しばし】ば許す家醞【かうん】を携うるを、【皂蓋そうがい】能く忘れんや野梅【やばい】を折ることを。
戯れに霜威【そうい】を仮りて山簡を促し、須【すべか】らく一酔を成して習池【しゅうち】を過るべし。

桃園001

『王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到』 現代語訳と訳註
(本文)

老夫臥穩朝慵起,白屋寒多暖始開。
江鸛巧當幽徑沿,鄰雞還過短牆來。
繡衣屢許攜家醞,皂蓋能忘折野梅?
戲假霜威促山簡,須成一醉習池回。


(下し文)
(王十七侍御掄、酒を携えて草堂に至るを許す。此の詩寄せ奉り、便ち高三十五使君を邀えて同じく到らんことを請う)
老夫臥穏【がおん】にして朝起きるに慵【ものう】し、白屋寒多くして暖にして始めて開く。
江鶴【こうかく】巧みに幽径【ゆうけい】に当たって浴す、
隣鷄【りんけい】還た短牆【たんしょう】を過ぎ来たる。
繍衣【しゅうい】屡【しばし】ば許す家醞【かうん】を携うるを、【皂蓋そうがい】能く忘れんや野梅【やばい】を折ることを。
戯れに霜威【そうい】を仮りて山簡を促し、須【すべか】らく一酔を成して習池【しゅうち】を過るべし。


(現代語訳)
紅梅0021(侍御史王掄が酒をもって草堂へくることを承諾していたのについて、此の詩をやり、高適をもついでに呼んで一緒にきてもらいたいといって作った詩。)
わたしはおだやかに臥ていられるので朝は起きるのがめんどうでしかたがない、この白い茅葺の家屋は寒いことが多いから、日がのぼってあたたかになってからやっと開きはじまるのである。
みれば濯錦江の鸛がこみちにあたったところで巧みに水浴みしており、となりの鷄もまた低いかきねをこしてこちらへやってくる。
繍衣を着ている王侍御、あなたははてづくりの酒をもってくることをたびたびわたしに約束したし、くろいろの車蓋にのっている高適君もわたしのうちへ野梅を折りにくることを忘れることはなかろう。
これはたわむれのことながらどうか御史の御威光をかりて山簡ともいうべき高適君をうながして、わたしのところで一酔して習池のあたりをめぐるべきではないでしょうか。


(訳注)
王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到

侍御史王掄が酒をもって草堂へくることを承諾していたのについて、此の詩をやり、高適をもついでに呼んで一緒にきてもらいたいといって作った詩。上元二年冬成都での作。
○王十七侍禦掄 侍御史王掄。
○高三十五便君 蜀州の刺史高適、使君は刺史の敬称、高適はこのころ何かの事について成都へでてきていたものとみえる。


老夫臥穩朝慵起,白屋寒多暖始開。 
わたしはおだやかに臥ていられるので朝は起きるのがめんどうでしかたがない、この白い茅葺の家屋は寒いことが多いから、日がのぼってあたたかになってからやっと開きはじまるのである。
○老夫 杜甫をさす。
○慵 ものうい,だるい.
〇白屋 白茅をもってふいたやねの家。


江鸛巧當幽徑浴,鄰雞還過短牆來。 
みれば濯錦江の鸛がこみちにあたったところで巧みに水浴みしており、となりの鷄もまた低いかきねをこしてこちらへやってくる。
○江 濯錦江。
○鸛 こうのとり。
○鄰雞 近隣に住んでいる人の飼っているにわとり。
『泛溪』「吾村靄暝姿,異舍雞亦棲。」(吾が村は ひぐれの暝【くら】き姿に靄【おお】われ異舎には鶏も亦た棲む。 )泛溪 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -8-#1)  杜甫 <394-#1 五言古詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1903 杜甫詩1000-394-575/1500


繡衣屢許攜家醞,皂蓋能忘折野梅。 
繍衣を着ている王侍御、あなたははてづくりの酒をもってくることをたびたびわたしに約束したし、くろいろの車蓋にのっている高適君もわたしのうちへ野梅を折りにくることを忘れることはなかろう。
○繍衣 御史のきるさもの、王侍御をさす。
○家醞 てづくりのさけ。
皂蓋 くろいろの車蓋、漢制に二千石(地方の長官)は皇蓋、朱、両幡とみえる、高適をさす。
○能忘 能の字は反語の意。
○折野梅 自宅の梅を折りにくることをいう。
 

戲假霜威促山簡,須成一醉習池迴。 
これはたわむれのことながらどうか御史の御威光をかりて山簡ともいうべき高適君をうながして、わたしのところで一酔して習池のあたりをめぐるべきではないでしょうか。
○霜威。御史の威をいう、御史は刑罰の権があるのによりこれを霜の草木をからすのに此する、これ王侍御をさす
○山簡
 晋の時に嚢陽を管した人、嚢陽に習氏という土豪がいたが、山筒はつねにその園地に行ってあそび、その地を高陽池とよんだという。
・山公 山簡のこと。字は季倫。西晋時代の人。竹林の七賢の一人、山濤の子。公は一般に尊称であるが、ここでは、とくに尊敬と親しみの気特がこもっている。山簡、あざなは季倫。荊州の地方長官として嚢陽にいたとき、常に酔っぱらっては高陽の池にあそび(野酒)、酩酊したあげく、白い帽子をさかさに被り、馬にのって歩いた。それが評判となり、そのことをうたった歌までできた。話は「世説」にある。 晋の将軍山簡(さんかん)に愛された部将で、二人の信頼関係は杜甫も好きな話題である。山簡の葛強への信任、葛強の山簡に対する忠誠心は自分と同じだ。李白は山公を10首も詠っている。
自分を山公としたいところ、県令などの手前、葛強に置き換えたのである。
○習池 山簡の高陽池に習った池をいうもので、湿地帯であった草堂の周りには池がたくさんあったもの。