杜甫 《陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題短作,簡李公,二首之二》松明を束ねてかがり火を設置し、出来上がった竹の橋を夜に観覧する。船を用意され賓客たちはそれぞれ席についてひと時を過ごす。晴天に恵まれて高い所まで雲は全くなくなっている。この大江にこの月も中を過ぎるので、遅ればせに月が出て來る。


2013年5月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題短作,簡李公,二首之二 五言律詩 成都5-(41) 杜甫 <466>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2415 杜甫詩1000-466-677/1500


詩 題:陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題短作,簡李公,二首之二 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5-(41)) 
作 時:761年上元二年12月杜甫50歳 
卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩
作地點: 蜀州(劍南道北部 / 蜀州 / 蜀州)   皂江 (劍南道北部 蜀州 新津)     
交遊人物/地點: 李司馬 當地交遊(劍南道北部 蜀州 新津)
 掲 載; 杜甫1000首の466首目-場面5-(41)
杜甫ブログ1500回予定の-677回目  


陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題短作,簡李公,二首之二
(李司馬のともをして皂江のほとりで竹の橋を造るのをみた。橋はその日のうちにできた。往来の人は冬の寒いときにも水にはいらなくともよくなった。それで聊かこの短い詩を題して李君のところへ手紙代りにやった。二首の二。)
把燭成橋夜,迴舟坐客時。
松明を束ねてかがり火を設置し、出来上がった竹の橋を夜に観覧する。船を用意され賓客たちはそれぞれ席についてひと時を過ごす。
天高雲去盡,江迥月來遲。
晴天に恵まれて高い所まで雲は全くなくなっている。この大江にこの月も中を過ぎるので、遅ればせに月が出て來る。
衰謝多扶病,招邀屢有期。
私が病気がちなもので皆さんに申し訳がありません。それなのにこうして招かれ迎えられ、度々お会いする機会を作っていただけるのだ。
異方乘此興,樂罷不無悲。

思ってもみなかった異郷に来て、こうして船に乗り、このように同席させてもらっている。こんなに楽しい時を終わろうとするのは悲しいと思うのを止めようとするけれどもとても止めることはできないのである。

(李七司馬に陪し、長江の上に竹橋を造るを観る。即日成る。往来の人、冬寒に水に入るを免る。聊か短作を題し、李公に簡す。二首の二)
燭を把ね 成橋の夜,舟を迴し 坐客の時。
天高く 雲去り盡し,江迥い 月來る遲し。
衰謝【あいしゃ】するは 多く病を扶し,招邀【しょうげき】するは 屢【ことごと】く期有り。
異方【いほう】にして 此れ興に乘り,樂罷むは 悲しみを無くさず。


竹の橋02




『陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題短作,簡李公,二首之二』 現代語訳と訳註
(本文)

把燭成橋夜,迴舟坐客時。
天高雲去盡,江迥月來遲。
衰謝多扶病,招邀屢有期。
異方乘此興,樂罷不無悲。


(下し文)
(李七司馬に陪し、長江の上に竹橋を造るを観る。即日成る。往来の人、冬寒に水に入るを免る。柳か短作を題し、李公に簡す)
燭を把ね 成橋の夜,舟を迴し 坐客の時。
天高く 雲去り盡し,江迥い 月來る遲し。
衰謝【あいしゃ】するは 多く病を扶し,招邀【しょうげき】するは 屢【ことごと】く期有り。
異方【いほう】にして 此れ興に乘り,樂罷むは 悲しみを無くさず。


(現代語訳)
(李司馬のともをして皂江のほとりで竹の橋を造るのをみた。橋はその日のうちにできた。往来の人は冬の寒いときにも水にはいらなくともよくなった。それで聊かこの短い詩を題して李君のところへ手紙代りにやった。二首の二。)
松明を束ねてかがり火を設置し、出来上がった竹の橋を夜に観覧する。船を用意され賓客たちはそれぞれ席についてひと時を過ごす。
晴天に恵まれて高い所まで雲は全くなくなっている。この大江にこの月も中を過ぎるので、遅ればせに月が出て來る。
私が病気がちなもので皆さんに申し訳がありません。それなのにこうして招かれ迎えられ、度々お会いする機会を作っていただけるのだ。
思ってもみなかった異郷に来て、こうして船に乗り、このように同席させてもらっている。こんなに楽しい時を終わろうとするのは悲しいと思うのを止めようとするけれどもとても止めることはできないのである。


(訳注)
陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題短作,簡李公,二首之二
(李司馬のともをして皂江のほとりで竹の橋を造るのをみた。橋はその日のうちにできた。往来の人は冬の寒いときにも水にはいらなくともよくなった。それで聊かこの短い詩を題して李君のところへ手紙代りにやった。二首の二。)
○李七司馬 蜀州の司馬李某。
○皂江 皂江 一に鄩江といい新津県にあるという。
○短作 この八句の二首の詩をさす。
○李公 李司馬。


把燭 成橋夜 ,迴舟 坐客 時 。
松明を束ねてかがり火を設置し、出来上がった竹の橋を夜に観覧する。船を用意され賓客たちはそれぞれ席についてひと時を過ごす。
・ 把 1 束ねたものを数えるのに用いる。「まき五―」「ホウレンソウ一―」 2 射芸で、矢を数えるのに用いる。矢51筋を1把とする。 「燭」語義類別:物、器物、生活用品(起居用品)、燭。
・成橋 關津渡口、新津堤の竹で作った完成間もない橋。
・夜 範圍時間:夜晚。
・迴舟 水路での舟を回して橋を観覧する。
・坐客 船に乗る賓客が座っていること。
・時 夜と対語。ひと時。


天高 雲去 盡,江迥 月來 遲 。
晴天に恵まれて高い所まで雲は全くなくなっている。この大江にこの月も中を過ぎるので、遅ればせに月が出て來る。
・江 岷江の合流点近くであるから、川幅がかなりあるのであろう。大江。
・月來遲 月が昇のが遅いのであるから、その月の満月より後半ということになる。つまり、別れがたいことを意味する。


衰謝 多 扶病 ,招邀 屢有期 。
私が病気がちなもので皆さんに申し訳がありません。それなのにこうして招かれ迎えられ、度々お会いする機会を作っていただけるのだ。
・衰謝多扶病 病気がちであるにもかかわらず出席できていることを申し訳けないとおもっていること。
・招邀 屢有期 招かれ迎えられ、度々お会いする機会を作っていただいていること。


異方 乘此興 ,樂罷 不 無悲 。
思いもしなかった異郷に来て、こうして船に乗り、このように同席させてもらっている。こんなに楽しい時を終わろうとするのは悲しいと思うのを止めようとするけれどもとても止めることはできないのである。
・異方 異郷におもいがけずきていること。。
・乘此興 船に乗り、このように同席させてもらっていること。
・樂 喜悅欣樂。

 


詩文:
陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題短作,簡李公,二首之二
把燭成橋夜,迴舟坐客時。
天高雲去盡,江迥月來遲。
衰謝多扶病,招邀屢有期。
異方乘此興,樂罷不無悲。

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詩文(含異文):
把燭成橋夜【把燭橋成夜】,迴舟坐客時【迴舟客坐時】。
天高雲去盡,江迥月來遲。
衰謝多扶病,招邀屢有期。
異方乘此興,樂罷不無悲。
  
 竹の橋01











陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題短作,簡李公,二首之一
伐竹為橋結構同,褰裳不涉往來通。
天寒白鶴歸華表,日落青龍見水中。
顧我老非題柱客,知君才是濟川功。
合歡卻笑千年事,驅石何時到海東?


陪李七司馬皂江上觀造竹橋,即日成,往來之人免冬寒入水,聊題短作,簡李公,二首之一
(李司馬のともをして皂江のほとりで竹の橋を造るのをみた。橋はその日のうちにできた。往来の人は冬の寒いときにも水にはいらなくともよくなった。それで聊かこの短い詩を題して李君のところへ手紙代りにやった。二首の一。)
○李七司馬 局州の司馬李某。
○鳥江一に都江といい新津県にあるという。
○短作 この八句の詩をさす。
○李公 李司馬。

伐竹為橋結構同,褰裳不涉往來通。
竹をきりとって橋をこしらえてみたが、竹橋でもそのしくみは木の橋と同じことである。これで着物の裾をかかげてかわをわたる必要もなく往来ができるのである。
○結構同  木で組み立てたものと同じ。
○褰裳不渉 不褰裳而渉とかくべきところを上のごとくかいたもの、これまではもすそをかかげてかちわたりする必要があったのに、今はそうしない。

天寒白鶴歸華表,日落青龍見水中。
さて橋ができてみると故事のように天の寒いとき白い鶴がおりてきて橋脚のところで話すほどの橋なのだ。夕日の落つるころには橋のかげは青い竜が水中にあらわれたかとみまちがえるようである。
○天寒白鶴歸華表 晋の大康二年の冬大いに雪がふったとき、南洲の人が二白鶴が橋の下で、「今年の寒さは堯の崩じた年に劣らない」と話しているのを見たとある。華表は鳥居型のことで、ここは橋脚の意として用いる。
○青竜 橋影の水にうかぶかたちをたとえていう。

顧我老非題柱客,知君才是濟川功。
私はふりかえって念うに橋を誉め讃える詞で述べるべきだが、自分は年老いて司馬相如の故事にいう橋柱に題したというほどの文才あるものではないが、君は大才をもって川をわたすの功をたてられたことはよくわかる。
○顧 顧み念うこと。
○題柱客 漢の司馬相如の故事。相如が蜀を去って長安に行こうとするとき橋柱に題して「高車駟馬に乗らずんばふたたびここを過ぎず」といった。ここは出世する意ではなくて柱に超して橋の成った頒文でも作ることの意に用いたものであろう。
○君 李をさす。
○済川功 橋をかけたので川をわたす功があるという。

合歡卻笑千年事,驅石何時到海東?
いまとなってはみんなが橋をみてよろこび、昔の秦の始皇の故事の話をして、馬鹿らしいといって笑うのである。それは「石を駆りたてて海へやってそれで橋を作ろうとして、海の東までゆきつくだけの時間があろうかどうか」というのであるけれど、この竹橋はそんなこと以上なのである。
○合歓 橋の成ったことを祝して主客ともに喜ぶこと。
〇千年事 千年まえの昔のこと、すなわち次句のこと。
○驅石何時到海東 秦の始皇が石橋を作り、海を過ぎて日の出る処を観ようとしたところ、神人が石を駆って海に落とした、石の落ちる速度がおそいと神がこれを鞭ったので石は皆血を流した、という話がある。こんな話はあるがその石が海東に到る時節は有るまいというもの。