杜甫《溪漲》成都(6部)浣花渓の草堂(6-(6))

浣花渓に架かる橋があり、ここの水はいつもは三、四十㌢ほどの深さである。
澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、またそこでは馬車でも渡れるのである。

2013年6月2日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 陳琳》 謝靈運 六朝詩<80-#2>文選 雜擬 上 783 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2463
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓 韓愈(韓退之) <135>Ⅱ中唐詩696 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2464
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集溪漲 成都6-(6-#1) 杜甫 <471-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2465 杜甫詩1000-471-687/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

溪漲 成都6-(6-#1) 杜甫 <471-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2465 杜甫詩1000-471-687/1500
  
詩 題:溪漲 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(6)) 
作時:762年 寶應元年 1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の471首目-場面6-(6)
杜甫ブログ1500回予定の-687回目   40786 

卷別: 卷二一九  文體: 五言古詩 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)  浣花溪 (劍南道北部 益州 益州) 別名:花溪     
 
中国の隠者は日本の隠者と違って、結婚して家族との情愛を大切にし、名利に関わらない真の交友関係を楽しむものである。前にも述べたように杜甫が近隣との付き合いを楽しみ、それを詩に描いているのも、背景の一つとしては、草堂での隠遁的生活情緒を演出するということもあったと思われる。そして官界と隠遁世界の境界となっているのが浣花渓で、その橋を渡るのは、官界から隠遁世界へ入ってくることを意味する。
 杜甫にとってそこの村は外界に対して自分の身内の側に相当するものであった。だから都会から自分の村に帰るというのは特別の意味があった。だからこそ杜甫は、外から草堂の村に帰るという当たり前のことを、わざわざ詩に描き込んだりしたのだ。



溪漲
(低地の川に川水が満ち溢れる。)
komichi03當時浣花橋,溪水纔尺餘。
その時、浣花渓に架かる橋があり、ここの水はいつもは三、四十㌢ほどの深さである。
白石明可把,水中有行車。
澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、またそこでは馬車でも渡れるのである。
秋夏忽泛溢,豈惟入吾廬。
夏から秋になるころはたちまち水位が上がり、溢れるほどになる。そうなると吾草堂に入って來ることに問題があるのだ。
蛟龍亦狼狽,況是鱉與魚。
淵に住んでる水の神の「みずち」はまたうろたえているのであり、況や亀や魚にいたるまでおどろいいるという。
茲晨已半落,歸路跬步疏。
こうして朝を迎えるとここの水位はもう半分くらいになるが、草堂への帰り道は普通の歩幅の半分でゆっくりした歩きになる。

馬嘶未敢動,前有深填淤。
青青屋東麻,散亂床上書。
不意遠山雨,夜來復何如。
我遊都市間,晚憩必村墟。
乃知久行客,終日思其居。
 

『溪漲』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
鸕鷀001當時浣花橋,溪水纔尺餘。
白石明可把,水中有行車。
秋夏忽泛溢,豈惟入吾廬。
蛟龍亦狼狽,況是鱉與魚。
茲晨已半落,歸路跬步疏。


(下し文) 溪漲
当時 浣花の橋、渓の水は 纔(わずか)に尺余り。
白き石は明かにして てに把【と】るべく、水中には 行く車有り。
秋夏 忽ち泛溢れ,豈に惟だ吾廬に入る。
蛟龍 亦た狼狽し,況んや是れ鱉と魚と。
茲に晨 已に半落ち,歸路 跬步 疏なり。


(現代語訳)
(低地の川に川水が満ち溢れる。)
その時、浣花渓に架かる橋があり、ここの水はいつもは三、四十㌢ほどの深さである。
澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、またそこでは馬車でも渡れるのである。
夏から秋になるころはたちまち水位が上がり、溢れるほどになる。そうなると吾草堂に入って來ることに問題があるのだ。
淵に住んでる水の神の「みずち」はまたうろたえているのであり、況や亀や魚にいたるまでおどろいいるという。
こうして朝を迎えるとここの水位はもう半分くらいになるが、草堂への帰り道は普通の歩幅の半分でゆっくりした歩きになる。


(訳注)
溪漲 

(低地の川に川水が満ち溢れる。)
・漲 ①みなぎる。②みちあふれる。③沸き立つ波。④わきおこる。
・溪(1)山または丘にはさまれた細長い溝状の低地。一般には河川の浸食による河谷が多い。成因によって川や氷河による浸食谷と断層や褶曲(しゆうきよく)による構造谷とに分ける。


當時浣花橋,溪水纔尺餘。
その時、浣花渓に架かる橋があり、ここの水はいつもは三、四十㌢ほどの深さである。
浣花 浣花渓付近の自然景観は変化に富んでおり、杜甫は草堂での日々の生活や気持ちを歌うときに、そんな浣花渓のいろいろな景観やさまざまな表情を、あれやこれやの詩の中でいつも一緒に歌い出している。錦江の蛇行する浣花渓の一段には、淵があり、早瀬があり、洲があり、砂があり、泥があり、また漁の舟も集まり、商人の舟も通い、杜甫の遊覧の舟も浮かび、魚も捕れ、ハスも採れ、水浴びもでき、まことに杜甫の心をなぐさめ楽しませるところであった。 まず淵があった。川が蛇行すれば、普通はカーブの外側に淵ができ、内側に浅瀬ができる。だから浣花渓の一段に淵があることは自ずと想定できる。
卜居』「浣花溪水水西頭,主人為卜林塘幽。」
入奏行贈西山檢察使竇侍禦』「江花未落還成都,肯訪浣花老翁無。」
王十五司馬弟出郭相訪兼遺營草堂資』「憂我營茅棟,攜錢過野橋。」


白石明可把,水中有行車。
澄んだ川底の白い石は手で拾うことができ、またそこでは馬車でも渡れるのである。


秋夏忽泛溢,豈惟入吾廬。
夏から秋になるころはたちまち水位が上がり、溢れるほどになる。そうなると吾草堂に入って來ることに問題があるのだ。


蛟龍亦狼狽,況是鱉與魚。
淵に住んでる水の神の「みずち」はまたうろたえているのであり、況や亀や魚にいたるまでおどろいいるという。
・狼狽 あわてふためくこと。うろたえること。


茲晨已半落,歸路跬步疏。
こうして朝を迎えるとここの水位はもう半分くらいになるが、草堂への帰り道は普通の歩幅の半分でゆっくりした歩きになる。
・跬 けい ... 歩は本来距離の単位で,左右の足を1回ずつ運んだ距離であり(その半分は跬(けい)),それと尺との関係には変遷があったが,方1歩の歩の大きさの実態はさほど変化しなかったといわれる。
・疏 うとい うとむ さかん1 水路を分けて通す。「疏水・疏通」 2 関係が分け離れる。うとくなる。「疏遠」 3 粗末な。「疏食(そし)」 4 事柄の筋を分けていちいち説明する。
ogawa010