杜甫 《又觀打魚》 このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。



2013年6月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#2>平原侯值瑒 798 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2538
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#4>711 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2539
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(18) 杜甫 <481-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2540 杜甫詩1000-481-#2-702/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬祝十三秀才 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-199-65-#59  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2542
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(18) 杜甫 <481-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2540 杜甫詩1000-481-#2-702/1500 


詩 題: 作時:762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の481-#2首目-場面6-(18)
杜甫ブログ1500回予定の-702回目   40801
また魚をとるのを観てよんだうた。前詩とほとんど同時の作。觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500


又觀打魚
(また、打魚漁をみる。)
蒼江魚子清晨集,設網提綱萬魚急。
静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。
能者操舟疾若風,撐突波濤挺叉入。
舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。
小魚脫漏不可記,半死半生猶戢戢。
小さな魚は魚網からどれほどぬけでたか記しすことなどもできないがそれでも半死半生の姿で沢山あつまっている。
大魚傷損皆垂頭,屈強泥沙有時立。』
大きな魚はからだをきずつけられて 皆 頭を垂れてよわりこんでいるが、時としては泥沙のうえにしゃちほこばって 突っ立ちあがることもある。』
#2
(また、打魚漁をみる。)―#2
東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
自分は綿州東津へ魚漁を観るためにはこれで二度きているのだ。綿州の刺史の主人は鱠をやめてもまだ酒盃を傾けてもてなしてくれる。
日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
日ぐれになると蛟竜も不安を感じてか奥深い川底の穴を移し、山のふもとにすむ鱣や鮪も雲雷の起こるにつれてどこへかうつって魚も身の安全をはかりつつある。
干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
今や天下は干戈を用いて人間、兵隊どうしがうちあいたたかうことがまだやまないでいる。鳳凰だの麟鱗だのの瑞鳥瑞獣はいったいどこにか在るのだろうか。
吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』

このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。』


蒼江漁子清晨【せいしん】に集まる、網を設け 綱を提げて魚を取ること急なり。
能者は舟を操る疾きこと風の若く、波涛に撐突して叉を挺して入る。
小魚の脱漏 記す可からず、半死半生 猶お戢戢【しゅうしゅう】たり。
大魚は傷損 皆頭を垂る、泥抄に屈強して時有りてか立つ。』
東津 魚を観て己に再び来たる、主人鱠を罷めて還た盃を傾く。
日暮れて蛟竜【こうりゅう】窟穴を改む、山根の鱣鮪【てんい】雲雷に随う。
干戈 兵革 闘い未だ己まず、鳳凰 麟麟安に在りや。
吾が徒 胡為【なんす】れぞ此の楽しみを縦にする、天物を暴殄するは聖の哀れむ所なり。』



『又觀打魚 杜甫』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』


(下し文)
東津 魚を観て己に再び来たる、主人鱠を罷めて還た盃を傾く。
日暮れて蛟竜【こうりゅう】窟穴を改む、山根の鱣鮪【てんい】雲雷に随う。
干戈 兵革 闘い未だ己まず、鳳凰 麟麟安に在りや。
吾が徒 胡為【なんす】れぞ此の楽しみを縦にする、天物を暴殄するは聖の哀れむ所なり。』


(現代語訳)
(また、打魚漁をみる。)―#2
自分は綿州東津へ魚漁を観るためにはこれで二度きているのだ。綿州の刺史の主人は鱠をやめてもまだ酒盃を傾けてもてなしてくれる。
日ぐれになると蛟竜も不安を感じてか奥深い川底の穴を移し、山のふもとにすむ鱣や鮪も雲雷の起こるにつれてどこへかうつって魚も身の安全をはかりつつある。
今や天下は干戈を用いて人間、兵隊どうしがうちあいたたかうことがまだやまないでいる。鳳凰だの麟鱗だのの瑞鳥瑞獣はいったいどこにか在るのだろうか。
このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。』


(訳注) #2
又觀打魚

また、打魚漁をみる。
○打魚 綿州の涪江の東津で水面を打撃して魚を、囲みに追い込む浅瀬の漁法。やなのようなところに追い込む。


江上のツバメ02東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
自分は綿州東津へ魚漁を観るためにはこれで二度きているのだ。綿州の刺史の主人は鱠をやめてもまだ酒盃を傾けてもてなしてくれる。
○観魚 魚漁をみるためにの意。
○主人 綿州の刺史杜便君をいうもの。
○罷鱠 鱠を初めには作ってたべた。たべあきてから食べるのをやめた。なます、いきづくりといってもすべて酢を通している。日本の刺身とは異なる。なます、いきづくりといってもすべて酢を通している。日本の刺身とは異なる。


日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
日ぐれになると蛟竜も不安を感じてか奥深い川底の穴を移し、山のふもとにすむ鱣や鮪も雲雷の起こるにつれてどこへかうつって魚も身の安全をはかりつつある。
○改窟穴 べつな淵の奥底の穴へ遷ることをいう。
○鱣鮪 みな魚の名。
○随雲雷 雲雷の次々に起こり、それにつれてどこへかうつることをいう。


干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
今や天下は干戈を用いて人間、兵隊どうしがうちあいたたかうことがまだやまないでいる。鳳凰だの麟鱗だのの瑞鳥瑞獣はいったいどこにか在るのだろうか。
○鳳凰麟麟 端物で聖人があれば徳に感じて至ると称せられる。想像上の動物の名。「麟鳳(りんぽう)/獲麟・麒麟(きりん)」 中国の伝説上の霊鳥。鳳が雄,凰が雌。鳳皇とも書く。餌は竹の実で,梧桐の木にしか止まらぬとされる。殷墟卜辞に,風神として鳳の字が用いられ,天帝の使者だともされている。その字体から見て,孔雀のような鳥が鳳凰の原像となったのであろう。この殷の鳳凰と同じ特徴的な冠羽を持つ鳥が,殷末から西周期の青銅器の文様に見え,おそらくこれは,鳥形をとって祭祀の場に降臨する祖霊の観念と結びついていたのであろう。《書経》に,舜帝が天下を安定させると,音楽につれて祖霊とともに鳳凰がやってきたとあるのは,祖霊と祥瑞との二つの性格をあわせみせている。


吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』
このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。』
○暴殄天物 滅び絶える。 【殄熄】てんそく. 絶やして尽きること。 【殄滅】てんめつ. 滅び絶える。また、滅ぼし絶やす。死に絶える。 「 絶滅 ( ぜつめつ ) 」.「書経」(武成篇)の語、天の生じたものをむやみにころしたりすること。
○聖 むかしの聖人。