杜甫《冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡》涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。

2013年6月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都6-(28) 杜甫 <490-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2590 杜甫詩1000-490-#1-712/1500 



詩 題:冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
掲 載; 杜甫1000首の490-#1首目-場面6-(28)
杜甫ブログ1500回予定の-712回目
冬、金華山の道観にいったところが、もとの拾遺の陳子昂公の勉学した堂の遺跡をみつけた。宝応元年十一月射洪県にあっての作。


冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
涪右眾山內,金華紫崔嵬。
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
四顧俯層巔,澹然川谷開。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。
峨眉山003#2
雪嶺日色死,霜鴻有餘哀。
焚香玉女跪,霧裡仙人來。』
陳公讀書堂,石柱仄青苔。
悲風為我起,激烈傷雄才。』


冬金華山の観に到り、因って故拾遺陳公の草堂遺跡を得たり。
涪右【ふうゆう】眾山【しゅうざん】の內,金華 紫にして崔嵬【さいかい】たり。
上に蔚藍【うつらん】の天有り,光を垂れて瓊臺【けいだい】を抱く。』
舟を繫ぎて絕壁に接す,策を杖いて縈回を窮む。
四顧 層巔【そうてん】より俯す,澹然【たんぜん】 川谷 開く。

雪嶺【せきれい】日色 死す,霜鴻【そうこう】餘哀【よあい】有り。
焚香して玉女跪【ひざまず】き,霧裡【むり】仙人來たる。』
陳公の讀書堂,石柱は青苔に仄【かたむ】く。
悲風我が為に起こる,激烈【げきれつ】雄才を傷む。』


『冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡』 現代語訳と訳註
Flower1-004(本文)
涪右眾山內,金華紫崔嵬。
上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
四顧俯層巔,澹然川谷開。


(下し文)
冬金華山の観に到り、因って故拾遺陳公の草堂遺跡を得たり。
涪右【ふうゆう】眾山【しゅうざん】の內,金華 紫にして崔嵬【さいかい】たり。
上に蔚藍【うつらん】の天有り,光を垂れて瓊臺【けいだい】を抱く。』
舟を繫ぎて絕壁に接す,策を杖いて縈回を窮む。
四顧 層巔【そうてん】より俯す,澹然【たんぜん】 川谷 開く。


(現代語訳)
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。


(訳注)
冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。
○金華山は「天下無雙景,人間第一山」と誉れ高くいわれている。漢代には「煙墩嶺」と名称され”,四川省遂寧市射洪縣金華鎮涪江之ほとりに位置する。特に山山が貴重にして華美であるため“金華山”名を得た。天監年間502年に金華山の前に金華道觀を立てる。後山には初唐詩人、陳子昂拾遺が年少のころ讀書をした台がある。四川省には「四大名觀」があり、①都江堰の青城山道觀、②大邑の鶴鳴山道觀,③三台的雲台觀、④射洪の金華山道觀。である。
○観 道士の居る寺。
○陳公 初唐の詩人陳子昂をいう。梓州射洪の人。初唐の詩人。字は伯玉。則天武后の時,進士に合格したが官僚としては恵まれなかった。当時の詩壇を支配していた六朝風の技巧主義を排撃し,漢魏詩の気骨の復活を唱えて独自の作風を築き,唐詩の新生面を開く。その精神は李白・杜甫をはじめ盛唐の詩人たちに受け継がれる。代表作〈感遇詩三十八首〉は自己の感情を飾らずに表現した作品で,現実を鋭く見つめる。詩文集として《陳伯玉文集》10巻が伝わる。
○学堂 詩中に読書堂とあるゆえ勉学した家である。


涪右眾山內,金華紫崔嵬。
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
〇涪右 涪江の右、河川は上流に背を向けて左右をいうので、この場合、寡占化南下しているので、右とは西をいう琴になる。中国では河川は東流するものが多いので南をいう場合が多い。
○紫 山の色。
崔嵬 石が土を戴くさま。


上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
蔚藍天 こいあいいろのそら。
垂光 天から藍光をたれて。
瓊台 壕は赤い玉、この観をさしていう。


繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
○接 接近することをいう。
○絶壁 絶壁を下から見る。壁はがけをいう。
〇枚策 策をつえつくこと。
○栄回 渓流のめぐっているところ。


四顧俯層巔,澹然川谷開。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。
四顧 山の処方を覗き込む。礼をとるのと同じよな恰好をいう。
俯層巔 山の重なっている頂から下を見下ろす。
澹然淡然 色のあわいさま。