杜甫 《通泉驛南去通泉縣十五里山水作》-#2  成都(6)  やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。


2013年7月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
LiveDoor
卻東西門行 漢詩<94-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩817 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2633
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
LiveDoor
寒食直歸遇雨 韓愈(韓退之) <151>Ⅱ中唐詩730 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2634
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor通泉驛南去通泉縣十五里山水作 成都 杜甫 <487-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2635 杜甫詩1000-487-#2-721/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor段相國游武擔寺病不能從題寄 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-219-85-#79  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

通泉驛南去通泉縣十五里山水作  成都 杜甫 <487-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2635 杜甫詩1000-487-#2-721/1500


通泉驛南去通泉縣十五里山水作
(通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩)
溪行衣自濕,亭午氣始散。
朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。
冬溫蚊蚋在,人遠鳧鴨亂。
最近、冬なのにずっと暖かいく、蚊だの蚋だのが集ってくるし、また、あちらでは人が近づいたはずがないのに鳧鴨などが一斉にみだれ飛び立っている。
登頓生曾陰,欹傾出高岸。』
暖かいのは坂を登り進んで休むところは、枝木のかさなった陰のある所がよく、かたむいてあぶなげに高い岸が突き出たりしている風通しのよい所にする。』
(ここまでの訳注解説)
通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500

驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。
一川何綺麗,盡目窮壯觀。
涪江のながめはなんと綺麗ですばらしい。一日じゅうこの壮観な眺めを飽きることなく見究めるのである。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
そのうちに涪江に夕映えがしずかに広がり、遠方の山の色はモノクロトーンに変わりそして消えてゆくあるかなきかに消えゆく。』
傷時愧孔父,去國同王粲。
いまわたしが時世を傷んでいることは孔子には及ばぬので愧じいっているのだが、故国を去って悲しみを抱くことは王粲と同じである。
我生苦飄零,所曆有嗟歎。』
自分の生活は諷泊で、しかも零落におちいっている。だからそれぞれの所のどこでも歎きをおこすのである。』

月明峡01


















『通泉驛南去通泉縣十五里山水作』 現代語訳と訳註
(本文)
驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
一川何綺麗,盡目窮壯觀。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
傷時愧孔父,去國同王粲。
我生苦飄零,所曆有嗟歎。』


(下し文)
一川何ぞ締麗なる 尽日壮観を窮む
山色遠く寂実 江光夕に滋漫』
傷時孔父に像じ 去国王薬に同じ
我が生諷零に苦しむ 歴る所嗟嘆有り』


(現代語訳)
(郭代公が故宅を過る)#2
やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。
涪江のながめはなんと綺麗ですばらしい。一日じゅうこの壮観な眺めを飽きることなく見究めるのである。
そのうちに涪江に夕映えがしずかに広がり、遠方の山の色はモノクロトーンに変わりそして消えてゆくあるかなきかに消えゆく。』
いまわたしが時世を傷んでいることは孔子には及ばぬので愧じいっているのだが、故国を去って悲しみを抱くことは王粲と同じである。
自分の生活は諷泊で、しかも零落におちいっている。だからそれぞれの所のどこでも歎きをおこすのである。』


(訳注)
(郭代公が故宅を過る)#2
通泉驛南去通泉縣十五里山水作
成都遂州00通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩
妻を迎えて梓州において射洪とか通泉という土地で遊び、陳子昂、郭元振、王粲などの故宅を訪ねた。
○通泉駅 梓州(e-3)の東南百三十里(75km)、射洪県(ef-3)よりは東南七十里(40km)にある梓州と遂州の州境にある町である。梓州を南下し、更に射洪を南下して通泉に到着する。梓州側の最期の駅舎がある通泉駅の三字が本詩の題で「南去」云云は其の説明にそえたことばである。
○南去通泉県十五里山水 通泉県の南十五里のところの山水をいう、沈家坑という処であるという。まだ県城へつかぬ前のことである。


驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。


一川何綺麗,盡目窮壯觀。
涪江のながめはなんと綺麗ですばらしい。一日じゅうこの壮観な眺めを飽きることなく見究めるのである。
〇一川 澹江をいう。


山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
そのうちに涪江に夕映えがしずかに広がり、遠方の山の色はモノクロトーンに変わりそして消えてゆくあるかなきかに消えゆく。』
○寂実 ひっそり、みえなくなることをいう。カラートンからモノクロトーンに変わりそして消えてゆく
○滋漫 ゆうばえが水上にましあふれること。


傷時愧孔父,去國同王粲。
いまわたしが時世を傷んでいることは孔子には及ばぬので愧じいっているのだが、故国を去って悲しみを抱くことは王粲と同じである。
○傷時 時世をいたむ。
○孔父 孔子をいう。
○去国 故国をはなれる。
○王粲 魏の王粲は都を去って南方荊州に至り、故国をおもって「登楼賦」をつくったことをいう。


我生苦飄零,所曆有嗟歎。』
自分の生活は諷泊で、しかも零落におちいっている。だからそれぞれの所のどこでも歎きをおこすのである。』
〇所歴 経過するところ。